REPORT of Raid Trek Taklamakan – 2012/11/24 (土曜日)

REPORT of Raid Trek Taklamakan 24Nov

「河西回廊を東に。」

青海省を経て敦煌に行くルートをあきらめた我々は、再びトルファンまで戻ってきた。本来なら今日は敦煌の1日だった。氷点下10℃を下回る極寒のルートに強烈な北風。まっすぐ進むにはバイクを左つまり北に向かってリーンさせる。GSは巨大なスクリーンとグリップヒーターがライダーを守ってくれるが、URALはスクリーンがない。尾上さんはそれでも「いやあ、こうじゃなくちゃ面白くないよ。」と笑顔でサイドカーを走らせるから驚きだ。毎晩毎晩1本近いパイチュウ(白酒50度くらいだ)を一人で飲み続ける。いやみんなもご相伴にあずかるのだが、その飲みっぷりはさすがに「酒POWER」を自称するほどのものだ。とにかく今回のメンバーのタフネスには驚かされる。

思いがけず変更になったため1日の走行距離は伸び、休日は返上となりそれでも明日には予定通り嘉峪関に着くことだろう。そうそう今日はハミ、パリ北京でもビバークとなったオアシス都市だが、巨大都市に変貌しそうな感じだ。


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「タクラマカンに戻ってきた。」- REPORT of Raid Trek Taklamakan

2012/11/23 (金曜日) REPORT of Raid Trek Taklamakan
「タクラマカンに戻ってきた。」

昨日から緊急事態で大幅にルート変更を余儀なくされた。いまコルラとトルファンの間にある和蹟という町のホテルに宿をとった。本来なら明日は敦煌の休日のはずだが。

昨日はチャルクリクから花土溝に向かい崑崙山脈の裾に向かった。標高2000mを越えたあたりで積雪とアイスバーン、大型トラックたちが道を塞ぎ前進は困難なばかりか、花土溝は標高2700m、さらに翌日は敦煌に向かう3600mの峠も待ち受けていた。

しばし考えた。そしてただちに全車にUターンしてチャルクリクに帰ろうという指示を出した。このまま越えていくことも考えたが脱出不能になることもあるし完全に往復路とも抜き差しならなくなった場合のリスクも考えた。

チャルクリクからはコルラに向かうタクラマカンの東縁の国道218号がある。もう1泊チャルクリクで過ごして今日はコルラに向かうことにした。ただしこの道が通行不能なら予定の帰国は困難になる。

とは言うもののこのルートは通りたかったところでもある。ロプノールに流れ込むはずのタリム川の流路に沿って北上するのだ。チャルクリクのあと50㎞位であたりは湖のようになってきた。洪水でもあったのか道路が冠水して流された跡を工事が続きダートライディングが続いたが工事の道の埃はうれしくない。

ここはタリム川からロプノールに流れ込むはずの水が灌漑用に南に水路を設けたものが氾濫したのではないかと推測すると、夏のモンゴルの60年ぶりの大雨もここにもこうした水をもたらせたのかもしれない。とにかく灌漑用水路を築かなければロプノールは水を湛えていたはずだ。

少し行くとタリム川と孔雀川(おそらくコルラ川)の分岐あたりに差し掛かった。このあたりでロプノールに流れ込む川が堆積によって流路を変えて「彷徨える湖」となった分岐あたりだろうか。タマリスクの林とデューンを時々見ながら、雪で阻まれたおかげでもう一度タクラマカンに戻れたし、沙漠公路とこの218号で砂漠を見事に半周できたのだと思うと、まんざら悪くはないなあと思う。やたらレアアースの工場みたいなのが林立し急速に発展する砂漠の町や高速道を走って、またまた人間にとっての真の豊かさは何かなあ、と考えることしきりだった。

 


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REPORT of Raid Trek Taklamakan – 2012/11/22 (木曜日)

REPORT of Raid Trek Taklamakan 21 Nov
「米蘭故城の砂嵐」

楼蘭賓館は広い中庭に高いガラスの天井が設けられていて、その中は熱帯の植物が元気に育っていて中ほどには鯉の泳ぐ池と小川もある。ここを通ってロビーへ行くときには柔らかな暖かさが心地よい。それに今朝は朝から太陽が昇り、気温は上昇するだろうと思われた。

さあ出発だ。チャルクリクをあとに東に向かう。タクラマカンの地平線に伸びる道でパリダカの時代のアルジェリアのリエゾンを髣髴とさせる。
70kmほど行くと左に米蘭の小さな看板を見つけ、細い道を辿る。そして綿畑の小さなダートを走ると米蘭だ。急に一面は広々とした砂漠のようになり砂嵐が襲ってきた。
まず仏塔。そして宮殿跡に行く。この遺跡はまことにわずかな遺構が残るに過ぎない。しかし見事に保存されたものにはない強いイマジネーションに彩られていた。
西域南道、ここに栄えたいくつかの王国。その興亡にロマンを感じてここまでやってきたのだ。ウルムチで楼蘭の美女を見て、彼女らが生きた4000年前にこの地で営まれたであろう様々な出来事を想像してみる。
砂嵐が吹き荒れ、まるでその中に大スペクタクルを見ているような気分にさせられる。

明日は崑崙山脈の支線アルキン山沿いに青海省に入り花土溝まで行く。地図にない街だが石油が出てホテルまでできて街区が形成されたばかりの新しいところらしい。
さあ旅も終盤。あと2行程で敦煌にたどり着く。まるで征西から帰還するような気分かもしれないと思う。

 


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2012/11/20 (火曜日) REPORT of Raid Trek Taklamakan

REPORT of Raid Trek Taklamakan
20 Nov night
「チャルクリクで。」

ここは楼蘭賓館という名前のホテル。ここに2泊する予定だ。チャルチャンからは、新しい道がまっすぐにこの町まで伸びていてこれまでタクラマカンの南縁を通っていた315号はかなりタクラマカンのデューンの裾まで入り込んでいた。おかげで太陽の出ない寒い一日だが、早い午後にこの町のホテルに着いたというわけだ。

そのうえ胡楊の森を眺めながら、砂漠の道路を駆け抜けたのはこの上もないことだ。
昼食を済ませたらみんなバザールへ出かけたので、昨晩よく寝られなかったぼくは昼寝をしたり井上靖を読んだりしながら、はるか過去からのこのあたりの出来事を夢想していた。

楼蘭国の中心は確かにロプノールに栄えた楼蘭の町だが、ここ米蘭もまたその機能を補完し合っていたのだろう。やはりその理由は水だ。曇っていてよく望めないが崑崙山脈は背後にあるものの、流れる川はみな砂の川で水はまず無い。この地に水があるのか、ロプノールにあるのかが極めて重要だった。

楼蘭から出土した楼蘭美女の木乃伊は白人のアーリア人だったし、この米蘭の仏塔の壁画からは有翼天使の姿が発見され、その姿はヘレニズムの様式であり顔はギリシャあたりのようだ。

いずれにしても先に東へ旅をしたモンゴロイドが緩やかに進化して文明を築き始めたころ、北に旅をしていたコーカソイドらが、後を追って中央アジアに進出してきたということだ、それぞれ異文化として進化したそれらは戦いあったり混ざり合ったりしながら、いまも我々の中に存在する過去となっている。

旅はもう後半だ。この旅に思い切って出て、よかった、しみじみそう思うしみんなもそういっている。明日は米蘭往復、砂をかぶったダートが待っている。その後は敦煌まで2日の行程で標高が高く低温が心配だがそれはすごい景観が待っているだろう。つまり新疆から青海省に少しだけだが入るのだ。

 


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2012/11/20 (火曜日) REPORT of Raid Trek Taklamakan

REPORT of Raid Trek Taklamakan
20 Nov 5:00
「征哉、死亡の海」

まあぶっそうなタイトルになったけど、チャルチャンの真新しいホテルで真っ暗なうちから起きてこれを書き始めた。昨日は輪台から今回の旅のハイライトでもある沙漠公路縦断に挑戦した。まだ薄暗い中ホテルを出ると。氷点下2度。「案外暖かいねえ。」という山口さん。走り出してしばらくすると気温は下がり続け、氷点下10度!!

ヘディンが筏で下り始めただろう場所、つまりタリム川に架かる橋の上でしばし陶然とするのはぼくと山口さん。あたりはバオバブのようなタマリスクの林が続く。

ヘディンの記述には、特にこの木のことがよく出てくる。中国名は胡楊(こよう)。この木で筏を作り、たき火にもあうる。とにかくこの地を象徴するものだ。樹齢は1000年を超えるものも少なくなさそうだ。案外ゾーモットの木にも似ている。

石原さんと「まるでバオバブ!タンバクンダあたりみたいだねえ。」と話す。
実は「彷徨える湖ロプノール」に唯一水を供給した川がこれなのだ。天山山脈の大量の雪解け水を砂漠の中を運び。湖のほとりに楼蘭王国を栄えさせた。自らが発見した古代都市遺跡。それを実証するためにヘディンはこの川を下った。記憶が正しければ1934年だと思う。ヘディンは今のぼくの歳を越えていただろうか。自らの説を自らの行為で実証する。どれほど高揚した気分だったのかは、容易に想像がつく。
しかし世界は不穏な戦争の足音のさなかだった。国威発揚のためのヒトラーに支援されていたヘディンは、それゆえに戦後も評価されることはなかった。

太陽が上がり気温がプラスになった。砂丘が現れはじめる。この日本列島がすっぽりと3つも入るだろうタクラマカンは、まさに広大無辺なる砂のうねりだった。世界にこれほど広い砂丘群は存在しない。それは延々と砂のうねりの中を走り続ける。このような体験も、ここでしかできない。
太陽が大きく傾き地平線まで続く砂のうねりにかかるころ、砂丘で最後の撮影をした。
誰もがこの圧巻の景観に感動をしていた。

そうそう、入り口のアーチには「征哉、死亡の海」と書かれていた。「おまえ、ほんとうにこのタクラマカンを行くのか」となかばあきれたような、なかば自慢げなその看板をくぐった。油井がいくつかあるというだけでこうした舗装路がこの砂漠を真っ二つに切り、道路端には防砂林を育てようと懸命の散水用のラインが伸びている。送電線もだ。

河野さんが運転するジムニーの横でぼくが「油井や原発に電気を送るなんて言うのは、料理屋がまかないに仕出しを取るようなものだ。」と言う。そして二人で大笑いをした。

二人の主題のひとつがジムニーネタだ。
ぼくが「1.4ディーゼルターボ・シェラを作ろう。燃費は25km/リッター!で50Lタンク。航続距離1000km。ボディはこのサイズだけど前後のホイールをもう少しずつ伸ばして広げて・・・ブリスターフェンダーでちょいランチアデルタ風味で、足はこうしてあーしてショックはWPかドネアか。。トラベルは35mmで・・」と。

そんな話もこんな話も大量にできる。そしてこの無限の距離に敷かれた石油の副産物アスファルトが引かれた道路を、原油と綿花のトラックが行き交う。なぜ北にも南にも向かう綿花を積むトラックがいてすれ違うのか?なぜエネルギーを生むためにこんなところで人びとはエネルギーを費やすのか。

人の営みの逞しさやら、あほらしさやら。そんな複雑な思いもまたこうした過酷な地を行くときには感じることはしばしばだ。

そして完全に走り切るとチョモランマに行ったときに走ったカシュガルからホータンを経て西寧へ向かう西域南道に乗るとチャルチャンはすぐだった。ポプラ並木のたたずまいが、古いシルクロードの面影を強く残していてあまり発展していないことを望むわれわれには程よい雰囲気だ。しかしホテルは出来たばかりのとても快適で最先端なもので、嬉しいと残念なのが相半ばする。

明日は、いや今日はこれからチャルクリクへ向かう短い行程なので少し出発を遅らせることにした。明日は米蘭遺跡に行く。

 


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2012/11/17 (土曜日) REPORT of Raid Trek Taklamakan

REPORT of Raid Trek Taklamakan
17 Nov. 北京時間 PM19:00
「トルファンの1日」

ここトルファンは唐の時代には「火州」と呼ばれた盆地で、まさに世界的にも熱い土地だ。死海に続く世界で2番目の低地の湖もある。そこの海抜はマイナス150m。

その盆地では、まさに鍋の底のような炎熱の夏をしのぐため天山の地下水を網の目のようにめぐらせたカレーズという冷房給水システムが紀元前より営々と続いている。カレーズを掘るのは大変な労働で、それを維持管理するのも同じだ。その清冽な水で育てられるブドウたちはこの土地にいくばくかの恵みをもたらせた。日干し煉瓦を網目のように積んだ干しブドウ場が目につく。この地域の風物でもある。

そんな家並を眺めながら、高昌故城に出かけた。ここは玄奘三蔵も訪れ2か月も滞在した高昌国のことだ。城というのは日本と少し概念を異にして、城塞都市のことをいう。周囲を壁で囲み、ほぼすべての都市機能が城内にあるのだ。最盛期にこの城内には3万6千の民が暮らしその1割は僧侶だったというから、まさに仏教王国だ。天竺に向かう三蔵法師はこの城で過ごし、帰路で立ち寄った時にはすでにこの国は滅んでいたという。

日中は50度にもなる夏の炎暑も、日干し煉瓦の断熱性と極度の乾燥に加えカレーズの冷水で、案外この地でも悪くないんじゃなかったのか?なんて尾上さんと話しながらロバ車に揺られていた。

そして昨日ウルムチの博物館で見た木乃伊の保存されていたアスタナ古墳群を覗き、トルファンの市民の台所「バザール」を彷徨って異邦人の気分を味わう。

とにかくありとあらゆる品物がうず高く積み上げられている。色とりどりの果物、野菜、ドライフルーツの種類もただ事ではない。もちろん衣料品もあれば、本物か偽物かはともかくi-phoneだって雑踏に晒されている。

しかし今回の買い物の目玉は乾燥イチジク。いくつも並ぶ露店で値踏みをしながら(というか、つまみ食いをしながら)尾上さんは大粒の高級品を3㎏も買ったので、ボクは小粒のものを1㎏買った。さて、帰り着くまでもって土産になるのだろうか。さっそく今夜はこれを持ち出して、トルファンの名産ワインを愉しもうかということになった。

こうして異民族らが暮らし様々な文化や熱情が交錯し、人びとが生き生きと暮らす姿を見るのこそがシルクロードの旅だ。

ぼくの旅のテーマソング異邦人の歌詞「市場へ行く人の波に身体を預け、石畳の街角をふらふらと彷徨う、祈りの声、ひづめの音・・・」を遠くで聞きながら本当に時間旅行が始まった気がした。

明日はいよいよスタートだ。わずかに高速道でコルラ迄行きタリム川をヘディンのようにいかだで渡る夢を見ながら砂漠の入り口の小さな町「論台」まで走る。ぼくはこの旅にヘディンの「彷徨える湖」を携えてきた。帰ったらこの翻訳本を書きたいなあ、ていうかこれをベースにもっと生き生きとしたシルクロードの人びとのことを書こう、なんて気分だ。気温は大丈夫そうだしマシンもみな順調そうだ。ウラルのみ少しオーバークールだとかで熱いエアをクリーナーボックスまで導風する?スペシャルな改造をしたようだ。

