「SSER joint JEC」

2011/08/24
「SSER joint JEC」
北4のファイナルクロスには、ボクもチョビ垂涎のエアアーチが立っていたよね。JECの。つまりSSER主催の北海道はJECとのJVだった?のです。
で、春木さんとボクが4日間にわたってタンドラの中でひそひそと話し合うのは、やっぱり日本のオフロードライディングの将来!!
SSERは1985年からたゆまず開催だから今年で27回目、27年の歳月を刻んだ。しかし忘れないで欲しいことがある。SSERは実はどこよりも早くISDEもしくはIECのシステムを導入したんだけど、1985年当時はなかなか理解されなくて、折衷案的に今のシステムになった。
ところで今年は昨日のOVに書いたとおり美川スキー場が全エリアの使用が認められた。ということは将来に向けて一定の新しいフォーマットに向かう方向の模索が始まるのだといっていい。
北4のカウンターとしてのSSER joint JEC、これからどのように発展をしていくのかをちょいとご期待ください。
きょうの一枚
池田智泰選手、北海道4デイズ。SSER参戦。JECからのメッセージ。ちょいと、四国勢の安眠を破るのか。
2011/08/23 (火曜日)

「SSER 3DAYS計画」
いつまでも続くこの梅雨のような天気。ボクタチは暑い夏を知らずにモンゴルなんぞで過ごしていたものだから、なんとなく今が梅雨って感じで、「梅雨が明けると暑い夏がやってくるんだ!」と錯覚してしまっています。
暑い夏!と言えばSSER!
そんな時代もあったね、と。
カキ氷だけで3000杯も売れた暑いSSER!ラジオ体操もやりましたねえ。ちゃんとNHKの収録付きのね。
そんなSSER 2DAYSのノスタルジーに浸りながら、ついに明かされる新しいSSER3DAYS。 もちろん林道SSはこれまでボリウム!そして写真にある美川。
メイン会場は写真の一番右にPとあるところ、ゲレンデSSは、たったのBとSだけ・・・一番左のギザギザと登るところ、FやEは登れるか?てか降りれるか?いまモンゴルで疲れた体に鞭打って・・・この巨大なゲレンデの全貌を解き明かすべく・・・なのですが雨が・・。
こうして今年SSERは大きく様変わりする予定です。もちろん楽しさはこれまで通り!!さあて、これからは徐々に情報を発信していきます。
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「ラリーモンゴリアから、雑感」

2011/08/17
「ラリーモンゴリアから、雑感」
ラリーが終わり、いつもより疲れた体で日本に帰った。てか行く前から酷い過労感。とにかくここ数年というもの、試走から本番までが過酷過ぎて・・・本番時に完璧な体調だったためしがない。どうも年をとる、ということは体調の管理が難しくなるということかもしれない。
ということでラリー雑感その1、は「モンゴル人ドライバーたちの台頭」について。
彼らがこんなに早くクロスカントリーラリーの世界で頭角を現すとは正直なところ意外だった。特にMOTO部門では民族的本能?も手伝って早くから驚異的なパフォーマンスを見せていた。実際に昨年のジョナ・ストリートの優勝までは長くモンゴル人ライダーが総合優勝を手にしていたのだ。
ところがAUTO部門となるとなかなかそうは行かない。マシンのポテンシャルが必要だから。そして一気にそれを進化させる出来事は2008年の塙選手の総合優勝と、そのマシンをモンゴル人ドライバーたちが手にしたことにある。彼らはそのマシンを徹底的に研究した。
今年、逃げ切るように優勝した塙選手も
「正直言って驚きました。ボクが30年かけて手に入れたマシンの技術的なところも、あっと言う間に取り入れられて、こんなに早く進化するとは考えられないですね。」と驚きを隠さない。
ところがラリー後半のエタップ7に困難なデューンがあって、それまで総合で2位争いをしていたモンゴル人のAUTO部門の選手たちはこぞって1時間近いロスをしてしまった。
不思議なことに彼らはタイヤのエアを抜かない。抜けば難なく超えられることを知っているのに誰もなかなか抜こうとしない。誠に不思議な光景を演じる。このエタップのデューンは、手ごわかったろうと思う。エアを抜いて15分で超えるか、抜かずに1時間以上かけるか?そんな闘いの機微などどちらでも良いかのような姿だ。古いパリダカファンならご存知かもしれないが、ボクはそこをひそかに「ネガの谷だ」と考えていた。ボクも何度かモーリタニアのネガの谷を越えたことはあるのだが、なんとなくイメージもそれを一回り小さくしたような感じだ。
ネガの谷、というのは地名なのかどうかは知らない。でもなんとなく「ネガ」と聞くとネガティヴな気持ちでは超えられないぞという意味のように感じた。「何とかする、何とかなる。何とかなら無くても、何とかしてみせる。」そんな気分でネガの谷へ向かうと下(裾野)から上まで大スタックのクルマがもがいている。そんな古い記憶を辿って、ゲルの中でボルドバートルの違反行為の裁定だとか、失格者やリタイア者の最終的な裁定の問題などを、篠塚さんと話し合った。
ボク一人不思議な気分というか邂逅というか、時の移り変わりを楽しんだ。そしてそのデューンを真っ先に超えてきたのは先述の塙選手だった。
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「ラリーモンゴリア2011、感動をありがとうございました。」

