「ラリーモンゴリア2011は、これをもって終了」

いつも時間のかかる帰国便。なんとか10月いっぱいで!というのが、わたしたちの強い要望!!なのです。そして今回は無事に10月末までにお引渡しが出来ました。皆様のご協力に感謝します。また輸送を担当していただいた近鉄エクスプレスさんにも一言御礼を申し上げておきます。 というのも、こうした国際物流は年々厳しくなる一方です。これは中国なども難しくなっているのですが、なんたって日本が難しいのです。それに税関職員や麻薬犬が、それに対応できるほどの員数が確保できているのか?心配でなりません。ラリーモンゴリアの開催初期の課題はこうした国際間の物流。そしてそれは回を重ねるごとにスムースになるはずだったのですが、さにあらず。 こうしたことも、ひょっとしたら911以降なのかもしれません。空港の警備もそういえば異常なほどになって、各国とも大きなコストを負担させられていますから、そんなことで言えばテロリストの思う壺ではないですか・・・。 さあ、九州4デイズ。明後日から出発。どうも天気は良さそうで温かいらしい?ようです。素敵な大会になるといいですね。 きょうの一枚 2011モンゴル、エタップ7のビバークから見たデューン。この草付きのデューンが、今回大きく明暗を分けることになりました。陽が傾いて虹が出て、幻想的な空気に包まれて不思議な空気が生まれました。


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工事中のところが多数ございますがご了承ください。

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1999年 | 10 : 11 : 12月
旧Organisation Voiceはこちらからご覧いただけます。

「RallyMongolia2012の日本語サイトが本日OPEN」

既にお問い合わせを頂いています2012RallyMongoliaですが、インフォメーションの準備が整い始めています。写真集にも簡単なエントリーのガイダンスをつけて印刷が上がり次第、世界に向けて発送!!の予定です。専用のWeb-siteはこちらからご覧いただけます。
2012年も、あの大地でお目にかかりましょう。
閑話休題
最近マイブームとなってるバイク。「えっ、ナニをいまさら?!」と言われるのですが、実はもう長く乗ってなかったのでした。目が悪いとかいろいろ問題はあるのでしたが、これからは乗ることに。て言うか毎日バイク雑誌とバイクいじりと30代の頃に戻ったような・・・どうしたのかしら。
「九州4デイズだけど、バイクで行っても良いい?」
「・・・・・」
「いや、往復だけで本番中は乗らないけど、終わったら一人で阿蘇を走って帰るから。」
「そういうのはダメ!って、いつも言ってたじゃないすか。」
「そんなこと、絶対に言ってない。」
というふうに、ここでも言った言わないのお話しになるのでした。
「芦別まで打ち合わせにGSで行って来る。」
「どーぞ」
だって。
きょうの一枚
さあ2012のモンゴルのページ!!グングン充実させていきますよ!!意気込みや良し!!

「世界人口は、70億人に!」

国連が発表したことには今月31日、つまり月曜日には世界人口は70億人に達するとして10月31日に生まれた世界中の赤ちゃんを70億人目として何か認定証みたいなのを贈るんだそうだ。
さて人口爆発が囁かれて久しいが、ここのところ人口の増加に関してはアナウンスが無くなった気がする。60億人になったのは1999年だから約10年で10億人増えている、つまり1年で日本くらいの人口が増えているのだ。
2050年には93億人、2065年くらいまでには100億人に達する。
過去50年で人口は2倍になった。ヨクモワルクモ。
資源と食糧の争奪戦が、間違いなく起きる。食糧を巡る争いはまるで有史以前の社会だ。
資源の争奪戦は、もう何十年もやっているが激烈化先鋭化は避けられないかもしれません。
石油を争って、平気で戦争を起こしてきた。
エネルギー問題は、間もなく臨界点に。
なぜだかどこも都市化が顕著になり、田舎暮らしはやっていけない。中国では豊だった都市周辺の農村部に工場や住宅が軒を並べていくと農作物のプロダクティビティは下がるし、水資源の不足もなにやら心配だ。北京も空港から市内まで見渡す限りの農地だったのに、今はない。
TPPの議論も喧しいけど、食糧を要領良くつまり効率的に生産して国内の自給率を高めていくことを、もっと考えなければならないかもしれない。人が一生懸命進める話は、案外と誰かの都合でしかなかったりする。つまり落とし穴があるということだ。
インドの人口増も爆発的で2021年には、中国を抜くのだそう。どうする日本!?てかどうする世界!?地球はどうなるのか?日本はそういう大きな視座を失ってしまっているかもしれない。その前に真の独立をしなければならないかもだ。
きょうの一枚
世界を言うからには、ということで2009年のチョモランマへの旅。ボクのBMW (乗っていたのはカオルサンだけど)帰国後部品取りにしていたのを?やっと本日組み上げてユーザー車検に持ち込もうと思うのだけど、スクリーンをとめるプラスチックの小さな部品がない。ちょっとしたボルトもすぐには無いので困ったものです。スクリーンががたがただとやっぱ通らないかねえ??