さあ元気に出発できそうだということを報告しておきます。

 


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「ウルムチ未明」- 2012/11/16 (金曜日) REPORT of Raid Trek Taklamakan

時計は午前7時30分を指している。これは北京時間だ。
ここは北京からさらに2時 間の時差があり、
現地時間は5時30分である。まだ街は闇の中で夜の気配。
時差からも感じられるとおり、日本から随分と西に移動した。

北京空港では新疆とチベット行は全く別のセキュリティ検査を通らなければなら ない。
その物々しさときたら。。。。

ウルムチはもう完全な冬だ。
先週降った雪は道路端に残り所々でアイスバーンに なっている。
この地は北に天山山脈を抱える標高でも1000mに近い土地だ。

今日はこれからみんなで、この地としては早い朝食、そして新疆ウイグル博物館 を訪ね、
これからの旅で出会う遺跡から出土した品々などを先に見ておくことにした。

そしてウルムチより1000m以上も低い、(つまり海抜はマイナスなのだ)トルファ ンの町へ行く。
ここはウルムチが漢族が多いのに比べ、ウイグル族の多いイスラムの町だし、
高昌古城などに代表されるシルクロードの名だたる遺跡が残る。

バイクやクルマはすでにこの町のホテルに着いている。
思いがけず予定変更が続 いて船積みから数か月がたってしまったので、
マシンのコンディションも心配だ。明日もう1日トルファンに留まり、
いよいよタクラマカン縦断に出かける。

寒いのが心配


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2012/11/16 (金曜日) REPORT of Raid Trek Taklamakan

REPORT of Raid Trek Taklamakan
16 Nov. 北京時間 PM10:00
「トルファンのホテルでマシンに再会」

ウルムチで博物館に寄った後は一路トルファンへ。
道はすべて下りで、標高900mから200kmで標高マイナスまで一気に降下する。
厳冬のウルムチからなんとなく暖かな初冬のトルファンに着いた。
途中で人気のうどん店で、トルファン産の小麦で作るこしの強いうどんに驚く。
そしてホテルで数か月ぶりにマシンに再会。長い道のりを物語る汚れはひどく、
それでも松山で別れてこのような地の果てで出会うのは感激でもある。
明日は予備日なのだが出発準備さえ整えば休息日となり、
名だたる遺跡にも心置きなく足が伸ばせるのだが、
1台だけどうしてもエンジンがかからない。なんとか始動可能になり一安心。

明日はまず燃料を入れ洗車して、それから高昌故城、アスタナ古墳群。
あと交河故城にも足を運ぼうと思う。
トルファンのブドウも房をつけるのは10月の終わりまでで、葡萄棚をそよぐ風に、
とはいかなかったけれどこのシルクロードの要衝三蔵法師もとどまった
高昌国に出向いてこれからの旅を占いたいもんだ。

photo by : APIO Kohno

 


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「タクラマカンへ行ってきます!!」- 2012/11/12 (月曜日)

毎年のこと11月は一度、寒くなって「ええ、こんなに寒くなるのが早いのか」と
思うのですが、一転そのあとは思わず半袖でも過ごせるような小春日和な日々がやってきます。
でもボクは今日も半袖。明日からは、寒い予想の中国奥地へ行きます。
ところが気をつけないといけないのはインナーを厚くしないこと。
とにかく暖房の利かせ方が半端じゃありません。北海道もそうですよね。

年と共に、体温の調節能力が落ちてきていることに気づかされます。
さあて、タクラマカンの旅がどのくらいの気温になるのか!
ボクは温度計を2つ買いました。
2007年のカザフスタンは9月に氷点下7度を記録。
しかしグリップヒーターとスクリーンの威力!!GSならではの長い旅ができました。

きょうの一枚

これね、トルファンのうどん。はじめて食べたのは1992年9月、パリ-北京。菅原さんと、
横田さんとタイムラグはあったのですが。。まったく、讃岐うどん。
一説によると空海が持ち帰ったとか・・・

 


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「タクラマカンへ行きますよ。」- 2012/11/09 (金曜日)

とにかくなにかと問題の多かった今年、Raid trek Taklamakan も
ついに許可もそろい出発の日が近づいてきました。
愉しみのひとつは「何を持っていくか?」と「バッグは、どれで行くか?」
ということでしょうか・・・
コーノさんはグレゴリーを買ったみたいだし。。。ボクは比類なき?
バッグコレクションのなかから、
いくつかに絞っているのですが、候補はやはりSSER の20kgバッグ。
そもそも風袋が4.5とか5.0kgもあれば内容物は、すくなくともその重さ分は減量
しなくちゃならない。ということで開発された(大げさ!)SSERのモンゴル仕様
のバッグは、まことに優れている。
しかしBMWのジャイアントバッグも捨てがたいなあ。重くて大きいけど
収納性や仕分け性が良い。重いけど。
いや待てよ、いっそRIMOWAかZeroはどうだろう。というのも映像機材があるし。
でも車の中での安定性はダッフル系にはかなわないしなあ。。。

なんて出発までの数日間を密かに楽しんでいるのでした。
でも最近の傾向としては、どのバッグで行っても
「しまった、あれで来ていたら良かった。」
ということに。つまり超万能なバッグは存在しないということなのですね。

では、行ってきます!!

きょうの一枚

サハラローズじゃなくてタクラマカンローズ。嘉峪関のお土産物屋とか、結構あちこちで売ってる。


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「さあ、モンゴルへ行きますよ。」 – 2012/07/31 (火) – OV

とにかくバタバタなこの季節。北海道が無事に終わり先週末のイベントも無事に終了。日曜日はさすがSSER、降水確率0%でもイベントの一番肝心なところで豪雨を実現!もはや雨乞いの呪術師のごとし!!アメリカあたりに行けば需要はあるかも・・・とまれ暑い日本の夏もあと2日!!!!でモンゴルに旅立ちます。ルートブックもラリータイミングチャートも様々な制作物もほぼ完成!見事なSSERのスタッフの仕事ぶりを手前みそながら評価をしないわけにはいきません。

こうしたリスクの高いスポーツイベントは、もちろん大組織で対応できれば、それはそれでよいのでしょうがなんといってもHQの能力が大きくものを言います。すべてを司る!というわけにはいきませんが、時に俯瞰してルート全体で起きていることを頭の中に描く力です。

実はボク、ミラーニューロンをこの数年研究(というほどではありませんが・・)しています。ミラーニューロンとは、まあ脳のニューロンのうちの10%くらいに与えられた機能で模倣とか共感のメカニズムです。また人の意図の理解とか、そうそう例えばテレビで綱渡りをしている画像を見て、見てる自分も○ンタマあたりがゾクゾクってするのもこの作用だと思うし、飼い主と犬が似てくるのもこれで説明が付くそうな。

ボクがこのことを意識し始めたのは、モンゴルでのラリーの創始時期に発明されたこの知見が、見えないラリーの細部をどう感じ取るかの材料になるのではなかろうかと思ったりしたわけです。

オリンピックで今活躍中の体操の内村選手を分析した番組、ウルトラボディ?で彼の持つシミュレーションの能力を、このミラーニューロンでなら説明がつくのになあ・・・なんて考えながら見ていました。

見えないものが見える、そんな能力ですが、その能力を発達させると面白いことができるような気がしますね。最近のサッカー選手たちも「後ろに目がある」なんて評価されるようになりましたものね。

ただ残念なことにこれは予知能力ではなくて。ピストの先にある穴を察知するのは別の能力のようです。


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「モンゴルへの賛歌」 – 2012/07/22 (月曜日)

早いものです。北海道から帰って週末は名古屋経由横浜東京とクルマを飛ばして回ってきました。もうこのタイミングしか時間がないのですが、東京で驚いたのは、なんと「寒い!」くらいの気温。四国につくまで車の外気温計は23.0度それが四国に着くや28.0度!深夜ですよ、それが。

さて、そういうわけでモンゴルが最接近、ボクは8月3日の便でウランバートル入りします。通関という年々難しく厳しくなる問題!

これはいくつかのヨーロッパなどからのツーリングイベントを「モンゴルラリー」というタイトルで一回のみの開催で多くの車を持ち込み、国内で販売して帰るということがたびたび起きて「ラリーという名でスポーツを装ってビジネスをしている。」というようなことから、スポーツイベントとしての関税特例などが数年前に廃止されてしまったからにほかなりません。

たしかに「ラリー」という名称を使うことには何ら規制はないのですが。。。

でも面白いことに地方の夏祭りの山車に「頑張れ!日本!」と表示しようという話になった時に「まさかJOCが、とってないだろうな?」・・・あっ、「とる」とは登録商標ですが、「絶対そんなことはない。そんなのがとれるのなら、おはようやこんにちはもとってしまえるぞ・・・」
誰かが検索
「ダメです。全類でとっています。」
全類とは、あらゆるカテゴリーです。
「・・・・・」
オリンピックもロス大会以降商業主義で守られ成長してきたことに異論も異存もありはしません。しかし「頑張れ!ニッポン」の言葉を普通に日本人が使えないのは・・・
くそっ、ボクも何か登録しておこうかな。
「原発再稼働反対」とかも気をつけないと登録されているかもよ。

タイトルが「モンゴルへの賛歌」だったのにとんでもないお話になりました。
さあただいまモンゴルに向けた最後の作業中!!ボグドのビバークを夢見て。


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「君知るや、北海道の夏。」- 2012/07/18 (火曜日)

四国に帰ってモンゴルのコマ図の最終を、せかされながら書いていて先ほど完成!それにしても、この暑さはただ事ではありません。やっぱり節電の夏を過ごすのなら北海道です。「北海道を世界の工場に!」なんて話をしながら春木競技長と二人でラリーを先行しながら。。。

あの広大な大地をもっと有効に使って、TAX HEAVEN 税金特区にして世界に分散した工場を集約させる!土地と水は一定の環境規制をクリアしていれば無償!その分を人件費負担に回せば競争力はおのずとついてくる!そうだそんな政策提言をしよう!!と。

いやそれにしても暑い。
この暑さは、もう人間の生存をおびやかすものになってきています。
夏は標高600m以上のところで暮らさなければなりません。または北海道かね。エアコンの必要のない高原で、1か月過ごす。または北海道かね。

北海道の地方都市は人口密度が低く、市街地でクルマを見かけることもまれでした。・・・スンマセンウソデシタ。見かけることは見かけるのですが、とにかく少ない!!のであります。

とまあ雑談はこのくらいにして「北海道4デイズの総評」を書くことにします。

とにかくラリーは面白いことが起こるものです。前半は優勝候補の一角の挙げられた福岡選手、深草選手ら二人のHONDA勢がマシントラブルで続けてリタイア。一気にHasqvarnaが上位に躍り出てきました。おなじみの当麻のSSはガスと小雨に視界を遮られはしましたが、緩やかなアンジュレーションと濃い緑の森は、特に印象的なものでした。

2日目の朝のSSで一番時計を出した深草選手を中心にラリーは中盤戦に突入すると誰もがそう思っていました。その2日目は初めて訪れる道東の景観。なだたる湖を巡りやってきたのはWRCでも有名になった陸別。ここでのSSは地元主催「陸別XC」の協力で、そのラリーの前日に彼らの手によって整備された、それはそれはとっておきの林道で開催されました。

こうしたことも一重に北海道の関係者の大変な努力と調整によって実現したものです。森の中に敷かれたクマ以外に全く遮るもののない、ひたすら続く直線の林道。競技責任者の春木競技長はいくつもの鍵をもって林道を閉じるゲートやチェーンを次々と開放していったり閉じていったりをしています。
まことにルート制作以降の調整や許可関係の作業には頭が下がります。

さて後半にはさらにおもしろいことが起きました。
最後の最後のSS。トップで飛び出して行ったのは昨日まで総合首位を1分以上のマージンでキープする大内田選手。2位は真田選手、優勝を狙うどころか3位には1秒差で原選手が迫っています。
このところ僅差の戦いが繰り広げられる北海道4デイズ。問題は2位争いだと誰もがそう感じていたのです。

しかしこの最後のSSで驚異的な爆発力を見せたのが、真田選手。この大きいタイム差をはねのけて大内田選手に1秒差をつけてラリーを終えました。
大会本部もこの逆転劇に驚き、集計途中では数々の検証が行われました。はたして10kmのSSで1分以上差をつけることができるのかという検証です。つまり、ありえないことですが集計システムの問題にまで言及したのです。
しかしこのSSを10番手でスタートした真田選手は、途中で先行する3台のマシンをパスしていたことが決定的なものとなりました。つまり1分30秒前にスタートしていたトップグループの選手をとらえていたのです。
原選手も大きく詰めてきていました。
讃えられるべきは優勝した真田選手です。

この逆転劇は、さまざまに憶測を呼んだようですが、それは勝負に対するもしくはこの大会に対するいわれなき中傷であるばかりか勝者を穢すものにほかなりません。抗議があれば文書で抗議をしなければなりません。

最後に本大会は本当に大勢の方々の熱意、そして努力また多くの参加者の愛情によって支えられ開催を続けられております。
この大会を立ち上げられた故齋木達雄氏の名を冠した齋木達雄杯が、輝かしいものであることを宣言してこの総評を締めくくります。

なお途中事故で負傷リタイアした選手の情報は個人情報の範囲内として、SSERのプライバシーポリシーに準じ、可能な範囲の情報を閉会式でお伝えした通りです。「いつものことながら負傷者の情報を公開しない」というご意見は、様々な見地から受け入れがたいものです。

ともかく皆様方と共有できた夏の北海道。素晴らしい日々でした。また来年もお目にかかることをお約束いたします。


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2012/06/29 (金曜日) 「忙中の閑」

そうだ、北海道4デイズとモンゴルのコマ地図書きをしないといけない。このころのボクのMy風物詩です。

何かこれを書き始めた途端「悪い人になる。」らしくて、機嫌が悪いのだそうな。決してそんなことはないと思うんだけど、たとえばその時のボクは素粒子レベルでは?モンゴルの分岐に立っていて遠くの山の形やピストのさまを書き写しているというのに、邪魔をする人が居るんです。
いや決してそれは邪魔をしてやろうなどとは、思っていないのは良くわかります。
なぜなら、

「出来た―!書き終わったあ!」

というと、これは昔からなのですが社内では大きな拍手が必ず起こります。見事にあの分厚い気の遠くなるような絵を書き上げたボクへの賛美の拍手だとばかり思っていたのですが、どうやら違っていたようです。それはコマ地図書き中の極度のボクの悪態から解放された、まあ解放軍が首都に入城してきたときの民衆の拍手のようなものだったというわけです。

それはそうでしょう。

そして考えてみれば、ぼくの心情は「たった一つのコマも書き間違えない。」つまり距離が打たれたコマ地図のベースを、極度の緊張で「あっ、間違えた。」を完璧に排除してしまっています。
モンゴルのあのコマ地図を書いていて、ここのところ「あっ、書き間違えた。」は1回あるかないかです。