2011/08/17
「ラリーモンゴリア2011、感動をありがとうございました。」
今回はモンゴル、日本、韓国、ロシアの4カ国の参加者で開催されたラリーとなりました。プレエントリーの時点では多くの欧米からの参加打診があったのですが・・・そのためケイタリングチームでは大量!のパン焼き器を導入!朝食に焼きたてのパンをサービスしようと意気盛んだったわけです。
いやでもそれにしてもパンが美味しいのにびっくり。塩味の効いたパンの耳の美味しいこと。
こうしてささやかですが国際ラリーとしてのプリミティブではありますが、少しずつエントラントフレンドリーなスタイルを構築していこうと考えて行動しています。本当なら今大会は10カ国くらいの参加国籍を想定していたのですが。。。
しかし閉会式。まことに微力には過ぎますが、私たちのこうしたラリーが、間違いなく国際交流のほんのささやかでも一助になっていると実感できることは変えがたい喜びです。
この閉会式に初めて政治家や行政関係者を呼ばず純粋に参加者とスタッフのみで行いましたが、こうしたアドベンチャー精神の溢れるこのラリーでこそ紡ぎあえる豊かな友情の輪がありそして確実に広がっていることが政治からの言葉を挟まないゆえのリアルなダイナミズムがそこに存在していました。
そして、みんな「来年も会おう」と口々に、そして硬い握手を交わしながら、それぞれの帰途につきました。
2011/08/07 (日曜日)

FA-coat Rally Mongolia 2011 「スタート・カウントダウン」
ウランバートル郊外、チンギス・ハーン村と呼ばれる12世紀のモンゴル軍の一個師団の軍営を模したキャンプ。ここが2011年のラリーのスタート地点です。
屋根に特徴のある当時の軍団のゲル群と装備が飾られ、世界帝国を築く道のりにあったハーンたちの姿を彷彿とさせます。レストランにあてがわれた大きなゲルのひとつの天井には、ものすごい数のユキヒョウの毛皮が飾られているのに驚かされます。もっとも希少な国際保護動物のひとつです。
今回ラリーは急遽スタート地点をこちらに移しました。美しい丘陵と白樺の森の織り成す国立公園の中です。
さて昨日から登録検査がはじまりモンゴル、韓国、ロシアからの参加者のチェックが進んでいます。今日の夜にはパルクフェルメが実施され総合ブリーフィングが最も大きいゲルにて開かれます。いよいよ明日9時(ウランバートル時間)にスタートします。
特に今年は長く厳しい開催までの道のりでしたが、こうして無事にスタートができますことを支援いただきました皆様に感謝申し上げます。