「美しきピストで」

九州4デイズの準備と、来年のイベントの基本計画が進んでいます。
九州は、とっても楽しみになってきました。
それにPRESENTATIONも近いので写真集は当然なのですが、映像も社内制作のPV!など、みんななんでも出来る!んだねえ。と、感心。
「自家制作だから、出来るので・・・」
ということでFUTURE!も7号目を数えたんのですねえ。
モンゴルの貨物も無事通関が終わり、気持ち少し早くお引渡しが出来そうです。
ホント、毎年お待たせして。。。
さてモンゴル2012。。
テーマは「ドリーミングゴビ、蜃気楼の彼方へ」みたいな感じ。ホントは少し違うけど。レギュレーション、ルート計画とくればロジスティクスの計画。。ああ「オフィシャルカーを新しく戦闘力を上げて、さらに奥深く分け入っちゃる!」
なんてどこかであいさつしたなあ。。。と反省することしきり。
しかしそれでもあのネガの谷のような砂丘は、上にCPを作ろうか?なんて考え出したらもう没我の境地。あの砂丘は縦断出来るんじゃないかとかね。
それに来年はタクラマカン!!
あのルートを走るぞ!と今から気持ちは高揚中!!
尾上さん、お待たせしましたよ。
それに中国北部黒竜江省からも「ラリー出来ないか?」
なんてお話しもありました。
中国も本格的なブームが押し寄せそうですね。
でもボクにはもう時間がない。
というか、ごめん、その言い方は間違っている。
年間スケジュールを整理しなければいかんというだけの話しで、「ボクにはもう・・・」なんて言い方はいかんですよね。
「ワインを知るには、人生は短すぎる。」
なんとあの心境にも似てきました。
きょうの一枚
このピスト。これが少し砂っぽくなっていくとボクの言う「頬ずりピスト」になるんです。思わずピストに突っ伏して、頬ずりしたくなるんですよ。ほんとに。写真は2011ラリーモンゴリアから。

「もうすぐ、九州4デイズ」

もうルートブックは印刷屋さんに出した。
それなのに、カオルサンからは、昨晩のことTEL。
なんか電話の向こうでハアハア言ってる。
「初日のSS(当初は午後のスタートなので1本にしてた。)もう1本取れるかもしれん。ナントカ林産さんが、ゲートを開けてくれるごとなっちぁや(??このあたり九州弁にて不詳)」
ボク
「もうルートブック印刷に・・・」
「・・・」
「やろ。何キロあるの?」
「10キロ、覚えちょらんかね、あのTDNのときに使こうた。」
「覚えてる」
ああ、あのブッシュと枝と、だんだんとやばくなっていく道を思い出した。あの時のフィニッシュを抜ければすぐやまなみだったような・・・
あの時の高揚感が戻ってきた。
ああ、ツールドニッポンだ。
奄美や、ハウステンボスや、平尾台や普賢岳や高速増殖炉や六ヶ所村や、そうだ
岩手も福島も行った。
宮城では地震にも遭遇した。
それにしても日本は美しいなあ、と思った。あれほどまでに日本全国の地図を穴が開くほど眺めたこともなかった。
でも今はTBI、北4、九4、と、まるであのツールドニッポンを再び行っているような錯覚にもとらわれる。しかもあのときよりも濃厚に、旅というには、あまりにも厳しいけど、やはりまだまだ日本は、捨てたものじゃない。濃いいものは、薄いものよりも美味しいのだ?
もうすぐこの1年の締めくくり九州4デイズ。
きっとビックリするような九州と、陽気な九州男児たち?に出会える。
きょうの一枚
阿蘇外輪山を降りる。九州の山の形が楽しい。阿蘇周辺もそうだけど、全ての形が面白い。