その間違いを極度になくすのは集中!ではありません。完璧に「ワガコト化」です。そこに立っている自分を想像して、前のコマからの距離感を感じ今向かおうとしている方向や目標物を自分の概念でしっかりととらえる作業です。ひと月前に見た風景を思い起こすのではなく、そこまでもう一度やってきている状況を作るということです。

あらゆることも「ワガコト」としてやれば、そう大きく間違いません。間違いの多くは集中を欠いたから起きるのではなく、所詮は「タニンゴト」ととらえているから起こるのだとボクは思っています。

あとは「心」です。さあ、書こうかな。この行為のためにボクは事務所の中にホテルの1室を再現したり、茶室を作ったりしているのだと言っても大きくは間違っていません。

 

Organisation Voice 2012/06

2012/06/28 (木曜日)

「つれづれなるままに・・」

もう10年以上も、まだブログなんて言葉もないころから、思いつくままにこのWebサイトに「OV」なんぞとタイトル付けて書いてきました。

コンセプトは?推敲しない、つまり書きなぐったままの素の文章を載せるということでした。だからあとから読むと実に稚拙な表現や回りくどかったり重複していたりと、まあ人に読んでいただくような文章なんぞではないわけでした。

そして、あのころは(って、どのころだろう・・)書きたい思いが湧き続けて、いや今も思いは湧き続けるのですが、とめどなかったように思います。ところが昨今。人々が良きにつけ悪しきにつけ、書いて書いて書きまくります。

ブログ、ツィッター、FB、あんなに子供のころに作文が苦手だった子供たちも、まるで音楽の授業で歌わされるのが嫌だったくせに今ではカラオケではマイクを離さない大人のように?なんでそれほどまでに「歌うの」じゃなかった「書くの?」と思うほどに、筆がやや重くなってしまいます。

マザーテレサの言葉。
ボクはマリア・テレジアの言葉だとばっかり思っていたのだけど。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

つまり思考や言葉は運命になるということでしょうか。
マーガレット・サッチャーも演説の中で使っていました。
そしてボクも「思考には気をつけなければ」ならないなあ、なんて考えはじめています。政治や時代も混とんとしてきていて未曾有の・・・と書き始めると誰もがそうだそうだと思うでしょうが、いつの時代も太古より人はいさかい殺し合い、為政者は言葉を操るのです。

困難な時代は、ほんとうに歴史の中に常に存在し、というか常に困難は極度に人々に寄り添い続け、それを一時的に振り払うためや人生の青山を求めて旅に出たりしたものです。

さあ、自分の思考、そして言葉を磨き、心を磨いて人生を。

きょうの一枚

エゾジカ。本州でも林道は鹿の宝庫に。いろいろ問題はあるだろうけど、ボクは良いことだと思ってる。ただしダートでのクラッシュは避けたい。あと熊もね。

2012/06/27 (水曜日)

「例によって、時々週刊タクラマカン」

もうすぐ北海道4デイズ。あの(雨さえ降らなければ?)爽やかな、あの北海道!です。今年は少しフォーマットが変更されてA-TECのキャンパスを使わない方向で進めています。そして芦別駅前が特設スタート会場!さあて、心配なお天気のほうは。。。

ところでまったくお天気の心配のない「タクラマカン」いや、一度は年間雨量50mmのロプノールで、おそらくそのほとんどを降らせた?ボクは、砂の海がいかに水を吸わなくてヌタヌタのヌルヌルになるかを、またしてもいやというほど味わったものでした。しかしさすがにそれ以降は完全に「晴れ」パリまでほぼ完ぺきだったというのが自慢!!です。

さて夏の様々なスケジュールをひと段落させれば「タクラマカン」に行くのであります。サイドカーも行くし、GS-Aはすでに3台!そうそうジムニーも。。。目指すは敦煌からトルファン、砂漠公路、米蘭、さらに4000mの峠を越えて。。。で、最近みんなで盛り上がりかけているのは「チョモランマ再挑戦!」といっても登るのではなく、青蔵公路完全走破!!の再現。できれば中尼公路でネパールを超えてムンバイまで。。。ああ、体力は大丈夫かしら。そんな世界地図とにらめっこしているときは自分の体力や、あの恐ろしかった?高山病のことなど完全に忘れてしまっていて。。。

自分の情熱を遮るものは自分の身体なのだ・・・
と。その都度に運動する!とか健康診断に行く!とか言っては、何もしない日々が続いているのであります。

さてタクラマカン!バイクで走れるチャンスは、まあそうありませんから悩んでいないで?ご一緒しませんか。。。

2012/06/21 (木曜日)

「ここにも、さまよえる湖が」

地球の異変は相変わらずのようで、ここモンゴルでもすごいスピードで環境の変化が進んでいます。とりわけ大地の乾燥はニュースで伝えられているとおりかなりなものです。
タクラマカンでは、あの巨大な湖ロプノールが、今では彷徨ってるのではなく完全に消え去ってしまっています。あらゆる川が海へ届かなくなっているとも言います。人口爆発による取水量の急増に乾燥が拍車をかけるわけです。山々は保水しなくなったし、黄土の流出も相当量。

モンゴルに話を戻します。ここでもこの10数年の間に湖は小さくなり、今年エタップ2では、例の左右の湖が時間によって水位が変わるという超常現象のようなものが観測されるところなのですが・・・大きい西側の湖は小さくなってしまっていて、少し小さい東側の湖は影も形もなくなっています。確かに雨でも降れば広大な、そしてどうしようもないほどの泥の海を出現させるのでしょうが、とにかく消滅してしまっています。
数年前は右側の湖の畔を全開でCAP180で走ったのですが、肌に感じる湖の湿度もいまではあまり大したことはなく、乾燥が進んでいることを空気が伝えています。

さて今回のボクの主題のひとつ、砂丘の浮かぶ湖も実は同じような状態になっています。エタップ2のゴールとビバークにここを選んでいたものですから、ありとあらゆる方法でアプローチするのですが、地図にある湖の上にまでやってきているのに湖はありません。
近くの遊牧民に尋ねると
「3年前まではあった、」
「いや30kmばかり後退した。」
「・・・」
30kmも後退するはずはないのですが。

翌日、その村の女性の村長さんを訪ねました。大歓迎!です。
「湖はいま少しずつ水を戻しつつあります。」
「おお!」
「この大会を村を挙げて大歓迎します。」
翌日、車で湖まで行きました。
確かに小さくなっていますが湖は存在していました。

そして湖に浮かぶ砂丘も遠くに見えます。
次の日は、もう一度エタップ2を制作し直すために出かけることにしました。

ボクタチはこの村の子供たちのために、ノートなど文房具やバトミントンなどの遊び道具をたっぷりと積み込みました。
村からビバークまでは50kmばかりありますが、きっと村長さんや子供たちが遊びに来てくれることでしょう。

さて、モンゴルの情報・・・
今年から、さらにアシスタンスの規定について厳しくコントロールしていきますのでご注意ください。もういちどレギュレーションをご熟読ください。

2012/06/19 (火曜日)

「スガワラ峠の雪と氷」

それはモンゴルほどの高緯度にある山塊の3000mの峠。日本の3000mの高山に比べても、空の群青はまるでヒマラヤだ。それにその高緯度の空気も凄絶な感じすらあるのだ。そこに至る道は地元の遊牧民でもあまり通ることはない。おそらく通る必要がないのだがシャルガルジョートというこの国でほぼ唯一の温泉保養地へ、危険だけど近道だということで稀に人が通る。
そして6月の試走の時は2年に1回くらいしか通れない。そして通るときは雪の斜面を奈落の谷に向かってクルマを走らせるのは、暴挙としか言いようがない。

でも今年は、それどころの騒ぎではなく厳冬期の山そのものだ。下手をしたらラリーの本番も雪渓が残っているかもしれない。
そのうえその試走の折は吹雪と新雪という大歓迎ぶりで、ふとSSERのイベントの雨の多さを実感するのだった。

ボクがこの峠に(勝手に)スガワラ峠と名付けたのは、もう12年ほど前だろうか。
試走の時に見つけたこの峠を、本当にルートに加えるか否かをずいぶん悩んだ。
悪天候時にヌルヌルとなった斜面を登ったり下りたりできまい。それに体感温度を奪うほどの風と冷気が支配している。

それでも青空ならば驚くほどの景観と、困難な峠越えの喜びは喩えようがないんだ。
そして、はじめてこの峠をルートにした年に、菅原さんが役員として参加していただいた。しかも最後尾を司るカミオンバレイを担当する。でもそのころには地元の軍用トラックとランクルという組み合わせ。この峠を越えるのに苦労をしたことはうかがえる。それでも「あの峠は素晴らしかった」と。それにその経験が菅原さんをして「この大会にHINOのカミオンを寄付しよう。」という思いに至ったようだった。
いま2台目のFTという4×4のカミオンがラリーの最後尾を守っている。
スガワラテルヒトやシノヅカケンジロウもそのハンドルを握った。
そうした、このラリーへの思いに心よりの敬意をもって「スガワラ峠」と命名したのだ。
どうか心して登り、そして超えていただきたい。
たおやかさと高山特有の厳しさと、驚くべき景観がまるで菅原さんのようだ。

2012/06/18 (月曜日)

「車検も大雨でしたね。」

雨雨雨。。。

「そういえばチョモランマ酒場の時も雨でしたね。」誰かがボクにそう話しかけた。

そうだったのか・・・
なにも雨はラリー本番の時だけじゃないんだ・・
ということで松山の船積み車検も大雨。
雨不足に苦しんでいる松山も、何も土曜日だけ雨が降らなくてもねえ。
さらにAPIOさんに誘われて走りに行った高知も、もちろん雨。

ここまで雨の確率の高いボクは、何かこの特技を社会貢献に利用できまいかと思案中です。

まあそれはさておき、雨のリスクの高い6月の催し物・車検は国際展示場の1/3を仕切って。
すると中にまでトラックなど積載車も入ってこられるので雨なんて、問題ないわけです。
しかしそれにしてもこれだけの確率で雨に当たるのは、相当なものです。

もっと言えば、モンゴルの試走も過去になく雨と風と雪。

そろそろ流れが変わるはずなのですが。
いよいよ次は北海道4デイズ、これこそ今年ばかりは4/4の晴れを目指しているのですが。

そしてモンゴルはまあ大丈夫でしょうから、あとは近場で行くとSSER3DAYS、これも過去の連続晴天記録も今は昔。そのSSER、今年は100マイル×3 まあ160km×3=480kmのラリーを目指して組み立てて参ります。

モンゴルのルートインフォメーションも、このあと取り掛かることにしますね。

2012/06/13 (水曜日)

「ラリーモンゴリア試走レポートその1」

今年のルートに挑むのは、実は参加者たちだけではなく、まずボクタチ試走チームなのだ。5月26日夜にウランバートルにつくや明早朝にはウランバートルを出発する。この早業が、ここのところのボクのウリだ。

そして全長3500km超のルートを、1日300km(これが実に難しい。)約14日間で走破しルートブック(コマ地図)を作成しルートのGPSのログを拾うのが主な仕事になる。これを完璧にこなすのはいくつかの課題がラリーのように絡み合う。

まずはマシンの問題だ。完璧で壊れないマシンとスペアパーツ。マシンは何もクルマのことだけではない。テラトリップやマップツインといった測距器やGPS機器などのことだ。
とりあえずこの3つが最後まで安定していれば、何とかなる。
しかし今回はクルマを3度も取り替えた。
1台目はエンジン不調。2台目は新品のクラッチが、砂の中で滑り始めていた。
やっと3台目のパトロール中東仕様で納得。
2度もウランバートルからクルマを夜のうちに呼んで、朝起きてクルマを乗り換えてスタートするというセレブぶり。ただし補正は厳密にとりましたんで。。。

クルマの次は人間の身体だ。つまり食事と快適な睡眠。そしてチームワークのことだ。
さらに、かなりハードな精神力とサービス精神が要求される。

問題はそのサービス精神で、この山の上の風景を見せてやろう!なんて考えるほどにルートの難易度は上がる。つまりサービス精神の高さは難易度に直結する。

そして最大に必要なものは「情熱」と「表現力」だろうと思っている。
それらの意味を総合しても今大会のルートは、素晴らしい出来栄えだと自画自賛している。何度も何度も出場した参加者らに瞠目の景観をお見せできると断言できるし、思いがけない困難を強いる場面もたびたび出てくるだろう。

ときにふと「ここはタンバクンダか?」と思わせるようなダカールのオールドファンには懐かしい風景が出てくる。約束していた湖に浮かぶ砂丘地帯は、水位が急激に下がってしまったので望めなくなったもののその干上がった湖底のデューンの袋小路を彷徨うことにもなる。

大きな4000m峰を有するボグド山脈はアルタイ山系。狭隘な谷をいくつも詰めることになるが驚きはそこにもある。一つの谷は氷で閉ざされていて、いちかばちかのアタックを試みた。何とか抜けられた。もう一つは谷には氷が張り詰め青い光が満ちていて、氷の底に水が流れていることが確認できた。さすがにここは「行くな」と、迂回路を取った。

平均標高もいつになく高い。ひょっとしたら、2000mを超えているのではないだろうか。
今回は吹雪の中、厚い氷や雪の中を超えて行った。
まさに美しい風景や、20年近いこうした旅の中でも初めて出会う景観やピストに感動しきりだった。

ルートには様々な性格が表れる。
後年「そうか、あの年の大会に出ていたのか・・・」そう言われる大会にしたいと、毎年そう思っているからいまだに進化できているのではあるまいかと自負している。とにかく2012年、これまでになかったルートとそのコーディネイションを楽しみにしていただいてよいと。

きょうの一枚

積雪地帯はピストが良く見なかった。標高2300mに降りてくると、緑のじゅうたんと雪が見事なコントラストだった、今日はこのあたりでキャンプをするか!とクルマを止めた。

「さらば、2011」- 2011/12/28 (水曜日)

なにかと激動の2011年も静かに暮れようとしている。

「あっという間の1年でしたねえ。」

と普通に誰もが話す。
そうなのだろうか?