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「とにかく快適」

2011/08/03
「とにかく快適」
昨日のOVを見て愕然。まるで意識不明の状態で書いたような、書いてないような。そういえば書いた記憶も曖昧で読み返すと「ゾッ」とするような誤字脱字間違いだらけで、今日は名誉挽回のために、時間を見つけてパソコンを広げました。
モンゴルの首都ウランバートル。今回ここにはじめてくる旅行代理店の担当者。飛行機の窓からゴビ砂漠を眺め草原に驚き、初めて訪れる地への興奮に眼を輝かせています。
到着するとトヨタタンドラに乗ってホテルへ、そして銀行で大量の両替と、さまざまな問題の打ち合わせ。
日も暮れかけるころ、ホテルの前にあるウクライナ料理の店へ。そういえばボクはウクライナ料理をよく食べる。日本では食べないけどね。
この店は結構お気に入りで、そういえばカザフスタンのアクトベにあったウクライナ料理やオデッセイのロシア料理を思い出します。
それらの思いは鮮烈で、実は微妙な塩加減まで記憶のファイルに仕舞われていたりします。
料理こそが旅情なのだろうと思います。
そのくせ、きょうあたりから日本料理に行くんでしょうね。
思えばずいぶんとユーラシア大陸を旅してきました。旅を仕事としてる者を除けば類を見ない量じゃなかろうかと思います。
そうしていよいよ今年のラリーモンゴリアも、まもなくスタートします。試走の際は燃料不足で、思うようにルートが伸ばせなかったのですが却ってそれが面白いルートになりました。
どんな大会になるのか、心から楽しみにしています。
熱いドラマも生まれることでしょう。
塙選手にモンゴルのAUTO勢は燃えているそうです。
HINOの進化したカミオンも注目です。
なんかMOTO対AUTOの総合争いも今年の注目のひとつでしょう。
そしてなんといってもジムニークラスの対決。これは目が離せません。きっちり進化した菅原さん尾上さんの2台。
篠塚さんは今回もやってきます。なんとか出場を・・と準備にかかってはいたのですが、マシンがやっぱりね。次は何とかしたいものですが、もうオフィシャルとしての顔になっちゃいましたからねえ・・・
もう枚挙に暇がありませんが、こちらのHPでは大会の模様をいちはやく伝えて参りますのでご期待ください。
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「ウランバートル便り」

2011/08/02
「ウランバートル便り」
ウランバートルに到着しました。さまざまに困難を伴った2011年のラリーモンゴリアの開催、そういえば第1回大会も1995年ですから阪神淡路大震災の年でした。あの時も開催に向けての悩みぶりを、思い出しました。しかし今回はそれ以上に長引く原発の問題などは、日本人が主催するラリーに対しての少なくない不信感が生まれたのでしょうか?メールにはその一言も書かれていないのが、かえって・・・そして大きな問題のもうひとつは円高。追い風だと思うのは大間違い!物価はそれを読み込んだかのように上昇。
たとえばヘリの燃料費
ボクは
「今年は、ついに楽勝!!」
そんな時にモンゴルからの連絡
「燃料代がないらしい、そしてロシアからの輸送でこれまでにない大幅にアップ!!」
「・・・・・」
なんのことはない円高差益は、まったく効果なく結果支出増は覆いようがありません。
そんなことも手伝って、欧米からの参加予定者はほぼキャンセル。
しかし、そんなこともあんなこともすべてはこの7年の開催経験の中に、たぶんに織り込まれています。困難に立ち向かうのは参加者と同じ。だからゴールの感激と歓びは、これに尽きるというもの。
さあ一足先にラリーの最後の準備に専念することとしましょう。
ではみなさん、爽快快適なウランバートルでお待ちいたしております。
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「着きましたか?ルートブック。」

2011/07/28
「着きましたか?ルートブック。」
って昨日送り出したのに今日まだ着いてないと思うけど、早く着かないかなあ。1冊の分厚いルートブックを手にしたときの感覚って、軽いめまいのようなものを覚えたものです。
なんていうか、たった1冊、ボクタチにしてみたら発行部数より印刷ページのほうが多いというおよそ印刷に関する「ありえない」ような矛盾をはらんで作られるルートブック。
ですから1冊がいくらかというと単純には計算できませんが100冊もないので・・・1冊40000円くらいかな?いやもう少しかかっているかもしれませんが。
しかしこの中身は、まるで千夜一夜物語のごとくです。
単純に図式化されたイラスト、時々はスケッチしたりしますが、サングラス越しに遠くを見てたら手元のノートなんて、良く見えないので数字もイラストも「だいたい・・・」最近は横からムッホが「7じゃないよ、1だよ。」とか、指摘するんです。しかしそこに行ってみると、そのミミズが這ったようなイラストに命が吹き込まれ極彩色に彩られていきます。
それまで全く無機的な表情をしていたルートブックが、平幹二朗のリア王のようにって見たことはないけど、生き生きと立ち上がってくる。このルートブックという設計図で、どれだけ美しく丁寧にそして早く建設していくかを競うのがラリーのようにすら思えます。腕前、材料の適切さ、道具の正確さ、そしてそれらの上に立つ経験と勘。
このラリーに集う人には特殊な傾向があります。
それはルートブックの間違い(ボクは間違いは皆無だと思っている)に文句を言うどころか、そこも勝負どころのひとつだと思っている節があるのです。
そしてルートブックは、まるでひとつの交響曲のスコアのようでもあります。
主旋律を隠し、こと柔らかな序曲からだんだん急を告げていく感じ。まさに序破急、そして壮大でおおらかな大スペクタクルの中に自分がいることを知ったときの驚きというか感激。
まるで世界最高のシンフォニーをきいていたと思ったら実はその中の一員として演奏していた、とそんな気分ですといえば大げさかもしれないけど、僕はそんな思いでこのコマ図を書いています。
さあ、早く届くといいなあ。新しいスコアが届いたときの演奏家のように、ページをめくりながら頭の中で音を感じるように、はるかなゴビの匂いをかいでほしい、と本気でそう思っていますから。
きょうの一枚
ホンゴルからゾーモットへのひとコマ。激しい筆致。色もつかわずに砂や岩や、遠くにある山や、目の前にある山、時にはデフォルメしたりと・・・ってあんま自慢すんなよな!?
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1999年 | 10 : 11 : 12月
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Organisation Voice 2011