「誰かさんも言っていたけど、宇宙旅行は巨大市場があるな。」

[アサヒコムより]
ヴァージン・グループの来年からスタートする宇宙旅行事業。
その宇宙旅行船専用の拠点「スペースポート・アメリカ」が米ニューメキシコ州南部に完成し落成式があった。来年まで試験飛行を重ねた後、運航を始める計画だ。ターミナルビルと約3千メートルの滑走路があり、AP通信によると、同州も建設に2億9千万ドルを投じたという。
式典では宇宙船のデモ飛行も披露された。宇宙船は母船とともに離陸し、上空約16キロで分離して宇宙空間を約4分間飛行する。
ボクはまた考えた。
たかが4分間の宇宙旅行に人々は20万ドルを払うか?そしてその安全性の保証は?うーん。でもビジネスとしては間違いなく成功するような気がする。マーケティング的な理屈はなんとでもなるが、やはりお値段は「リーズナブル」としか言いようがない。
人類は根源的に冒険心、つまり未知なるモノへの興味・好奇心とそれを見たい感じたいという欲求が遺伝子にあまねく組み込まれているのだろうと思う。
昔のパリダカでも、1回行くのに20万ドルはかかった。初日にリタイアしてもなお闘志を燃やしていた時代があった。
宇宙から見る地球はどんなだろう。ハイビジョンで中継されようと、やはり自分の目で見る興奮は凄いと思う。愛媛のどこかの御曹司も、こんな事業にでもお金を突っ込んでいた!とでも言うなら全くOK!だし、ホリエモンの「宇宙旅行」も当時はみな荒唐無稽なホラ話にしか聞かなかったろうが、大きな市場が間違いなく存在する。
ボクもいつかは行って見たい。
きょうの一枚
なぜ、真ん中の麦藁帽子のオヤジを避けるか、退いてもらうかしないのかなあ。で、どの部分が宇宙線で、どの部分が母船なのか、機能の写真と見比べながら「ウーン」とうなってるボク。

「やっぱり、夢だよ。」

UFOのお話しで盛り上がったんだけど、UFOを信じようが信じまいが、間違いなく宇宙というどんなに考えても理屈に合わないモノが存在する。ニュートリノは光よりも速いかもしれない、というアインシュタインも腰を抜かすような話も、まだまだ沢山あるだろうと思う。
最近では自然エネルギーの代表格、太陽もそのエネルギーは核融合反応によって得られたもので放出されるのがガンマ線とニュートリノだったっけ。いずれにしても「自然」というものでしか、全てのものはできないのではなかろうか。
さて、今日は「旅行」の話。
リチャード・ブランソン率いるヴァージン・グループの「スペースシップ2」
(今日の一枚)来年初飛行らしい。
数分間の無重力体験。旅行費用は1500万円。ただいま予約数455人。
やっぱり夢だな。と思うのは、人生の成功への道筋でなにが必要かというと、こうした実現が困難だろうと(誰もが思うような)夢を描くことだろう。
「やっぱり、夢だよ。」と言ってしまえば、それは所詮無理な夢のような話だよ。とも取れなくはない。
ジョブスもブランソンも、夢の見方と実現へのプロセスについて興味深くそれを示してくれた。いや失礼ブランソンは、これからも示し続けてくれると思う。
ボクは思う。
メディアだと455人の人が、数分間の無重力の体験のために1500万も出したというけど、それって違う。100%じゃあないけど。人々は、たった一瞬でも、あの青く輝く地球を宇宙から眺めてみたいのだと、そういうことだと思う。UFOの話しは、それの真偽よりも宇宙から眺める美しいといわれる地球の姿への憧憬にも似ている。そしてエイリアンの侵略の物語は、その青く美しい地球が異星人にも、同じように美しく見えるからに違いないということだろうと思う。
この美しい地球は誰のものか、いまイスラム社会に飛び火した民主化運動「アラブの春」ににて「格差をなくそう」という99%というスローガンを掲げた運動が燎原の火のごとくだ。
美しい地球を宇宙から眺めてみれば、また良い考えが浮かぶかもしれない。