あの3月11日の出来事と、そこから連綿と続く事態はどうだ。
本当に、あっという間の一年だったのだろうか。

政治はどうだろう。

人の心は、どうだろう。

いまの社会は、利権を守りたい「持つ者」とそれを壊したい「持たざる者」のぶつかり合いだ。政治はそれを調整する機能だったはずだが、彼らもまた「持つ者」の代表格だということがわかった。本当に、あっという間の一年間だったか。

はるか以前に書いたが「民主党がひとつでも良いことをしたか?」というある首長の問いにボクは「ある。」と答えたことがある。
「ほう、それはなんですかな?」と
「ボクタチは幼いころから、上手い話には気をつけろ、と教えられてきた。それを日本人に思い出させてくれたのが民主党だ。こんな立派なことはない。」

彼は
「それ、使わせて欲しい」
って言った。

ある公務員と2チャンネルの話になった。
「あれはけしからん。あんなのがあることは許せない。」
と。
ボクは
「いや彼らの存在は素晴らしい。」
「どーしてそんなことを言う」
「トイレの落書きがなくなった。」
「うーん、それ使わせてくれませんか」

ボクは
「発言には著作権はないのだろうか」
と思いながら
「いいですよ。」
と。

つまり何が言いたいのか。
どのような惨禍にも、どのような政権にも、見るべき点や見習うべき点、または参考にすべきことは存在するのだ。
この世の中「素晴らしい!」ことも多いが、素晴らしいことから学ぶことはそう多くはない。
すべからく民主党には学ばなければならない点が多い。
ボクもよく言われた。
「言っていることと、やっていることが違いませんか?」
ボク
「おまえな、言っていることとやっていることが全部同じなら孫さんより成功しているよ。」
「・・・・・・・」
つまりボクも民主党なんすよ。マニフェストなんて、あんなのは選挙で勝つためだけの美辞麗句で、子供手当て26000/人の時には、ボクは小さな子供を3人も持つ奴に「ヘーん、ボクは勝ち組!」とか言われて悔しかった。
とまあ2011を総括しようと書き始めたら実に下らない話になった。
さあて、これからめくるめく忘年会が続く。。。
きょうの一枚
ゾーモッドの赤い土地。いつも不思議なインスピレーションを与えてくれる。何度この地に訪れたことだろう。


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「週刊タクラマカン」- 2011/12/26 (月曜日)

タクラマカンも随分盛り上がってきた。ボクは何で行こうか?と考えている。去年の今頃はR1200GS-A+サイドカー・・・なんて計画をしていた、これもありだけどランクル70をちょっとカッコ良くしようかなあ・・・とかでもジムニー行くしなあ?などと装備を考えたりたり、タイヤを考えたり。

で、実は後ろから大型トラックが進行しているのであります。カミオンバレイね。写真はチョモランマのときのカミオン。

天津で荷物を受け取った彼らは、FJクルーザーにウラルサイドカー、にバイクを積み込みなんとカシュガルまで、おおかた中国の長手方向の縦断をして合流。その後は最後尾からゴトゴトと走行。もちろんチョモランマBCや、ツァンダには行かなかったものの彼らがいる安心感は絶大。

今回も、天津で通関したらこれに積んで嘉峪関のホテルまで大移動。そこから常に後ろにいる。なんだ、スペアタイヤとか全部これに積んで、身軽な旅をすればいいや。。。なんて考えちゃったりしています。
さあ、2012年。さまざまな旅が、また始まります。

きょうの一枚

チベット縦断のカミオンバレイは、この大型トラックだった。ツアンダへはさすがに行けずに数日間は別行動だったけど、素晴らしい活躍をしていた。


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「FA-coat Rally Mongolia 2012 のご案内」- 2011/12/22 (木曜日)

そうだよ、本来はこのコラム、こういうことを書くためにはじめたのに。というかもう12年もやっているんですね。
99年からはじまったこの「デキルダケ日刊SSER PRESS」
なんども「リニューアルしよ!」
という声にも頑なに
「これでいいのだ。」
とバカボンのパパのように一途に。
って、すぐに脱線してしまうのでした。
今日はモンゴルへのお誘いです。
プレエントリーCase-1が続々と届き始めています。
「おお、あなたも来年も来ますか!」
という人や初めての人も。
が、なにか忘れている人がいるような気がしてならないんです。25日締め切りなんですが、23、24、25って3連休だし。
何度か書きましたが、やはりお得な早期割引のCase-1の手続きをお勧めします。さあ2012のモンゴルはまた、賑やかで面白くなりそうな予感で溢れていますよ。
きょうの一枚
東さん。TBIなど上位の常連。今年のモンゴルは十分な準備期間ののち出場。ボクタチの期待はいやがうえにも。ゼッケンは「3」まあ、これはエントリが早かったということですが。ところが、ナビに手間取り大苦戦。モンゴルの帰国便の受け取りの帰り道、SSERの事務所に寄っていただきコーヒーを飲みながら
「いやー、モンゴルはちょっともう・・・」
ボクは
「そーだよねえ。」
ところが、彼は男の子でした。
なんか、彼からのエントリーフォームが届くやボクはうれしくて、これぞ主催者冥利につきる、とひとり感じいっていたのでした。

「TBI,TBI,TBI」- 2011/12/21 (火曜日)

さあTBIのはじまりだ。

春の光が降り注いでいるような気にさえなる

そんな気がするのは、全国からどんどんとTBIのプレエントリーが届いているか らかもしれない。なにかと辛かった2011年は、高野山から旅をはじめた。奥の院の山門の満開の桜が心に染みた。GWに見られる桜は、なかなか西日本では稀有だ。 ただそれだけでも、なにか特別に用意されたことのようで心が潤った。

高みから見下ろした紀ノ川が西日に輝いていたことや、温かな夕暮れの空気が何 故にと思うほど、心地よかった。ふっと、ため息をついた。深草君がボクの横でハンドルを握っていた。た。た。
あのころボクは、震災支援で石巻の活動を撤収し、事務所にツリーハウスのような茶室作りに励んでいた。まあ励んだと言うほどではないが。。。たった3畳あ まりの背の低い小屋がけのそれは、まれで茶室と言うよりはトム・ソーヤの冒険の秘密基地そのものだった。
もともとの動機は「心を磨きたかったから」なのだが。
心を磨く、おそらく人々は、それに似た思いで四国遍路の路に経ったはずだ。ボクときたら、少なくとも四半世紀の四国をめぐる旅をしながら、どうにも心が磨かれない。ばかりか、腹が立ちやすかったり、人が羨ましかったり、ばかりする。
つまり満たされないのだ。
足るを知らないのかもしれない。
方丈の月日庵は、しばらくそうした煩悩を忘れて旅に出ることができる、まあ仮想空間へ旅立つカプセルだということだ。
つまるところ「心を磨く」と言うのは満たされない思いを埋める、という行為なのかもしれないなと思うことになった。
ならば具体の旅に出るのが良いだろう。
とびっきりの、旅だ。
ならばTBIだ、という理屈だ。
そのTBIは、1989年からだからもう何年目になるのかは数えないことにした。というのも途中3年間のTDNツールドニッポンは数えるのか?数えないのか?という議論もあるし。。。
考えてみれば、橋もついたし高速も伸びるだけ伸びた。でもそこはGWには混雑し、わざわざそんなところへ行かなくても深い四国の山々は、いつも通るものも少ない。
きょうの一枚
TBIの原風景は四万十川と川を渡す鯉のぼりだろうか。いまでは全国的に広がった感のあるそれだが、30年近く前にはみんな驚いた。そういえば鯉のぼりをバイクに着けて走っていた参加者もいたなあ。なんて考えていたら菅原さんのことを思い出した。鯉のぼり、かあ。


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「さて月曜日は、週刊タクラマカン」- 2011/12/19 (月曜日)

とはいうものの風邪でダウンしていて、ようやく復帰。週末にお約束していた各位にはお詫びの申し上げようもありません。

土曜日は苦しみましたが日曜の夜あたりからは、なんのことはない「坂の上の雲」か「バルサVSサントス」か(放送時間がバッティングしまくり!)を悩み、なんだBSで18時から「坂の上の雲」あるよ、と安心して両方続けて見ようとしたのですが、薬のせいか途中で朦朧。まあそんな日曜日になってしまいました。
さてタクラマカン、添付の絵地図はボクが一昨年の計画段階の落書きのもの、、ですが、今回はほとんどこのルートで行こうと思っています。一部のジムニー乗りの皆さん?が過激なルートの要望をしているようですが、2012年版ではたっぷりと余裕の旅をと、考えています。
でも「敦煌の休日」の1日を利用して玉門関からヤルダン地形ルートを探検に、その先はもう不毛の砂の世界だから。(写真がそこです)
そもそも今回の目的のひとつは沙漠公路の縦断。タクラマカン砂漠を南北に貫く道路を走るものです。しかしまあ、そこはバスも通っているところ。われわれの興味は、こうしたタクラマカンを縦に走って、かつてはロプノールに水を送っていたタリム川を越えるということ。
110年前スウェーデンの探検家スヴェン・ヘディンは乾ききったロプノールの川床に着きました。そこに楼蘭の夥しい遺跡を発見。そしてこの湖ロプノールを彷徨える湖と呼んで、その原因を推測しました。それは川の堆積により1500年周期で流路を変えるというもの。つまり600年代に消えていった湖は1900年代に再び現れる筈でした。
そしてその30年後の1934年。1500年の静寂を破って再びタリム川はロプノールに流れ込み始めたのです。年老いた?ヘディンは、それでもカヌーでタリム川を下り遂にロプノールへたどり着きます。
「私が34年前に幸いにも征服することのできたあの砂漠の中まで、この濁った川筋をたどっていくことを考えると、身の引き締まるような思いがすると言ってもよかった。私たちのカヌーは、道のない河床に印された私自身の駱駝の足跡の上を滑っていく。足跡が34年の歳月の間に、東から吹くきびしい春の嵐で掻き消されてしまっているのは間違いないが、それでも1900年3月に私のキャラバンが前進をつづけていったのは、まさにここであり、まぎれもなくこの同じ川の河床なのである。」ヘディン『さまよえる湖』からえる湖』からえる湖』から
さてそれでは、ヘディンの説が正しかったとすればいまも満々と水を湛えたロプノールがあるはずなのですが。この数年間訪れたそこを見れば、高度計でも相当な深さと大きさの湖だったことがわかりました。実は1970年ころまで、この湖に水は存在していたようですが、その後の流域の取水による断流が原因で、今度こそ本当に涸れ上がってしまったというわけです。人類にとって、また中国国民にとっても真剣に考えるべき問題ではありませんか?
さらに、もうひとつのテーマ・・・ボクだけなのですがこんなの。
万里の長城は、実は嘉峪関が西の果てではなくカシュガルまで延びていたという仮説。実はボクは信じているのです。聞いたときから。ならば天山南麓伝いにオアシス都市をつないでいたのではないかとも考えられるのですが、それならもっと早く発見できたはず。ハハーンやっぱりね
それは玉門関からロプノールを経てタリム川沿いに在ったのではないだろうか・・・などと考えて一人で気ぜわしく旅支度を進める年の瀬でした。
すいませんまとまらない話で。


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「年をとるということ」- 2011/12/16 (金曜日)

時間はアインシュタインによれば、相対的に過ぎてゆく。好きなことをしていればあっという間に。いやなことをしているときは、まさに無限だ。そんなことアインシュタインが最初に見つけたのではない。
日本の昔話ではすでに「浦島太郎」が相対性理論を示している。
いや、そんな事を書こうと思ったんじゃない。
失うか、得るか。
そんなことが「年をとるということ」か。
Frm 三上編集長が
「なんだか気づかないうちに、大切なものを失っていたのだという気がしてきた。 」
とツィートして、ダカールのYouTubeの画像を添付していた。
そのことから「年をとるということ」を考えるようになった。
彼は年を取ったのではなく、時間を失ったということだ。
以前なにかのCM、たぶんウイスキーだ。
「・・・それは、降り積もる」
という表現をしていた。
「年を取る」か「年を重ねるか」
つまり前者は取る=マイナスで、後者は重ねる=プラスなのだろう。
静かに降り積もる雪のように年を取りたい。
そうすれば熱情も恩讐も美しく飾られる。
いやそんな話でもなかった気がする。
ラリーの開催準備をしていて、特にモンゴルの試走などのハードな旅のたび
「年をとったなあ。」
と感じるようになった。
この場合、何も降り積もったとかて話じゃない。
これは単に個の劣化で、進捗の違いはあれ概ねみな等しい。
例外は菅原さんばかりだ。
いや、菅原さんとて厳しい。
厳しいからこそ、高い評価につながっている。
年は取らない。それは降り積もる。
何年か前にトシ・ニシヤマに久しぶりに会ったときに
「トシさん、年をとりませんね?」
と言うと。
「トシは取りませんよ。僕からトシを取ったらただのニシヤマになってしまうからね。」と。
何度も使っただろう、そんなギャグの1センテンスも嬉しかった。
トシ・ニシヤマは1988年のパリダカに、ボクのチームから参加した。
タマンラセットで夜明け前に別れた。
そんなこんなで今年も暮れようとしていて、またひとつ年を取る、もとい年を重ねる。
きょうの一枚
大忘年会の茶室での飲み会のために用意したマッカラン。SEOULで買ってきた。18年の歳月は、モンゴルのラリーを始める前の年まで若返らせてくれる時間の量だ。ボクが38歳のころにシェリー酒の樽に漬け込まれたこのシングルモルトがどうやってボクと邂逅するのか。やっぱり「時は降り積もる」のだ。


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「今日は2本立て。SEOULの熱い夜と、週刊タクラマカン」 – 2011/12/12 (月曜日)

行って参りましたSEOUL。FTAのデモに沸く市内は、警察車両によって規制され、この国でも政府の選択もまた一筋縄ではいかないことを物語っています。
ボクたちが泊まっていたHOTELは、そのちょうどど真ん中。ギャラリー街までTAXIで行って散策しているうちに、帰りのTAXIが拾えない!のです。
TAXI
「どこへ?」
ボク
「LOTTE HOTEL」
TAXI
「そっちは混んでいて動かないからだめ」
たぶんそう言われたのでしょう。
歩くことに。
GPSがないので、頼りになるのはボクの方向感覚のみ。
どのくらい歩いたのでしょう。歩いたから見えたものも多いのですが一番多くみたのは警察官。しかも皆さん完全武装。
無事にHOTELまで歩きました。
日も落ちかけた頃、お迎えの車でKTM-KOREAへ。
素晴らしい店内は広々としていて、ピットはすべて地下。
ケイタリングされた食事や飲み物もたくさん。会場には大きな横断幕も用意されていました。
そして発表会では、いくつかの雑誌社からの取材も受け、彼らがこうしたラリーに大きな夢を抱いていることが伝わってきます。みんなダカールへの思いを募らせているようです。
さあモンゴルへ。
それでも困難は少なくないでしょうが
「目標は10台です。」
力強く語ってくれた彼らは、もうしっかり遠くの目標を見据えています。
「週刊タクラマカン(毎週月曜企画)」
さてコーノさん。
今週も月曜日はタクラマカン企画。
今週のお題は「莫高窟」
だれもが井上靖の小説「敦煌」や平山郁夫の絵画の数々に惹かれるように敦煌を訪ね莫高窟へやって来ると、少の興醒めを覚えます。それは鳴沙山でもかなりなものですが。
それは世界遺産に登録されて以降の、観光ビジネスの発想の貧弱さにあるだろうし、保護という観点の稚拙さにもあるのではないでしょうか。
ただここでは興醒めしておいてもよろしい。
しかしそうならないためには、必ず井上靖の「敦煌」を読んでおくことでしょう。そうすれば、河西回廊の都市も敦煌も必ずやってこなければならなかった土地だったという感慨に貫かれます。
さらにタイムマシンに乗ったような気さえします。
ボクは思うのです。
旅は好奇心と知識と想像力を埋めるひとつの儀礼なのだと。
何も知らずに訪れた旅先も、それはそれで異邦人を気取るのは良いけど、あとで知って後悔することも少なくないのです。
「見てみたい」のではなくて「埋めたい」という気分がボクは勝っているんです。
さてまじめに
敦煌に着くと「敦煌山荘」に荷物を下ろします。
そこは鳴沙山を背景に立つ、素晴らしいリゾートホテル?です。その鳴沙山の東向きの断崖に幅1600mに掘られたのが莫高窟です。
さらに西千仏洞・安西楡林窟・水峡口窟など、無数の洞窟。
見られるのはほんのその一部ですが、気が遠くなります。
掘られはじめたのは前秦355年ころとされています。以来1000年にわたり掘り続けられいやこの後の話は是非とも小説「敦煌」で。
これを読めば、必ずこの地に行きたくなります。
行きたくなりたくない人(難しいですね)は、読んじゃだめです。
1900年頃ドイツの探検隊によって壁画の多くが持ち去られましたが、いまでも驚くほどの美しさで不思議な姿を見せています。
敦煌の出発前に、みんなで行きましょうか。
この前にクルマを置いて撮影しても、びっくりですよね。