 

 

 

 

 

 

2011/02/28 (月曜日)

「試走、また試走。試走を思想する。」
TDRの試走、TBIの試走。GWが終わればモンゴルの試走と続きます。その合間を縫って新しいビバーク候補地の交渉に向かいます。新しいビバークを使うと、まったく新しいルートの概念が誕生します。これはもちろんモンゴルも同じですが、それぞれのイベントによって、その性格は大きく変わります。
変わるというとチョモランマや、今年のレイドトレック・タクラマカン。これらは、どこにでも宿泊施設があるというわけではありません。また、どこででもテントを張って泊っても良い、というわけではありません。
ロシアなどを旅した経験のある方なら、最初に提出した計画書どおりに行かないと、大変な問題が起きるコトを経験するでしょう。ですから決められたホテルに決められた日に泊まり証明書を貰わなければなりませんね。カザフスタンでは、滞在にも届けが必要で警察へ登録に行かなければなりません。
つまり旅の計画は、そのように行くべきものである・・・という不自由な面白く無い考え方ですね。スターリン主義に逆戻りをはじめたロシアを旅するのは、考えものですね。ちょっと飛躍しすぎましたか。
そんな話を書くつもりじゃなかったんですが・・・そうそう試走です。試走とパソコンを打つと「思想」と変換されるでしょ?そのたびにボクは嬉しくなって、なにか試走に哲学的な趣を感じるのであります。
ときにはツァラトゥストラのごとき、となって説き、思索にこもり山に潜む。ああ、なんとも楽しくも不可解な魅力を持つ試走という修験の旅。実はこうしたボクのややこしい精神の往来は、25年にも及ぶ試走の旅で形成して行ったかもしれないと思う時があります。
無機的な地図とGPSの座標。次々と目の前に現れる実風景。そこにいる自分と、数日後にそこに挑む人々への創造力。まるで30日後に発表される入試の受験生のごとくだったり、30日後の授業のために。予習をする教師のようであったりではあります。
その試走の成果物であるコマ地図を頼りに、30日後に闘う人たちは、その約30日前のボクの精神と時空を、越えて交感するのだという不思議な時間の概念とか。ちょっと意味不明になりました。思いを伝えたいすれば、哲学者は文学者で無ければならないというのも、またボクの思うところでもあります。
ささやかな哲学的な興奮と思索を、タクラマカンやモンゴルで。もちそれはTDRにもTBIにも同じように流れているのでありますな。
きょうの一枚
レイドトレック・タクラマカン2011の概要がまとまりました。参加が可能なのはオートバイ、サイドカー、アンド4X4・・・つまりなんでもOK!です。参加費もこれまでよりググッとお安く!!というのは航空機と宿泊費のみは旅行代理店への直接のお申し込みとお支払いになりますので。でも、それを含めても、これまでになく参加しやすい設定!!になりました。SSERが提案するのは、シルクロードの探検行。今回はチョモランマの厳しさはありませんから。なんなりとお問い合わせ下さい。今日の一枚は、そんなレイドトレック・タクラマカンのInformationの表紙!!
2011/02/25 (金曜日)