「ほんと、パワースポットだらけの九州」

九州4デイズのコースディレクターの一人、小鶴さんは九州メモ(コチラ)で意味深なことを書いています。で、勝手に彼の写真をアップ!ていうかすでにヤマチャンのブログに掲出済みなのですが、昨年のプレ九州4デイズで出かけた押戸岩で撮影したUFOの写真!!
信じる信じないは、知ったことではありませんが、ボクがパリダカのビバークで見たやつはお尻から炎は出していませんでした。推進がこうした燃料の噴射によるものでは、さすがに「???」な感じは否めませんが、これを読んだ頃にはすかさずTELがあることでしょう。
いや、でも良く見ると時間は夕方で、噴射されているのは無くて湿度の高い空中を高速で移動したときに出来るひこうき雲のようなもので、それが夕陽に染まっているというのも考えられる。
うん、良く見ると火柱ではなさそうだ。
それに2枚目の写真には少し上に僚機が見える。
4枚目の写真はボクが撮った・・・ものではなく。推進方式を考えているときにとあるサイトから貰ってきたもの。そんで、推進方式を考えなければ火柱か水蒸気か?悩ましいではないですか・
とある解説では、磁力線同士が交わると熱と分解、閃光が生じる。円盤は磁力線を交差させることによって推進すると言う。米の情報機関によると(うそくさいけど)エイリアンUFOの飛行では、底部に据えられた三つの磁力線照射装置を使用する。磁力線の3点交差によって炉心部にプラズマを発生させ、交差ポイントを移動させることで、機体ごと交差先に移動させていくのである。と書いています。
「うーん、さらにうそ臭いけど・・・」
ともかく燃料を積んでいるとは考えにくく、いや母艦が近くにいるのだとすれば考えられないわけでもなく。
というふうにネット検索で諸説を読んでいくうちにつれ「いかん」引き込まれそうになるのを自制することしばしです。
まあ数年前に九州にツーリングに出かけたタケちゃんは「UFOに激突して入院した。」という電話を貰ったとき、ボクはなぜか赤松カメラマンとBARにいました。
酒の理由ではなかったと思うのですが
「タケちゃん九州でUFOにぶつかって怪我したらしいよ。」とボク
「で、連れて行かれなかったのかね。」とカメラマン。
「やっぱり、タケちゃんくらいになると、ぶつかるものが違うねえ。」
ボクの頭の中では、緩やかに波打つ阿蘇の外輪山あたりでコーナーを曲がったところに止まってるUFOの姿を思い描いていました。
これは補償交渉が難しくなるなあ。。。
なんて考えていました。
そんな思い出がこのUFOの写真と九州4デイズのお話しで甦りました。
九州4デイズに参加される皆さんはUFOにぶつからないように気をつけてください。
あっ、タケちゃんがぶつかったのはユンボでした。