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「再び、恐竜の谷のこと」- 2011/12/08 (木曜日)

ゾーモットから南に向かう。
気温計は40度あたりを指している。
でもそんなに暑いとは感じない。
遠く右手に巨大な岩山が見える。
大きな岩の塊で黒々している。エアーズロックほどの大きさはないものの、大きいし真っ黒だ。
何もない大平原に突然、地下から噴出して固まったのだ。
大地のエネルギーがフンプンとしている。
そこから先は、ただ陽炎に揺れる大地ばかりだ。
薄いただひとつのピストは、か細くこの先に村があるとは思えない。
やがて地の果てのような荒涼とした大地に、いつ降った雨が穿ったのか、谷がある。道は吸い込まれるように谷に入った。
それが、ボクがはじめて恐竜の谷に迷い込んだときのことだ。
99年の試走の時のことだ。
谷の中ほどで休憩をしていたら、モンゴル人スタッフがそのあたりから沢山の化石を拾ってきた。あまりにも短時間でそんなに沢山の化石が集められるのか訝しがった。
その谷は、ほんとうに恐竜に谷だった。
そうネーミングしたのはボクだ。
なんたって緑色の岩が、川の水を飲みに集まってきた恐竜の姿そのものに見えた。
「本物の恐竜が出てきたら、世界一有名なラリーになるぞ。」
そんな広報戦術も考えたが、生きた本物の恐竜は、現れそうで現れなかった。
その夏のラリー本番の時には、その谷はずれの古い湖のあとのようなところに行った。そこには地表に突き出した恐ろしく沢山の木の化石があった。大量の亀の化石や、巨大な大腿骨の化石などを拾った。
亀の化石はモンゴルの第一人者という学者に見せると「これほど完璧なものは、おそらく世界でも二つとあるまい」と言うので差し上げることにした。
そんな恐竜の谷は、いまだに行く手を阻んでいる。というか、たやすく行くことは出来ない。
それが良いのだと思う。
なぜかここを撮った写真や映像も少ない。
いつもカメラを向けて大量の写真を撮ったように思うのだが、帰って整理をするとあまりないのが不思議なのだ。
ラリーの映像もない。
必ず来年も通って、前の晩から張り込んでもスチールとビデオカメラを配置すると心に決めている。
きょうの一枚
恐竜に谷の南側の入り口から少し北上。まだ本格的な谷は少し先だ。全体に砂っぽい。イメージとしては地球上ではない。


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「FUTURE Vol-8 只今鋭意プレス中!」- 2011/12/06 (火曜日)

おかげさまで、早いものでFUTUREも2年目も終わる第8号をプレス中です。なにかとネット上でいいのに、わざわざパッケージになんて・・・という批判はすでに皆無に。それはそうだろうと思います。
先日の恵比寿「7」でのプレゼンテーション・・・150インチのスクリーンに映し出された映像は、思わず「ウウッ」となってしまいました。
普段はパソコンの画面でしか見ない映像を、大きなスクリーンと素晴らしい音響でお楽しみください。
なんて言い出したら、もっと画質と録音をクオリティアップしなきゃならないので、自分で自分の・・・ではあります。
いずれにしても随分と支持も増えたFUTURE 12/20号はお近くのパートナーショップまたはフューチャーショップで入手してください。

きょうの一枚
これは先行してSEOULの発表会のお土産用に用意したFUTURE特別編集版。1枚1枚手焼きのもの。


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「恐竜の谷について」- 2011/12/02 (金曜日)

今日のことFUTURE-VOL.8の編集が終わって見直しをしていました。
するとゾーモットに到着した松野さんが
「疲れたー。でも恐竜の谷で疲れが吹っ飛んだよ。あそこはすごいねえ。」
とか未明にゴールした松下さんは
「深夜に通ったのだけど、キラキラ輝いていて美しかった。」
という具合に恐竜の谷は、本当に不思議なところです。
今回は撮影クルーが恐竜の谷に行けなくて残念なことに映像がないのです。
それにあの辺りは、ここのところ金鉱探しのクルマの着けたワダチで、それはもうまっすぐ恐竜の谷に入るのは難しいほど。
10年前にはか細い1本の、それも消えてしまいそうなほどのワダチがあった程度なのですが。
こんな面白い話も
ムッホが日本人のカメラマンをここに連れてきたそうです。
「ここはすごいねえ。日本人でここに来たのはわれわれが初めてだろうねえ。」
ムッホ
「いえ、ボクも始めてきたのは日本人に連れて来てもらったんです。」
日本人カメラマン
「・・・・・」
まあいずれにしても、そういう場所なのです。
久しぶりに通りましたが、それも南からのアプローチ。数年間も通っていなかったのですが、再び恐竜の谷へもっと深く行ってみたいなと思う2012のルート構想でした。


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「すいません、ブログとかぶりで・・・」- 2011/12/01 (木曜日)

タンタンの話をブログに書いていて、コロンビアのグスタボさんのご兄弟のことを思い出しました。(タンタンつながりのお友達になりましたから)
彼らは下半身がパジェロエボリューションのエスクードに乗って、それはとても楽しそうに毎日走っていました。
あまり飛ばさないように見えますが、気がつけばゴールしてる、といった具合です。ゴールするとクルマから2つの折りたたみのキャンピングチェアを出して、そこらあたりの高台に登ります。おそらく特段の風景ではなく、どこまでも広がる空間を見やっているのでしょう。兄弟二人で椅子に並んで座って、とにかく仲良く笑いながら話をしています。遠くから見るととても絵になります。
そこでは今日のルートのことを話しているのではないように感じます。
来年モンゴルに来るのなら
「毎日何を話しているの?」
と聞きたいと思います。
答えは案外と
「いや、タンタンの冒険とこのラリーについてだよ。」
なんちゅう大人の回答が返ってくるかもしれません。
コロンビア。
悪いイメージばかりが伝わってくる国ですが、この二人の人物を見ていて深い感銘を受けたこともまた事実です。それ以来コロンビアの印象はまったく変わってしまいましたから。
だからわれわれも海外に行ったときの立ち居振る舞いも、日本を背負っているんだ!?は大げさですが、ちゃんとしなければなりませんよ。ね。今度SEOULの発表会に「ボクも行く!」の皆さんもですぞ。

きょうの一枚
微妙な色味の青空、砂丘の描き方。らくだとタンタンの配置。らくだの人を馬鹿にしたような笑顔、さらに言えばらくだのX脚にまでタンタンのファンはうなるのでありますが、さて。


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「そーいや、MINIの物語」- 2011/11/30 (水曜日)

ダカールにはペテランセルが、MINI-CROSSOVERでエントリーだね?てな話と2006BTOUの写真整理で大量に出てきたモンゴルに挑む4台のミニクーパーの符号が妙に合って、なにかこう懐かしく温かな気分になったりなんかした。
あのときの4台のMINIのエントリーは、どちらかというと無謀だったけど、ラリーの中に彼らがいるだけでとてもほのぼのとしていた。それに1台は完走した。チンギスハーンホテルにゴールした時には女性ドライバーは熱中症で意識も朦朧としていた。でも確かにエコチャレンジというカテゴリーを設けてはいたもののMINIとPRIUSの完走は、本当に驚きだった。
そんなことを思い出しながら、MINIのカタログを眺めてたりするボク。
きょうの一枚
モンゴルの大地に挑むMINIたち。


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「みをつくし」-  2011/11/29 (火曜日)

ボクはなぜか全国にあまたある、この手の記章の中でも大阪府章も大阪市章も好きなのだ。変わってる!って言われるか知れんけど。
大阪弁になっちゅう・・・
その昭和43年に制定された大阪府章は、当時のデザインとしては群を抜いていてイマっぽい。っていうか今世紀に入ってデザインされたのかと思うほどだ。そしてそれは秀吉の千成瓢箪を図案化したというが、案外ボクは大阪市章の「ミヲツクシ」をモチーフにしてると勘ぐっている。
子供のころに聞いた
「みをつくしても、あわんとぞ思う。」
百人一首に収められたその下の句。
「わびぬれば 今はた同じ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ」
まあ解釈によれば開き直ってるような歌だが、(ばれたものは仕方がないから、リスクを犯しても今晩会いに行くぞ)みたいな。
しかしまあ、ここから難波とかみをつくし、とかが始まったのなら魅力的だなあ。。。と子供心に思ったもので、ある部分で相当にマセてたのかもだ。
「みおつくし」とはご存知のとおり航路標識で漢字では「澪標」と書く。
源氏物語にも「澪標」という帖があった。
光源氏と明石(光源氏の明石時代の愛人)が交わした歌
「みをつくし恋ふるしるしにここまでもめぐり逢ひけるえには深しな」
「数ならでなにはのこともかひなきになどみをつくし思ひそめけむ」
恋焦がれてこの身を捨てても、という意味なのだが維新の会の圧勝と深夜にも及んだ橋下会見に敬意を表してこんなことを書いたのだが。
どうか「みをつくし」て素晴らしい大阪を築き上げていただきたいと思う。
きょうの一枚
100年間続いたフシアワセ。上は大阪府、下は大阪市のマーク。いずれもボクは良いと思う。都構想では、どう変わる?

 

「ラリーモンゴリア2011は、これをもって終了」

いつも時間のかかる帰国便。なんとか10月いっぱいで!というのが、わたしたちの強い要望!!なのです。そして今回は無事に10月末までにお引渡しが出来ました。皆様のご協力に感謝します。また輸送を担当していただいた近鉄エクスプレスさんにも一言御礼を申し上げておきます。 というのも、こうした国際物流は年々厳しくなる一方です。これは中国なども難しくなっているのですが、なんたって日本が難しいのです。それに税関職員や麻薬犬が、それに対応できるほどの員数が確保できているのか?心配でなりません。ラリーモンゴリアの開催初期の課題はこうした国際間の物流。そしてそれは回を重ねるごとにスムースになるはずだったのですが、さにあらず。 こうしたことも、ひょっとしたら911以降なのかもしれません。空港の警備もそういえば異常なほどになって、各国とも大きなコストを負担させられていますから、そんなことで言えばテロリストの思う壺ではないですか・・・。 さあ、九州4デイズ。明後日から出発。どうも天気は良さそうで温かいらしい?ようです。素敵な大会になるといいですね。 きょうの一枚 2011モンゴル、エタップ7のビバークから見たデューン。この草付きのデューンが、今回大きく明暗を分けることになりました。陽が傾いて虹が出て、幻想的な空気に包まれて不思議な空気が生まれました。


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「RallyMongolia2012の日本語サイトが本日OPEN」

既にお問い合わせを頂いています2012RallyMongoliaですが、インフォメーションの準備が整い始めています。写真集にも簡単なエントリーのガイダンスをつけて印刷が上がり次第、世界に向けて発送!!の予定です。専用のWeb-siteはこちらからご覧いただけます。
2012年も、あの大地でお目にかかりましょう。
閑話休題
最近マイブームとなってるバイク。「えっ、ナニをいまさら?!」と言われるのですが、実はもう長く乗ってなかったのでした。目が悪いとかいろいろ問題はあるのでしたが、これからは乗ることに。て言うか毎日バイク雑誌とバイクいじりと30代の頃に戻ったような・・・どうしたのかしら。
「九州4デイズだけど、バイクで行っても良いい?」
「・・・・・」
「いや、往復だけで本番中は乗らないけど、終わったら一人で阿蘇を走って帰るから。」
「そういうのはダメ!って、いつも言ってたじゃないすか。」
「そんなこと、絶対に言ってない。」
というふうに、ここでも言った言わないのお話しになるのでした。
「芦別まで打ち合わせにGSで行って来る。」
「どーぞ」
だって。
きょうの一枚
さあ2012のモンゴルのページ!!グングン充実させていきますよ!!意気込みや良し!!

「世界人口は、70億人に!」

国連が発表したことには今月31日、つまり月曜日には世界人口は70億人に達するとして10月31日に生まれた世界中の赤ちゃんを70億人目として何か認定証みたいなのを贈るんだそうだ。
さて人口爆発が囁かれて久しいが、ここのところ人口の増加に関してはアナウンスが無くなった気がする。60億人になったのは1999年だから約10年で10億人増えている、つまり1年で日本くらいの人口が増えているのだ。
2050年には93億人、2065年くらいまでには100億人に達する。
過去50年で人口は2倍になった。ヨクモワルクモ。
資源と食糧の争奪戦が、間違いなく起きる。食糧を巡る争いはまるで有史以前の社会だ。
資源の争奪戦は、もう何十年もやっているが激烈化先鋭化は避けられないかもしれません。
石油を争って、平気で戦争を起こしてきた。
エネルギー問題は、間もなく臨界点に。
なぜだかどこも都市化が顕著になり、田舎暮らしはやっていけない。中国では豊だった都市周辺の農村部に工場や住宅が軒を並べていくと農作物のプロダクティビティは下がるし、水資源の不足もなにやら心配だ。北京も空港から市内まで見渡す限りの農地だったのに、今はない。
TPPの議論も喧しいけど、食糧を要領良くつまり効率的に生産して国内の自給率を高めていくことを、もっと考えなければならないかもしれない。人が一生懸命進める話は、案外と誰かの都合でしかなかったりする。つまり落とし穴があるということだ。
インドの人口増も爆発的で2021年には、中国を抜くのだそう。どうする日本!?てかどうする世界!?地球はどうなるのか?日本はそういう大きな視座を失ってしまっているかもしれない。その前に真の独立をしなければならないかもだ。
きょうの一枚
世界を言うからには、ということで2009年のチョモランマへの旅。ボクのBMW (乗っていたのはカオルサンだけど)帰国後部品取りにしていたのを?やっと本日組み上げてユーザー車検に持ち込もうと思うのだけど、スクリーンをとめるプラスチックの小さな部品がない。ちょっとしたボルトもすぐには無いので困ったものです。スクリーンががたがただとやっぱ通らないかねえ??