「じゃあ、今日はモンゴルのことを、チックと話をしようか。」
昨日はなぜTBIというイベント開催したかというお話を書きました。では今日は、なぜモンゴルなのか?というお話。もうあちこちに書きましたので、少し違う角度から検証したいと思います。
「SSER10年の契機に」
SSERは1985年にスタートします。1988年にはパリダカに出場し、それが大きな引き金となってTBIに進みます。TBIとパリダカ、このふたつのバランスを取りながら5年くらい経つと、いくつかの議論が持ち上がりました。やがて組織以来、10年目を迎えようとしていました。
「ダートがどんどん無くなる!」
黒尊林道が舗装された!次は剣山スーパー林道の舗装化の話が上がっている!地元の新聞社がなぜかボクのところに取材に来ました。「困るでしょ?」と。
ボク「いえ、ボクは決して舗装化に反対ではありません。ボクタチはオフロードは好きですが、また一般の方やお年寄りが普通に高山の空気を感じることが出来るのは、道路が舗装されればこそです。」ボクは高校生の頃から愛媛の山を守る会の会員として、石鎚スカイラインの建設反対運動などをしていた過去があります。
ボクタチは、少なくなっても、走ることの許されたエリアを楽しむことで良い、と思うにつけ、その実はもっと広く自由で、美しい大地を疾走してみたいという衝動が目覚め始めていました。それはパリダカのような、それをアジアで、と。
その衝動の発芽は、おそらく92年のパリ-北京でしょうか、酒泉だか武威だかで確信のようなものを得ます。やがて「お前がやらなければならないんだ。」という強迫観念のようなものを感じるに至りました。体よく言えば「天の時」を得たのだと思いました。それをそう思わなければ、第1回大会の開催にこぎつけることすらできなかったでしょう。とにかく障害が多すぎました。
兵法で言えば、あと必要なのは「地の利」「人の輪」で揃います。
以前「継続は力なり」というお話しをこのコラムに書きました。
「念願は人格を決定す。 継続は力なり。真の強さは正しい念願を貫くにある。」と感じました。目標を強く持てば、実現に向けて真剣に取り組みます。問題点にも真摯に向き合うことが出来ます。つまりこの発芽した思いを「念願」に置き換えなければなりませんでした。
なんとなく、出来れば良いなあ。と思う程度のことは、絶対に出来ないことだという実感がありました。またその頃はそうした言葉に支えられました。
何度も言いますが、言葉の力は偉大です。言葉で考え、言葉で励まされ、勇気付けられ、また悲しい思いもその言葉によってもたらされるのだと。
ボクは今年はこうして言葉と共に、人間性を磨く!と決意して、言わなきゃいいのに社内では公言しています。
「うりゃー!」
なんて言っていたら注意してください。
どうもモンゴルの時に、そうした傾向があるかのように聞いています。
ではみなさん、モンゴルで。

2011/02/24 (木曜日)

「TBIについて、お話します。」
なんと1989年スタートというのは、パリダカが1979年スタートなので、10年遅れでスタートしたのがTBIです。実はこの数年前にも開催が企画されていたのは、知る人ぞ知る、というところでしょうか・・・
なぜか借り物のバイクで試走していたボクは、崖からバイクを川に落として「こりゃ大変だわ」と。1988年に初めてパリダカに行ったときに、やっぱ日本のライダーに走る+ビバーク+走る・・・しかも走ることにはナビゲーションの技術の習得などを、と考えて「やっぱりブルーアイランドを開催する!」という思いに、再び至ったのでした。
当時は、携帯電話もコンビニもありません。ガソリンスタンドはオイルショック以降土日休業!!大きな町でこそ順番で営業しているくらいでした。いうなればまあ今のモンゴルのような事情の四国。
ガソリンの供給を何とかしなければ!ということで日本石油に掛け合ったところ、そのままメインスポンサーに!なって頂きさまざまな支援を頂きました。昼食のために、オリジナルのランチパックを詰めあわさなければなりません。これも大変な作業でしたが、モンゴルへ繋がる大きな経験となりました。何よりこの壮大な空間を管理するオフィシャルスタッフをどうするか?そもそも存在しない(ヨーロッパにはある)マップホルダーをどうするのか?ケイタリングをどうするのか?緊急対策をどうするのか?
大変だった!と言っているのではありません。その大きな負荷がボクタチを成長させたと言えます。
TBIは参加者にとって海外に繋がる、か細いけど確実なステップになったと同時に、そこに集ったSSERのメンバーたちに。試練と根性と人間性を磨かせてくれたと思います。その人間性は、いまだ不十分ですが、これからも必死のパッチ(本日のブログ参照)でやっていきます。
そんなことで、どうぞ安心してTBIやTDRへお出かけ下さい。
そしてモンゴルやタクラマカンと言った夢の大地へも道筋を延ばして行こうではありませんか。
2011/02/23 (水曜日)