「五足の靴」

1907年。まだ清朝の末期。この年にフランスの新聞社の呼びかけで、北京からパリまでの自動車レースがあったというのは、やたら書きました。
輸送手段が馬車から鉄道に変わり、馬車道が廃れていきはじめたころに自動車が誕生します。100年後の今では、北京とパリはほんの一部を除けば、ほぼ舗装路で繋がっています。中国ルートでカザフ経由で入れば道を迷わない限り全て舗装路で行けます。モンゴルルートで行くと、中国モンゴル国境からウランバートルの手前までが未舗装ですが、まああとは舗装路で行けます。100年の時とは、そういったボリュウムです。
そんな1907年。与謝野鉄幹は、北原白秋らと5人で九州を旅し表題の紀行文を表しました。特に今回の九州4デイズではこの思いを鮮明に辿ってみます。つまり1907年、日本はそういう若々しい?時代だったと胸を張ることができます。
鉄幹らは隠れキリシタンらの足跡に興味を持ち白秋の実家などを基点に天草を尋ねます。思いがけない場所に立つ天主堂を訪ね、当時日本のキリスト教の布教に命をかけたフランス人のガルニエ神父に会います。
彼らがそうであったように、わたしたちも、この地を丹念に走らなければ感じることの出来ない、不穏な迫害の足跡を見つけることになります。その気分がなんとも不思議な浮遊感を与えてくれます。
旅の終盤には天草から阿蘇に向かい、そういえば昨年のプレラリーではクイズにも出題された垂玉温泉の山口旅館にも泊まります。
あの時代のこの地はどうだったのかなどを考えても仕方ありませんが、丹念にルーティングされた天草の細い道を走っていると度々「ハッ」とさせられ、日本を考えてしまいます。
さあ、ともかく九州4デイズ。
ぜひお越しください。
つぶやきBLOGにも詳しいお話を掲載しています。
きょうの一枚
外輪山から降りる「天空の道」驚きです。

「オートバイと温泉という黄金律」

(本文と九州4デイズのルートとは関係ありません)
「温泉好き」と良く聞くが、ボクは温泉好きじゃない。て言うか普通に風呂は入るし、寒ければ温まる。温泉はよく行った!のではなく九州を走りに行けば冷えた身体をぬるめの壁湯温泉などで良く温めた。(写真01)
写真01
写真01
そもそもバイクの旅というのは重装備で、温泉だからといって飛び込めない。入ってみると「熱っちー」となるのだが、しばらくすると適温になり、やがては「こりゃ寒くて、出たら風邪を引くんじゃないか・・・(壁湯温泉)」ところがでればポカポカして、再びバイクで走り始めても数時間も温かい。
ボクが20代の頃は、こうした混浴で無料の温泉はたくさんあって、深夜に辿りついて温泉に入って夜明けを迎えてまた走るというような旅を良くしていた。
うまり「温泉が好き」だと言われればそうかもしれないけど「好き」と言う表現はもう一つだ。日常の皮膚感覚のようなもので「あなたはご飯が好きですか?」と聞かれているようなものなのだから。
でも幾つかはお気に入りの温泉がある。
写真02
写真02
写真03
写真03
たとえば(写真02)の垂玉温泉の露天風呂では、目が飛び出すほどの経験もしたし・・・すぐ上には地獄温泉というのがあって、ここも迫力のある温泉ではある。別府にある明礬温泉(写真03)は、ちょいと凄い効能を感じるし長官に連れられて初めて行った?!時にはここは感動した。
バイクと温泉というと、どう考えてもこの上も無いマリアージュ。牡蠣とシャブリとか、どら焼きと煎茶とか??ああ、明日からボクは6日間もイケナイ秘湯巡り・・・じゃなくて九州4デイズのコース最終チェック!!
今日写真を掲載した温泉は、全て混浴です。。

「お休みが長くなってしまいました。」

考えてみれば1週間もOVが更新されていない!!じゃありませんか?ごめんなさい。九州の準備も佳境なのですが、九州はさらに6日から5日間ほど仕上げの試走に出かけます。
いや、来年のモンゴルの計画を立てながら新しいルートプランに苦心しているのも事実で11月19日には恵比寿で発表会&懇親会、12月にはSEOULで招かれて発表会の予定です。ここでサプライズ!!をしたいわけです。
でもまあ当面は九州に集中。
本当に温泉と食事を来週はきめ細かくレポートします。でもあまり丁寧にするとルートが全わかり!?
ところで、話しばかりで全く進展の無いボクタチよりも世間では、次世代マップホルダーやICOの開発が進んでいるようですが・・・
スマートコマ地図ホルダーその2

試作メータースイッチ

しかし本格運用にはまだ道のりもありそう。でもたまにはmade in Japanでスタンダードを変えたいものですねえ。
モンゴルからの貨物の帰国便、今しばらくお待ちください。強力に「ワーワー」言ってます。天津を国慶節(中国のGW)までに出したかったのですが・・・新しい予定は10/8天津船積なのですが、うまくいくように願うばかりです。