「美しきピストで」

九州4デイズの準備と、来年のイベントの基本計画が進んでいます。
九州は、とっても楽しみになってきました。
それにPRESENTATIONも近いので写真集は当然なのですが、映像も社内制作のPV!など、みんななんでも出来る!んだねえ。と、感心。
「自家制作だから、出来るので・・・」
ということでFUTURE!も7号目を数えたんのですねえ。
モンゴルの貨物も無事通関が終わり、気持ち少し早くお引渡しが出来そうです。
ホント、毎年お待たせして。。。
さてモンゴル2012。。
テーマは「ドリーミングゴビ、蜃気楼の彼方へ」みたいな感じ。ホントは少し違うけど。レギュレーション、ルート計画とくればロジスティクスの計画。。ああ「オフィシャルカーを新しく戦闘力を上げて、さらに奥深く分け入っちゃる!」
なんてどこかであいさつしたなあ。。。と反省することしきり。
しかしそれでもあのネガの谷のような砂丘は、上にCPを作ろうか?なんて考え出したらもう没我の境地。あの砂丘は縦断出来るんじゃないかとかね。
それに来年はタクラマカン!!
あのルートを走るぞ!と今から気持ちは高揚中!!
尾上さん、お待たせしましたよ。
それに中国北部黒竜江省からも「ラリー出来ないか?」
なんてお話しもありました。
中国も本格的なブームが押し寄せそうですね。
でもボクにはもう時間がない。
というか、ごめん、その言い方は間違っている。
年間スケジュールを整理しなければいかんというだけの話しで、「ボクにはもう・・・」なんて言い方はいかんですよね。
「ワインを知るには、人生は短すぎる。」
なんとあの心境にも似てきました。
きょうの一枚
このピスト。これが少し砂っぽくなっていくとボクの言う「頬ずりピスト」になるんです。思わずピストに突っ伏して、頬ずりしたくなるんですよ。ほんとに。写真は2011ラリーモンゴリアから。

「もうすぐ、九州4デイズ」

もうルートブックは印刷屋さんに出した。
それなのに、カオルサンからは、昨晩のことTEL。
なんか電話の向こうでハアハア言ってる。
「初日のSS(当初は午後のスタートなので1本にしてた。)もう1本取れるかもしれん。ナントカ林産さんが、ゲートを開けてくれるごとなっちぁや(??このあたり九州弁にて不詳)」
ボク
「もうルートブック印刷に・・・」
「・・・」
「やろ。何キロあるの?」
「10キロ、覚えちょらんかね、あのTDNのときに使こうた。」
「覚えてる」
ああ、あのブッシュと枝と、だんだんとやばくなっていく道を思い出した。あの時のフィニッシュを抜ければすぐやまなみだったような・・・
あの時の高揚感が戻ってきた。
ああ、ツールドニッポンだ。
奄美や、ハウステンボスや、平尾台や普賢岳や高速増殖炉や六ヶ所村や、そうだ
岩手も福島も行った。
宮城では地震にも遭遇した。
それにしても日本は美しいなあ、と思った。あれほどまでに日本全国の地図を穴が開くほど眺めたこともなかった。
でも今はTBI、北4、九4、と、まるであのツールドニッポンを再び行っているような錯覚にもとらわれる。しかもあのときよりも濃厚に、旅というには、あまりにも厳しいけど、やはりまだまだ日本は、捨てたものじゃない。濃いいものは、薄いものよりも美味しいのだ?
もうすぐこの1年の締めくくり九州4デイズ。
きっとビックリするような九州と、陽気な九州男児たち?に出会える。
きょうの一枚
阿蘇外輪山を降りる。九州の山の形が楽しい。阿蘇周辺もそうだけど、全ての形が面白い。

「誰かさんも言っていたけど、宇宙旅行は巨大市場があるな。」

[アサヒコムより]
ヴァージン・グループの来年からスタートする宇宙旅行事業。
その宇宙旅行船専用の拠点「スペースポート・アメリカ」が米ニューメキシコ州南部に完成し落成式があった。来年まで試験飛行を重ねた後、運航を始める計画だ。ターミナルビルと約3千メートルの滑走路があり、AP通信によると、同州も建設に2億9千万ドルを投じたという。
式典では宇宙船のデモ飛行も披露された。宇宙船は母船とともに離陸し、上空約16キロで分離して宇宙空間を約4分間飛行する。
ボクはまた考えた。
たかが4分間の宇宙旅行に人々は20万ドルを払うか?そしてその安全性の保証は?うーん。でもビジネスとしては間違いなく成功するような気がする。マーケティング的な理屈はなんとでもなるが、やはりお値段は「リーズナブル」としか言いようがない。
人類は根源的に冒険心、つまり未知なるモノへの興味・好奇心とそれを見たい感じたいという欲求が遺伝子にあまねく組み込まれているのだろうと思う。
昔のパリダカでも、1回行くのに20万ドルはかかった。初日にリタイアしてもなお闘志を燃やしていた時代があった。
宇宙から見る地球はどんなだろう。ハイビジョンで中継されようと、やはり自分の目で見る興奮は凄いと思う。愛媛のどこかの御曹司も、こんな事業にでもお金を突っ込んでいた!とでも言うなら全くOK!だし、ホリエモンの「宇宙旅行」も当時はみな荒唐無稽なホラ話にしか聞かなかったろうが、大きな市場が間違いなく存在する。
ボクもいつかは行って見たい。
きょうの一枚
なぜ、真ん中の麦藁帽子のオヤジを避けるか、退いてもらうかしないのかなあ。で、どの部分が宇宙線で、どの部分が母船なのか、機能の写真と見比べながら「ウーン」とうなってるボク。

「やっぱり、夢だよ。」

UFOのお話しで盛り上がったんだけど、UFOを信じようが信じまいが、間違いなく宇宙というどんなに考えても理屈に合わないモノが存在する。ニュートリノは光よりも速いかもしれない、というアインシュタインも腰を抜かすような話も、まだまだ沢山あるだろうと思う。
最近では自然エネルギーの代表格、太陽もそのエネルギーは核融合反応によって得られたもので放出されるのがガンマ線とニュートリノだったっけ。いずれにしても「自然」というものでしか、全てのものはできないのではなかろうか。
さて、今日は「旅行」の話。
リチャード・ブランソン率いるヴァージン・グループの「スペースシップ2」
(今日の一枚)来年初飛行らしい。
数分間の無重力体験。旅行費用は1500万円。ただいま予約数455人。
やっぱり夢だな。と思うのは、人生の成功への道筋でなにが必要かというと、こうした実現が困難だろうと(誰もが思うような)夢を描くことだろう。
「やっぱり、夢だよ。」と言ってしまえば、それは所詮無理な夢のような話だよ。とも取れなくはない。
ジョブスもブランソンも、夢の見方と実現へのプロセスについて興味深くそれを示してくれた。いや失礼ブランソンは、これからも示し続けてくれると思う。
ボクは思う。
メディアだと455人の人が、数分間の無重力の体験のために1500万も出したというけど、それって違う。100%じゃあないけど。人々は、たった一瞬でも、あの青く輝く地球を宇宙から眺めてみたいのだと、そういうことだと思う。UFOの話しは、それの真偽よりも宇宙から眺める美しいといわれる地球の姿への憧憬にも似ている。そしてエイリアンの侵略の物語は、その青く美しい地球が異星人にも、同じように美しく見えるからに違いないということだろうと思う。
この美しい地球は誰のものか、いまイスラム社会に飛び火した民主化運動「アラブの春」ににて「格差をなくそう」という99%というスローガンを掲げた運動が燎原の火のごとくだ。
美しい地球を宇宙から眺めてみれば、また良い考えが浮かぶかもしれない。

「ほんと、パワースポットだらけの九州」

九州4デイズのコースディレクターの一人、小鶴さんは九州メモ(コチラ)で意味深なことを書いています。で、勝手に彼の写真をアップ!ていうかすでにヤマチャンのブログに掲出済みなのですが、昨年のプレ九州4デイズで出かけた押戸岩で撮影したUFOの写真!!
信じる信じないは、知ったことではありませんが、ボクがパリダカのビバークで見たやつはお尻から炎は出していませんでした。推進がこうした燃料の噴射によるものでは、さすがに「???」な感じは否めませんが、これを読んだ頃にはすかさずTELがあることでしょう。
いや、でも良く見ると時間は夕方で、噴射されているのは無くて湿度の高い空中を高速で移動したときに出来るひこうき雲のようなもので、それが夕陽に染まっているというのも考えられる。
うん、良く見ると火柱ではなさそうだ。
それに2枚目の写真には少し上に僚機が見える。
4枚目の写真はボクが撮った・・・ものではなく。推進方式を考えているときにとあるサイトから貰ってきたもの。そんで、推進方式を考えなければ火柱か水蒸気か?悩ましいではないですか・
とある解説では、磁力線同士が交わると熱と分解、閃光が生じる。円盤は磁力線を交差させることによって推進すると言う。米の情報機関によると(うそくさいけど)エイリアンUFOの飛行では、底部に据えられた三つの磁力線照射装置を使用する。磁力線の3点交差によって炉心部にプラズマを発生させ、交差ポイントを移動させることで、機体ごと交差先に移動させていくのである。と書いています。
「うーん、さらにうそ臭いけど・・・」
ともかく燃料を積んでいるとは考えにくく、いや母艦が近くにいるのだとすれば考えられないわけでもなく。
というふうにネット検索で諸説を読んでいくうちにつれ「いかん」引き込まれそうになるのを自制することしばしです。
まあ数年前に九州にツーリングに出かけたタケちゃんは「UFOに激突して入院した。」という電話を貰ったとき、ボクはなぜか赤松カメラマンとBARにいました。
酒の理由ではなかったと思うのですが
「タケちゃん九州でUFOにぶつかって怪我したらしいよ。」とボク
「で、連れて行かれなかったのかね。」とカメラマン。
「やっぱり、タケちゃんくらいになると、ぶつかるものが違うねえ。」
ボクの頭の中では、緩やかに波打つ阿蘇の外輪山あたりでコーナーを曲がったところに止まってるUFOの姿を思い描いていました。
これは補償交渉が難しくなるなあ。。。
なんて考えていました。
そんな思い出がこのUFOの写真と九州4デイズのお話しで甦りました。
九州4デイズに参加される皆さんはUFOにぶつからないように気をつけてください。
あっ、タケちゃんがぶつかったのはユンボでした。

「五足の靴」

1907年。まだ清朝の末期。この年にフランスの新聞社の呼びかけで、北京からパリまでの自動車レースがあったというのは、やたら書きました。
輸送手段が馬車から鉄道に変わり、馬車道が廃れていきはじめたころに自動車が誕生します。100年後の今では、北京とパリはほんの一部を除けば、ほぼ舗装路で繋がっています。中国ルートでカザフ経由で入れば道を迷わない限り全て舗装路で行けます。モンゴルルートで行くと、中国モンゴル国境からウランバートルの手前までが未舗装ですが、まああとは舗装路で行けます。100年の時とは、そういったボリュウムです。
そんな1907年。与謝野鉄幹は、北原白秋らと5人で九州を旅し表題の紀行文を表しました。特に今回の九州4デイズではこの思いを鮮明に辿ってみます。つまり1907年、日本はそういう若々しい?時代だったと胸を張ることができます。
鉄幹らは隠れキリシタンらの足跡に興味を持ち白秋の実家などを基点に天草を尋ねます。思いがけない場所に立つ天主堂を訪ね、当時日本のキリスト教の布教に命をかけたフランス人のガルニエ神父に会います。
彼らがそうであったように、わたしたちも、この地を丹念に走らなければ感じることの出来ない、不穏な迫害の足跡を見つけることになります。その気分がなんとも不思議な浮遊感を与えてくれます。
旅の終盤には天草から阿蘇に向かい、そういえば昨年のプレラリーではクイズにも出題された垂玉温泉の山口旅館にも泊まります。
あの時代のこの地はどうだったのかなどを考えても仕方ありませんが、丹念にルーティングされた天草の細い道を走っていると度々「ハッ」とさせられ、日本を考えてしまいます。
さあ、ともかく九州4デイズ。
ぜひお越しください。
つぶやきBLOGにも詳しいお話を掲載しています。
きょうの一枚
外輪山から降りる「天空の道」驚きです。

「オートバイと温泉という黄金律」

(本文と九州4デイズのルートとは関係ありません)
「温泉好き」と良く聞くが、ボクは温泉好きじゃない。て言うか普通に風呂は入るし、寒ければ温まる。温泉はよく行った!のではなく九州を走りに行けば冷えた身体をぬるめの壁湯温泉などで良く温めた。(写真01)
写真01
写真01
そもそもバイクの旅というのは重装備で、温泉だからといって飛び込めない。入ってみると「熱っちー」となるのだが、しばらくすると適温になり、やがては「こりゃ寒くて、出たら風邪を引くんじゃないか・・・(壁湯温泉)」ところがでればポカポカして、再びバイクで走り始めても数時間も温かい。
ボクが20代の頃は、こうした混浴で無料の温泉はたくさんあって、深夜に辿りついて温泉に入って夜明けを迎えてまた走るというような旅を良くしていた。
うまり「温泉が好き」だと言われればそうかもしれないけど「好き」と言う表現はもう一つだ。日常の皮膚感覚のようなもので「あなたはご飯が好きですか?」と聞かれているようなものなのだから。
でも幾つかはお気に入りの温泉がある。
写真02
写真02
写真03
写真03
たとえば(写真02)の垂玉温泉の露天風呂では、目が飛び出すほどの経験もしたし・・・すぐ上には地獄温泉というのがあって、ここも迫力のある温泉ではある。別府にある明礬温泉(写真03)は、ちょいと凄い効能を感じるし長官に連れられて初めて行った?!時にはここは感動した。
バイクと温泉というと、どう考えてもこの上も無いマリアージュ。牡蠣とシャブリとか、どら焼きと煎茶とか??ああ、明日からボクは6日間もイケナイ秘湯巡り・・・じゃなくて九州4デイズのコース最終チェック!!
今日写真を掲載した温泉は、全て混浴です。。

「お休みが長くなってしまいました。」

考えてみれば1週間もOVが更新されていない!!じゃありませんか?ごめんなさい。九州の準備も佳境なのですが、九州はさらに6日から5日間ほど仕上げの試走に出かけます。
いや、来年のモンゴルの計画を立てながら新しいルートプランに苦心しているのも事実で11月19日には恵比寿で発表会&懇親会、12月にはSEOULで招かれて発表会の予定です。ここでサプライズ!!をしたいわけです。
でもまあ当面は九州に集中。
本当に温泉と食事を来週はきめ細かくレポートします。でもあまり丁寧にするとルートが全わかり!?
ところで、話しばかりで全く進展の無いボクタチよりも世間では、次世代マップホルダーやICOの開発が進んでいるようですが・・・
スマートコマ地図ホルダーその2

試作メータースイッチ

しかし本格運用にはまだ道のりもありそう。でもたまにはmade in Japanでスタンダードを変えたいものですねえ。
モンゴルからの貨物の帰国便、今しばらくお待ちください。強力に「ワーワー」言ってます。天津を国慶節(中国のGW)までに出したかったのですが・・・新しい予定は10/8天津船積なのですが、うまくいくように願うばかりです。