「デザインの骨格」
NIKKEI DESIGN 3月号が届いたので、ぱらぱらと読んでいると新刊紹介に「デザインの骨格」1680円が・・・ボクはこの著者 山中俊治のブログ「デザインの骨格」を最近のこと見ていたので「ああ、あれが書籍になったのだ。」と思ったものです。
http://lleedd.com/blog/
この山中さんは松山市の出身で、いまは慶応大学の教授をされていますが、日産にも在籍していた時代があってインフイニティQ45のデザインも担当されています。てか、ボクとほぼ同年代。どこかでニアミスをしていたかもしれないくらいです。
とにかく文章も上手いし、とにかく絵がすばらしい。実は漫画家志望だったといいます。日産の面接の際も、なにもポートフォリオを持っていかずに学生時代に書いたマンガのラフを持って行ったら採用された・・・これもブログで読みました。
ぜひブログを見ていただいて、興味があれば本も買って見てください・・・ってボクがなぜ・・・
きょうの一枚
「デザインの骨格」山中俊治 著 A5版280ページ、定価1.680円
2011/02/22 (火曜日)

「モンゴルとタクラマカン」
この2つのイベントのポスターを作ろう!そしてパートナーショップとフューチャーショップに貼りだして頂こう!ということでさっそくラフ作業に入りました。
印象的でメッセージ性の高いポスターを作りたい!
と、常々他者からの依頼にはそう語るボクなのですが。
たとえばこんなふう
ボク 「写真とか使っても、それほど心をつかめる写真なんてありませんし、賞味期限が短いですよ。」
クライアント 「じゃあ、どのようなものを提案してくれるのですか?」
ボク 「なんていうか、グラフィカルでタイポを効かした、もうアヴァンギャルドで、あっというやっつですよ。」
クライアント 「?????」
ボク 「そして、あーがこーで、こーがあーで。」
クライアント 「もう、いいよ。」

なんだか訳のわからないものが作りたいんです、多分。そんな気分。
ところが自分のところのとなると
「あの写真もこの写真も、あの情報もこのコピーも。おおそうだラリープレートも入れよう。そうだあれも、これもだ。」ということになって、初めて知るのですが・・・クライアントの気分と制作者の気分とは、かくも違うものなのか・・・と今になって思うのでありました。
さて、どんなポスターが出来てくるのでしょうかしら・・・おおこわ。
って、これはOVじゃなくて、ブログに書くべきだったかも。
きょうの一枚
F1開幕戦バーレーンGP・・・中止になりました。早く世界に平和と安定が訪れますように。写真はバーレーン国際サーキットの夕景。砂漠と海とくれば、夕陽は美しいのですが。
2011/02/21 (月曜日)

「砂漠の狂信者」
1991年1月。ボクタチは発売されたばかりのトヨタランクル80を2台仕立てて、パリダカに臨んでいた。パリダカは13回大会だったのだが、この年に限っては全ての記述が13eではなく、1991、だったから余計に記憶している。ヨーロッパも混乱していた。東側諸国が雪崩を打って民主化した。東西冷戦の終末期だった。その原動力となったのは国境を越えたBS放送だったと分析された。
ラリーには不穏な噂が流れ始めていた。
フランス国内を縦断してマルセイユの港に着いた。街外れの、いま思えば素敵なホテルに宿を取った。そしてパリダカ名物の地中海のフェリーは、急遽キャンセルされてチャーター機になったのだ。つまり湾岸戦争が会戦の火蓋が切られるという情報だった。地中海の東海域も戦略的なエリアになっていた。
向かう先はリビアの首都トリポリ。そうその時はパリ-トリポリ-ダカール。人間は航空機で、マシンはフェリーで、この頃からTSO(当時)は、極度のリスクコントロールを強いられるようになった、と感じたはずだ。単なる強盗団などへの警戒レベルではないのだ。
それにしてもラリーの経由地がリビアとは驚いた。砂漠の狂信者カダフィ・・・多分これは落合信彦のせいだ。しかし一国を統治するには、狂信的なだけでは難しいのではないだろうか??はるか過去に読んだカダフィが描かれた本の中身は、すっかり忘れてしまったし、また呼んでみようとは思わないのだが・・・
ともかくラリーは湾岸戦争に揺れた。リビアはかつてのイタリアの植民地というか、ローマ帝国の一部だし、ナチスの北アフリカ戦線もこのリビアだ。トリポリのビバークの横には古代ローマ帝国の遺跡が、なんと瓦礫のままで横たわっている。しかも誰かさんはその影で用を足しているし・・・
つまり1991年から20年。何かの符号のように北アフリカで民主化が始まった。もっとも気になるのは、やはりリビアだ。リビアの砂漠は素晴らしかった。阿蘇山のような外輪山を持つ大きな火山が砂漠の中にある。美しいし、魅力的な土地だ。ああいう場所へも簡単に旅が出来る日は来ないものか?
きょうの一枚
カダフィを描いた一冊。さらにもう一枚は、こんなに恐い世界がまだあるのね、って感じ。

2011/02/18 (金曜日)

「こちらも、動き始めた。」
なんと啓蟄のごとく、SSERの2011が動き始めました。昨日からの事務所の慌しさったらありません。
たとえばモンゴル!!朝食のパンにするためには、大量のホームベーカリーが必要ですね。夜を徹してパンを焼き続けるには電力量がそこそこ。ならば他のものをLED化するなどして、電気量をセーブして現行の発電量で・・・でもまあそれもエココンシャスな行為だよね。そしてあの膨大なコードを取り回さなくても良いようにする工夫に・・・
たとえばツールド・ニッポンシリーズ・・・詳しくはコチラ
新しい価値への再挑戦が始まったわけです。
たとえば「タクラマカン大横断」プロモーション用の映像を製作開始!!さまざまな問題を起した旅行業の件。いくつかの旅行代理店と交渉は纏まりつつあります。参加される皆様の役に立つ!を大前提に進めていきます。
FUTURE!2011年度は4刊にして180分に。。。つまり180×3刊=720分、昨年は5刊×90分=450分・・・
大幅UPの予定でしたが「やはり季刊に!」
つまり年間4号に!という要望が多くて!!「よっしゃ!」で合計720分昨年比160%増・・・最近の日本では聞いたことの無いような昨年比!で、無茶苦茶頑張る!ということに。
だからみんな、お願い!TDRとTBIにエントリーしてくれないかなあ?バッチリ動画でFUTURE掲載は確実!!ですものね。
じゃ4月2日にね。
きょうの一枚
あの頃のバイクを時々思い出して、自分の心を揺さぶっては試してみる。
2011/02/17 (木曜日)