「九州試走に行って来まーす。」

2011/09/29
「九州試走に行って来まーす。」
てか、昨日来。。。
ジムニーによる世界最高到達点記録が更新できないか!?と考えています。
ボクが狙っているのは、今日の一枚にある峠。
西チベットにあるガルという町をベースキャンプにします。
この町が標高約4200m4日くらいいれば、もうかなり。でもまあここまでの道のりも厳しいのではありますが。
用意するのはジムニー2台。大型のラダーとウインチなど。バイクもつけましょうかね1台。
そしてこの峠に、アタックキャンプ。5330mです。
写真を見ると広々とした尾根が延びていますが、右奥に小さな冠雪した山が見えています。あまりに広いので、ここから具体的には高さは特定できないのでグーグルアースを開いては、2009年のレイドトレック・チョモランマのときのルートをなぞりながら。。。
どうすか、石原さん。
いま思っても、あの旅。。大変だったけどホントに面白かったねえ。
週末は九州4デイズの試走に行ってきます。どんなルートが設定されているのかこちらもタノシミタノシミ。
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「きっと、鬼が笑ってることでしょう」

2011/09/27
「きっと、鬼が笑ってることでしょう」
ホントなら、今頃はタクラマカンに行く荷物をまとめて「重いんじゃないない?」とかやっていたはず。毎日ワールドニュース何ぞで中国の奥地の出来事や気温を調べたり、でも重大事がいくつも目の前にあるのですが・・・既に心の半分以上は来年のモンゴルや、タクラマカン。。。既にタクラマカンは「来年なら行くよ!」というメールもチラホラ・・・なんとなく嬉しくなって、、
SSERの年間行事はというと
TDR-TBI-モンゴル試走-北4-久万高原ヒルクライムレース(拡大開催が予定されています。)-モンゴル本番-SSER3DAYS-タクラマカン-九4-PRESENTATION2012・・・これでボク、忙しくないわけはないでしょ。。。でも最近は少しずつ、早寝早起きの健全な生活でギリギリの体力を維持しています。
でも来年の12月までの計画を練れば練るほどにニヤニヤしてて、きっと「鬼が笑ってる」ことでしょうね。まだ終わってない九州の来年のことを考えるのも変だけど・・・
ところで2009年のチョモランマに行ったときに、西チベットのとある5300mの峠でのこと。広い尾根がずっと天空に向かって伸びていて、石原さんと
「この尾根をジムニーやトライアルバイクで登れば世界記録が作れるんじゃない?」
「やろーよ、やろーよ」
となったわけですが、あのあとのボクタチの高山病ぶりが、もうひとつ拍車をかけないままになってしまってる。
でもボクは
「もう高いところへはいかん!」
と発表してしまってるし。
きょうの一枚
2009年まではトァレグ(写真)が世界最高点到達記録だったんですが、2009年にスズキサムライが軽々と更新。ああ、もう7000mまで行かなきゃ記録更新は・・・うう頭痛い。
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「タクラマカンのことを報告するのを忘れていました。」

2011/09/26
「タクラマカンのことを報告するのを忘れていました。」
本年計画していたレイド・トレック・タクラマカン2011は、諸般の事情で2012年に1年の延期をしました。ごめんなさい。中国スタッフも来日して、しっかり打ち合わせはしたのですが・・・ボクのスケジュールが(って、お前の都合か!?)どーしても合わないのです。。。必死の調整をしたのですが・・・。
来年はこの行程でもう一度、許可関係を再スタートさせます。せっかく余裕がもう一年出来たことで、もっと面白く出来ないかと考えることにします。ぜひ来年は、みなさんで走りに行きましょうね。コンテナ1本に収まる数量が参加可能台数ということですからね。
さあ、九州4デイズの準備が佳境!!宿泊は全て屋内?温泉つき?!コンパニオンつきというのは多分。。。来週は試走に行ってくることにします。
きょうの一枚
以前も掲載したタクラマカン横断の沙漠公路、、800km。。。男の子ならマイバイクで。。尾上さんはウラルでスタンバイなんだけど。。

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「九州のこと。」

2011/09/22
「九州のこと。」
松山の小学生は別府に修学旅行に行く。中学生になると日程も伸びて雲仙や島原まで足を伸ばした。つまり九州への旅がボクの旅の始まりだったかもしれない。
小学校の修学旅行で乗った関西汽船の「るり丸」という船。たぶん6年生のときだったから1968年くらいかな。実はそのあとその船はアルジェリアに売り払われて、船名を確かティパサといいパリ・ダカールでアルジェに向かった時に乗った。修学旅行から20年の歳月が過ぎていた。2等船室の木製の2段ベッドにボクの小学校の仲間たちのいたずらの彫刻文字があるのを見て驚いた。
ティパサはアルジェリアの都市の名前だし、古代ローマ遺跡のある世界遺産の町の名前だということは以前にも書いた。つまりあのときの少年の旅に始まりは、このような邂逅すら演出していたんだ。
九州へは、そのあとも良く通った。
最近ではもちろん昨年の九州4デイズツーリングに、コマ地図を書きに一度、本番に一度。その前にはモンゴルで負傷した西村さんたちと、お見舞いツーリングで阿蘇山に向かった。
もちろんツールドニッポンの3年間も、それまでの青春時代もまあ九州だった。ひとりでバイクで旅をしたことも何度かあったし、オンオフを問わずとにかく良く走った。
雪の高速をランタンフェスティバルを見に行ったのも、ツールドニッポンの準備だったかもしれない。そしていよいよ今年11月、九州4デイズが開催される。変化に富んで美しい九州の山々。深い神話や伝説に彩られた道筋はまた愉しさも格別だ。そして九州の友人たちの愉快さもそれを際立たせる。
西郷隆盛の話や、神話の話をしていれば日本人について考えなくても、自然に日本人のアイデンティティを感じさせてくれ、つまり覚醒させてくれるのが九州という土地なのだ。
さあ、九州へ行こう。
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「SSER3DAYS、記憶に残る素晴らしい大会になりました。」

2011/09/20
「SSER3DAYS、記憶に残る素晴らしい大会になりました。」
台風15号が南の海上にいるだけで、四国は大会日程前から大雨となりました。
特に久万高原町一帯は早くから降り始めからの雨量が250mmを超え、国道33号線は通行止めとなり、少し遅いタイミングで会場に向かう参加者や競技役員は、相当の大回りを強いられることになってしまいました。
それにしても通行止めは国道だけ、というのもなにか「???」な感じがします。もっと険しい山間の隘路を抜けて、役員も会場入りルートもそのような道路を使用します。
しかし我々は全役員で今大会の開催、そのものの検討にはいりました。開催に伴うリスクをどのように見積もるか。安全確保は可能なのか、、、そういう議論です。そして一部をキャンセルするものの全体を予定通り開催するという結論に達しました。
雨はわれわれの自主規制の基準の250mmを超えましたが、それぞれのSSの予定される林道などは、相当にしっかりしていて崩落などの兆候などもなく、路面状況も極めて良好であるという報告。標高1000m以下のそれぞれは比較的雨量も少なく沢の水量も落ち着いている様子という報告です。
それでも初日ステージ1はルートの一部を大幅に短縮して予定の7SSのうち4SSのみでスタートしました。スタート会場の美川スキー場は大雨なのですが、ルート上は概ね小雨でむしるコンディションは上々。標高1000m以下のエリアのみで実施しました。
ところで、今回の見どころはこの何年も向かうところ敵無し!の愛媛のチームトップガン、森田昌和、山下真嗣、森田智文の1-2-3フィニッシュの予感は・・・森田昌和にいたっては優勝回数もわからないほどです。
そしてかつて常勝を欲しい侭にしていた高知の池田秀仁が久しぶりに帰ってきました。モンゴルの日本人ライダーの最高位、モンゴルから帰ったばかりです。
はたまたJECから池田智泰の・・・しかしこれは参加マシンがTENEREと聞いて・・・それでも過去最少の参加人数ながら見どころも、走り応えも充分な大会となりました。
まず今大会の特徴は、初の4ステージ構成。2泊を要する3デイズの開催という点です。そして悪天候のためいくつかのSSがキャンセルとなったものの総合優勝タイムが3時間にも達するタフでハードな内容となった点です。
1ステでは池田秀仁は痛恨のガス欠、SS-4の途中で立ち尽くしていました。また3ステではハブベアリングのトラブルでリタイアを喫し、完走の望みも絶たれてしまいました。
死角の無いチームトップガン、ステージ1を終わるや完全な1-2-3体制を確立。しかしあろうことかステージ2で山下はエンジントラブルでリタイア。この一角を崩して誰が表彰台に近づくのかと興味は津々です。
こうして終わってみれば表彰台の一角、総合3位には福岡の岡本薫、、、かつてTBIで選ばれて近森さんとともにオーストラリアサファリに招待された選手。17年ぶりの競技復活とか・・・。
あまりにも愉しくハードで、しかも波乱に富んだ今大会。
SSERは少なくとも30回大会・・・つまり2014年までは続けると誓っています。
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「3Days、いよいよです。で後期日程についてなど。」

2011/09/14
「3Days、いよいよです。で後期日程についてなど。」
七沢温泉の闘いからとんぼ返りで、SSER3DAYSの準備に多忙な事務所に帰ってきました。
ちょっと参加台数の少ない3DAYSになりましたが、やはり2DAYSのフォーマットじゃないと休めないよぉ!というご意見・コンプレをたくさん頂きました。
でも九州4DAYSの参加は多そうなので
一概には言えないのかも・・・
と、勝手に思ってしまっています。
このあとは、その九州4デイズに向けて・・・
そして12月初旬の予定のSSER PRESANTATION 2012
恵比寿の「7 Seven」&「チョモランマ酒場」の予定ですのでよろしく。
ツールドニッポンクロスカントリーシリーズ(ナガッ)の表彰式もこちらの会場で同時開催で行う予定です。
さらにFUTURE7、8号、モンゴルの写真集
SEOUL、BEIJINGでも発表会をしようかと・・・SEOULはことしの韓国チームからのリクエストが。
こうして慌しかった2011も後半戦に。早いものです、全く。
きょうの一枚
「森田昌和」
もう何回連続で勝ってるかわからないほどの、常勝チャンピオン森田さん。過去には池田秀仁さんと、僅差を争う行き詰る戦いを展開していたのも懐かしいのですが、池田さんはここのところモンゴルの長距離にフィールドをシフトしました!!が、今年はやってきます。かつてのような闘いになることを期待してます!
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「ちょいと、七沢温泉の闘いへ、行ってきます。」

2011/09/12
「ちょいと、七沢温泉の闘いへ、行ってきます。」
SSER3DAYSカウントダウン中ではありますが、この夏の決着!のために七沢温泉まで行ってきます。
いまさら書くまでもありませんが、これはモンゴルの「オヤジ対決」のお約束。この場に及んでも、たぶん「あーだった。こーだった」「それは違う!」といったなにか、余韻のようなものがまだまだ燻っているはずで、それはそれで面白いのであります。
七沢温泉とは丹沢の神奈川県側、厚木市にある静かな温泉です。われわれの宴会の舞台となるのは?福元荘。その福元荘こそは日本のプロレタリアート文学の旗手、小林多喜二が隠れていたところなのです。小林多喜二の「蟹工船」などは再び近年読まれるようになったり映画化されたりしたそうですが・・・その後の日本はというと???
小林は東北の生まれですが4歳のときに北海道の小樽に引き取られます。小樽高校や現在の小樽商業大学を出て北海道拓殖銀行に入行。同じ小樽出身の菅原さんは、この福元荘での宴会に深い感銘を受けているようです。
そもそもあの時代は、まさに右往左往していたのです。右によるか左によるか・・・で日本は右に向いてしまいました。ボクはどちらも否定したくはないのですが、相容れない思想を受け入れてはじめて均衡の取れた時代になるのではないかと思うことしきりです。
反するものは排除するものではなく、お互いが理論であれ実践であれ切磋琢磨して人々に信を問えばよいことではありませんか。マスコミがそれに関わってはならないし、真実だけを伝えればよいのに必ずいずこかに加担してしまうのは彼らの立場には許され無いはずです。
こんな稀有なことを考えながら、ボクはラリーの前後を通じていかに公正であるかを感じながら二人のオヤジ対決から学んでいたものでした。
きょうの一枚
レゴラリータ。その響きを聞いて「・・・」と思うあなたはおそらく48歳以上か。椎名先生は、そのレゴラリータ、ドカティ125でSSER3DAYSのヒストリックエンデューロを走る。

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「リビアの思い出」

2011/09/07
「リビアの思い出」
パリダカで何度か地中海をリビアに渡った。
1988年頃までの10年間は定番のアルジェリアの首都アルジェに向かった。フェリーはティパサという名前の関西汽船の払い下げ船だった。
ティパサとはご存知の通りアルジェリアになる古代ローマ帝国の都市遺跡。
アルジェリアのイスラム原理主義運動が盛んになる頃には、アフリカステージの玄関口はリビアに移った。
「ええっ、リビア?」
ビザを取るためにはパスポートをアラビア語に法定翻訳をしたり、エイズ検査の国際証明書の提出が求められた。
トリポリだったりシルテだったりの港に上陸した。
ビバークはローマ帝国の遺跡の中だったり、なかなかこの国のポテンシャルは・・・。そして砂漠地帯の素晴らしいこと。アルジェリアには行きたいけどリビアの砂漠もかなり良いねえ。
そして巨大な砂の阿蘇山みたいのがあったり、なかなか素晴らしいじゃないか。ニジェールへのアクセスももちろん良い。
さてこれは今日のニュース
『米国務省のヌーランド報道官は6日、リビア南隣のニジェールに車列で到着したカダフィ政権軍幹部らについて、身柄を拘束するようニジェール政府に要請したことを明らかにした。
報道官は、ニジェール政府からカダフィ氏が車列の中にいないと報告を受けたことを明らかにし、「ニジェールにいるという証拠はない」と述べた。カダフィ氏の親族については、車列に含まれるかどうかは不明とした。
一方、米政府がカダフィ政権軍幹部らの拘束、武器や所持金の押収を要請したところ、ニジェール政府は「適切な手段を講じる」と回答。反カダフィ派の中核組織、国民評議会に協力する考えを示したという。』
ニジェール側がどのように言うのかは知らないが、ウランのたくさん採れるニジェールにアメリカが侵攻したりはしないだろうか心配。
あの時代にパリダカという巨大なエネルギーがこの砂漠の国々を駆け抜けたなんて、いま思っても不思議な御伽噺のような話しだ。でも、なんとかアルジェリアやリビア、ニジェール、ああ欲を言えばマリあたりが平和で落ち着いて、時々ラリーなどがお邪魔するなど出来るような国になって欲しい。
あのひりつくような渇きにも似た、テネレへの思いはボクらSSERの原風景にある。そしてSSERが27年もの歳月を刻んだのは、実はその思いがあったればこそなのだ。
皆さんは、どのような渇望にも似た思いを、いまだ灯し続けていますか。
きょうの一枚
スタートのカウントダウンは緊張の極み。これが良いんですね。今回は全てのSSのスタートでちゃんとします。って、いままでもしてたけどね。2枚目はとあるルート上のトレールに差し込む光。
Photo A,Akamatsu
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「秋は、夕暮れ」

2011/09/05
「秋は、夕暮れ」
みなさん「ボクは冬が好きだ」とか
「私は夏が好きだ」とかよく言うのではありますが、日本人の心情にはやはり「秋」なのではありますまいか。
「ボクは秋が好き」
って、なかなか言いませんね。
日本人もデジタル化して、曖昧なもの微妙なニュアンスが分からなくなったのかもですね。
いやでも秋です、ボクは。
フランス人もそう。
秋の日のヴィオロンのため息の身にしみてひたぶるにうらがなし・・・なんてのは寂しさに宿を立ちいで ながむれば いずくも同じ秋の夕暮れ。
とほぼ同じように読めますし、その寂寥感は実に魅力的なのです。
林道を抜けて秋の西日を受けながら家路を急ぐときの、あの気分。山の家々からは煙が立ち上り、ふと懐かしくおいしそうな匂いだったり風呂を沸かすかまどの匂いだったり。
すべてはこの寂寥感が家の温かさ、人の大切さを思い起こさせます。初期のSSERは夕暮れから日没後の林道を抜け、煙立つ大会本部のゴールへ駆け込むという心の動きがテーマだったかもしれません。
台風一過の今日の松山っていうか田舎にあるわが事務所は、秋空が広がり黄金色の稲原には赤とんぼが群れ飛び、まことに「ここに居る喜びに心が満たされます。」特にこの数日の台風の空は、怪しく不穏な雲を西日が照らすさまなどは神々しくもありまた禍々しくも見えて楽しめたものでした。
SSERをはじめて27年。その多くは9月に開催されていました。むろん8月開催もありはしましたが、9月です。黄金色の田に真っ赤な彼岸花がボクのSSERの原風景です。その準備をはじめるころは、まだ田植え前くらい。毎日毎日バイクで走りに行く頃は、山の棚田に若い稲が爽やかな風になびいているころ。
ほぼルートも決まりかけた頃は林道で一服してると、近くの農作業のおばさんが取れたてのトマトを「食べなさい」と持ってきてくれたので8月だったのでしょうか。数日の山の生活から久しぶりに降りようとした時に立ち寄ったお店のテレビで見た「日航機墜落」のニュース。あれから何年、って言われるたびにSSERの開催年数と重なることに愕然と。
だから
「日航機墜落っていつだった?」
という話になると間に髪をいれず
「1985年8月12日だよ。」
とボクは言えるのです。
歳月はひたすら過ぎていきます。秋はまるでその象徴のように、訪れては過ぎ行く時をひたすらに感じさせてくれるということでしょうか。
きょうの一枚
ボクが落書きのように書いたSSER3DAYSのルートプラン。
スキー場がフィーチャーされていますが、とにかく快適な林道の宝庫のこのエリア。工夫を凝らしてルートを構成中!!オタノシミニ。
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「ラリーモンゴリア2012へ向けて。」

2011/09/02
「ラリーモンゴリア2012へ向けて。」
美しいモンゴルの大地で繰り広げられるラリーモンゴリア。いまこの夏の熱戦の模様がFUTUREに編集中。一方大量の写真もほぼ整理がついて・・・ブログ参照・・・こうして振り返るほどに素晴らしい大会だったという思いが募ります。3つのデューンは、ルートの中央付近にある日、ルートの最初にある日、ルートの最後つまりビバークの直前にある日、という設定を施しました。もちろんそれぞれ表情の違うデューンです。深く入り込めば脱出困難なもの。かつては道だったものに砂が堆積して一般のクルマの通行ができなくなったようなもの。キャメルグラスが多くて遠めにはデューンかな?と思うようなもの。
こうしてみるとまだまだたくさんの未知の道?やエリアがあることがわかります。そりゃそうだよね国土は日本の4倍強。狭い日本だって言っても知らないところや、まだまだ行ってみたい所はたくさんあるわけだし・・・。
さて2012年。ここから悩み始めるのが愉しい日々なのです。でも大まかなコンセプトはこの2ヶ月くらいで構築しなければなりません。
2011年の日本は、未曾有の大惨事を経験しました。もちろん多くはいまも継続し、まさに日本人に大きな転換点を示唆しているように思います。
蛮勇のごときでしたがSSERも行動を起こし被災地にカミオンを出して支援活動に乗り出しました。途中で「今年のモンゴルの開催は難しいかもしれない。」と覚悟する時もありましたが、いまはその報告書に着手するほどにあの時からSSERの考えからも大きく変わったことが伺えます。
ちょっとタイトルから話はそれましたが、震災の現場に立ってボクタチラリー仲間はもっと迅速な行動ができなかったのだろうか?もっと支援すべき方向もあったのではないか・・・そんなふうな思いにとらわれたものです。ですからこれからこうした支援のあり方をたゆまず考え検討をしていくことにします
そして2012年のラリーモンゴリア、世界に向けて日本とラリーモンゴリアの存在を大いにアピールして参りたいと思っております。中国へのアプローチももう数年係で、まもなく成果が出ようとしています。
あとは参加者の通関のスムースさや、いかにコストダウンして参加や運営が出来ないかという、そういう仕事に取り掛かりたいものです。
きょうの一枚
ボディも足回りもしっかりした完成度のBajaマシン。今回ののモンゴル勢はアメリカからBajaマシンの大量買付け?勝負も人もマシンもあらゆる性能が総合的に求められるようになってきています。塙選手といえども、ちょっと油断をすれば彼らに先行を許してしまいます。ステージによってはAUTO部門が上位を独占することも。
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「七沢温泉の闘い、後編」

2011/09/01
「七沢温泉の闘い、後編」
さてETAP2が終わったところまで書きました。
ここまで2日間約1000km(リエゾン225kmふくむ)菅原Vs尾上の闘いはいかに。
ETAP2終了時点で菅原/若林組は12時間59分26秒。総合17位AUTO部門8位。前を行く日本人は塙郁夫選手と池田秀仁(BMW)の2台!なんという快進撃ぶり!?
一方尾上/石原組は14時間21分58秒の総合26位、時間差こそ1時間20分ばかりですが、なかなかのポジションです。
そしてETAP3は今大会の中ではもっとも短いもの。当初の発表より少々SSが伸びたものの280kmのハイスピードで暑い戦い。一部にはナビに苦しむかと思われるところも。尾上/石原組はここで少しでも肉薄しておきたいところ。しかしここでも菅原/若林組に先行を許してしまいます。
菅原/若林組この日3時間52分43秒 70km/hオーバーのアベレージはマシンの性能を考えるとかなりなもの。ちなみにこの日トップタイムは塙/エンフトル組の2時間40分52秒。アベは120km/h!?そして尾上/石原組は4時間02分55秒。10分の遅れです。
菅原/若林組は総合でも16位へひとつアップ。ムフフな感じです。尾上/石原組はというと前日の26位から23位へ軽くジャンプアップ。勢いがつきます。
勝負は山場のETAP-4.距離は短いもののリエゾンでデューンありSSは後半にゴビの最深部恐竜の谷を越える暑くハードなもの。ナビミスは大きなタイムロスの原因となる難しい1日。
ここで菅原/若林組も遅れました。27位でゴール。タイムは8時間19分13秒。尾上さん逆転の千載一遇のチャンスのはずでしたが・・・実は尾上/石原組は痛恨のマシントラブル。RCPがこの南ゴビ唯一の町ゴルバンテスだったことに救われなんとか戦線復帰。RCPの1時間のレストタイムもフルに使ったもののこの日は12時間34分も費やしてしまい、総合でも29位と大きく後退。時間差はツイニ4時間12分も開けられてしまった。
翌日はゾーモットの休息日。
「しゃない、七沢温泉予約しとくよ。」
と発言内容は弱音なのですが、まだまだ闘志溢れる尾上さん。
なんだか休息日以降に波乱の予感。
そうなんです。休息日開けのETAP-6、547kmの長丁場。尾上/石原組、乾坤一擲の走りで20位でフィニッシュ。タイムは8時間59分28秒、・・それにしても8耐を毎日走る感じすかね。菅原/若林組9時間24分15秒。なんと25分も挽回しました。あと2日。チャンスはまだまだとマシンの整備に精を出すふたり。
さらにETAP-7も尾上/石原組に軍配が上がります。430kmも走ったところにあるデューンのなかで2台のマシンは出会います。デューンを知り尽くした菅原。経験ならことちらも負けない尾上のナビ石原。
スタートは7分後の尾上/石原組。勝負はこのデューンをいかに抜けるかというところ。しかし2台がここで出くわしてしまったのも勝負のあやかもしれません。互いにデューンを超え、わずかに5分ほど上回ったタイムで尾上/石原組がゴールします。砂丘の中で2台並んで降る姿には、真剣勝負の火花が見えて取れました。きっとその写真は、雑誌や写真集の表紙を飾ろうかというくらいのもの・・・赤松カメラマンが出し惜しみをしていなければですが・・・
こうして最終日を迎えるわけですが、最終日の時間差はスタートタイム差8分。そして終わってみれば菅原/若林組は総合16位という驚きのリザルト。並み居るKTMらを蹴散らして、です。タイムは45時間12分42秒。尾上/石原組は困難なトラブルを無事にリカバリーして総合22位50時間35分44秒。
まさに舌戦いや熱戦でした。粘戦だったかもしれません。
この模様はFUTURE Vol.7にて掲載予定です。

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「ラリーモンゴリア雑感の続き。そうそう、七沢温泉」

2011/08/31
「ラリーモンゴリア雑感の続き。そうそう、七沢温泉」
ここのところ舌戦もいっそうの、モンゴルジムニー対決。
口汚くののしりあうと言うのはまるで同じバスで移動する仲良しの格闘技のリング上のよう。
先にゴールするとうれしいけど10分も経つ頃から心配で心配でたまらなくなるおふたり。
「大丈夫かなあ。何かあったかなあ。」
これほど闘志むき出しなのに、競い合う相手を労りあう人を見たことが無い。
なのにそこへ帰ってくると、
「何だ、帰ってきたのか。崖から落ちてればいいのに。」
崖なんかないのですが・・・
そんな言葉を掛け合います。
横で見てると「ドキッ」とするほどですが。
しかしそれにしても、こうした友を得られたのは人生の中でも僥倖というよりほかは無いでしょう。ほかのジムニーも割って入れないほどの二人の蜜月ぶり。よしんばそんな人がでてくればきっと二人は1.カン無視2.二人が共同してやっつけてしまう、かのどちらかでしょう。
ふたりとものジムニーのクロスカントリーラリーマシンはほぼ完成域にあって、そして更なる進化をやめようとはしません。恐るべきスピリットです。
ところがこの勝負は、最後は七沢温泉の貸切という罰ゲームが待っています。温泉旅館でドンちゃん騒ぎを、負けた側の全額負担でやらなければならないのです。いやいや、負けるわけにはいきませんねえ。
そこで少しレースの中身を分析することに。
手許にプリントアウトしたモンゴルのリザルトを。
ETAP-1、初日のSS248.99km・・・まず尾上さんが3時間47分27秒で、菅原さん3時間48分34秒。その差はたったの1分。スタート順位は菅原さんが1分前だから尾上さんはほぼ同時にゴールしたことになるんですね。「一緒に走ろう」と約束してもこうは行かないものです。
つまり250kmかかって1分前にスタートした前車に追いついたという構図。これでマシンの性能差は互角だということが解ります。
後で菅原さんに聞くと
「尾上さんは常に全開で走っているから壊れるよ。」
と言いますが、上空から見ていると
「そうすか?」
な感じ。
では勝負はどこで分かれるか?
ナビの勝負か、またはマシントラブルの有無による勝負と見るべきでしょうかねえ。
1日目はナビにもマシンにも案外易しかったでしょう。
ナビの力がでるのは翌日エタップ2、砂漠の中のルートファインディング。
ETAP-2は476.57kmのややロングステージと砂丘。
そしてここでスガワラさん、得意の砂丘の出現に
「前半の勝負どころ」
と読んだわけです。夜のビバークでも姿が見えないようで、きっとルートブック
と睨めっこか!?と思いきや本部ゲルでビール飲み飲み世間話中!
「???」
そして翌日のこのSSは9時間10分52秒の21位でフィニッシュ。さすがです。尾上さんは10時間34分31秒の29位。
スガワラさんの目論見どおり?1時間20分の大差がついてしまいました。
クロスカントリーラリーでの1時間や2時間の差は、前半で言えばさほどの問題ではありません。ところがこの人(スガワラサン)と戦わなければならない尾上さんにしてみたら、余人には計り知れないほどの不気味なプレッシャー。のどが渇き余分にビールを飲むのさえ、妖術にかかっているかのようです。
ナビの石原さんは、この砂丘の中を深読みしすぎたようです。
そしてこの時間差は、このあと目に見えない負荷を尾上さんにかけるからスガワラさんは、天をもあやつる妖術使いと言われるゆえんになります。
とまあところでこの調子で書き続けると、どんどん長くなるので今日はこのあたりで・・・。みなさん、お近くの妖術使いにはくれぐれもご注意を。
続く


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「気がつけば・・・」

2011/08/30
「気がつけば・・・」
もう8月も終わり。
どうもモンゴル前から8月いっぱいの体調不良。夏風邪が1ヶ月以上続いている感じで元気の無い毎日でしたが、まあ9月の声を聞くとまたもや元気が復活中!!先週の土曜日は、新しい試みもかねて久万高原へルートチェック。
「ムフフ」
な感触を得て気持ちよく帰ってきました。
その頃シャモニでは、ウルトラトレイル・デュ・モンブランが開催されていました。本日付「菅原さんの手紙」を参照ください。菅原さんは三好礼子さんにサポートを頼まれて、モンゴルから帰るや中1日で出発したのはご存知の通りです。どうもサポートチームも大変なようで、プレランで500km走り本番でも500km走行!なるほど礼子さんが菅原さんにサポートを依頼した理由が良くわかります。
166kmという山岳の距離は半端なものではありません。そして48時間の制限時間。スタート前に菅原さんは「無理だ」と判断していたようです。それを完走する礼子さんに、ただただ驚きと最大の敬意を。
こうして世界は相変らず「限界への挑戦」のバーを高く掲げ続けています。超えるのは無理なはずの高さのバーを、人間は常に超え続けてきたことは間違いないでしょう。
「超越する。」
困難な難しい問題を与えられれば強くなり、勇敢になり見えない力さえも沸いてきます。どうか国政も今回ばかりはそうであって欲しいし、ボクタチモささやかでも日ごろの活動を一層活性化させて、地域と人々の交流から生まれる熱のような、新しい力を醸成させて行きたいものだと思います。
気がつけば、もうすぐSSER3DAYS・・・そして晩秋には九州4デイズ。楽しい日々もこの秋ももりたくさん、ということです。
きょうの一枚
「一斉スタート」
これは2000年のモンゴルのラリー最終日の一斉スタートの様子。どこから探してきたかというと、なんと自分のOVの記事からなのです。このときはカミオンバレイは日野のFU6x6・・・ドライバーはテル君「あの、ボクも並んでスタートして良い?」「良いよん」といったらヘリまで並ぼうとして、1機はご覧のように上空へ舞い上がりましたが2号機はまじで、一斉スタート・・・。
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