トピックス1「ツールド・ニッポン再始動?」
実は、そうなんです。今日は終日SSER2011の運営ミーティング!!その中ではさまざまなことが決まって行きます。
まず表記の「ツールド・ニッポン・シリーズ」の開催です。2011のSSERのクロスカントリーラリーの国内版は、TBI、北海道4デイズ、九州4デイズの3本。総走行距離は14日間=5000kmもあるのです。しかしこの3本を全て参加するのは、さまざまに困難だろう・・・ということで、さまざまな対応が話し合われました。
そこで「ツールド・ニッポン・シリーズ」としてこの3つのイベントを、シリーズ化しようということになりました。
もちろん一つ一つのイベントが独立していて価値があることは間違いありませんが、3つのイベント全てに参加される方に、サポートできる仕組みを検討することになりました。全戦エントリーをされる方に、エントリー費の大幅な減免をしようというものです。
3イベントの順位をポイント化して、シリーズ表彰を、11月末に東京・恵比寿で行われるSSER PRESANTATIONで行います。シリーズチャンピオンには、相応のプライズを用意して、低迷をするモータースポーツの認知度の向上を目指します。
もちろん2つのイベントでポイントを稼げば、シリーズポイントの上位を獲得できるというもの。チャンピオンらには翌年のモンゴルに招待!!(詳細は未定ですが・・・)出来ればその勢いで、他のラリーにも・・・と夢が膨らみますよね。
*シリーズは個人総合のみとしますので、イベントごとに車両が違っても問題ありません。
トピックス2「ツールド・ニッポン・シリーズ3戦に、4×4エキスペリエンス部門発生!!」
昨年の北海道で好評の、4×4エキスペリエンス!!コマ地図を追いながら、所定の通過時間内にCPを通過してゴールを目指すというもの。モンゴルに4輪で初参加される方などを対象に、開催が決定!!もちろんCP通過・不通過などの減点で争われますが、原則としてSSなどの時間測定は行われません。
まずはTBIから!すでに、もうエントリーが届きそうな勢いです。そうは言ってもハードでならすそれぞれの3イベント!完走するのも、かなりの力量が求められるかもですね。
しかし条件は1300cc以下の車両。4×4であることなどです。
楽しい冒険旅行が楽しめるはずです。
詳細は明日更新予定!!
きょうの一枚
敦煌の手前20km。こうした狼煙台あとの土塁は農民の倉庫のように使われていたりするけど、ぼくたちが見たら歴史的文化財だと思うんだけどなあ。だから万里の長城は、もっと西まで・・・カシュガルまで延びていた・・・という意見には賛成なのだ。タクラマカンのベースキャンプはもうすぐのところだ。これは2007年9月。思い出しても素晴らしいエキスペリエンスだった。今年も行きたい。
2011/02/16 (水曜日)

「春が来た。」
最高に気持ちの良い朝です。
「新しいTBI、ビックリするTBI」を合言葉に。厚主君は朝から海へ。ボクは今から山へ山ちゃんと?打ち合わせに行きます。新しいビバーク。新しいSS。とてもラクチンな日。とてもハードな日。新しいエントラントを大勢お迎えして、新時代のTBIがスタートします。でもエントリーはもう少し枠が!?皆さんいそいでプレエントリーをお願いいたします。本エントリー費も、大幅値下げ。コチラ
続いてTDR!遅くなりましたが、ただいまエントリー受付中!!面白そうですよ。桜と、琵琶湖と、信長の野望?との物語。まあミステリーツアーですから。
さらにただいま急ピッチで詰めているのは「タクラマカン大横断」来週にはこのHPでPVをUPします。タクラマカンの縦断ルート、敦煌にベースキャンプを置いてループをします。どなたでも参加できるようにしましたから・・・お気軽にお問い合わせ下さい。3月には中国からスタッフも打ち合わせにやってくるようです。お楽しみに。
そうそうモンゴルからはムッホたちが来週にもやってくる予定、モンゴルのラリールートが決定していますので、その打ち合わせ。
とにかく春ですねえ。全てが動き出しました。問題のあった旅行部分は、いくつかの旅行代理店と契約をすすめていますから、ご安心下さい。
きょうの一枚
ベースをおく敦煌。宿は敦煌山荘。そして夜のバザール、莫高窟などなど

2011/02/15 (火曜日)

「3番じゃ、だめなんですか?」
というタイトルでGDPがどーの、ODA二国間援助がどーの、老子の「足るを知る」がどーの。。とOVを珍しく昨晩のうちに書いてあったのですが、今朝の晴れ晴れとした雪と青空を見ていると、そんな瑣末なことなんかどうでも良いや!という気分になっちゃいました。
それにさっき、仙波君から届いた「あざーす、最新版」を読むとボクに「もう、そんな話ばっかしなくても」と語りかけているようでした。
そもそもボクに天が与えた使命があるのだとすれば、あるのだとすれば、ですが。どーも、政治や経済を云々とすることではないかもしれません。
そのOVを、読み返さずにスカッと削除しちゃいました。でも「今日の一枚」は昨日のうちにセットアップした4枚の写真。キャプションの冒頭部分にボクの昨日の気分が分かって、自分でも可笑しい感じです。
昨晩はミーティングが終わると、「黒森峠へ行く」といって、元全日本ラリードライバーと厚主クンは2人でラリー使用のチョイ古エボリューション(ランサーのね)で、スコップを2個持って、出かけていきました。遭難した時のため、とボクのバレンタインのチョコレートを持って・・・
その、ドライバーもSSERのオフィシャルです・・・が、このところこうしたおじ様たちの「若気」が、あまりにも露骨になって来ています。雪の中をキャンプに行くのも、深夜の雪道を全開で走りに行くのも・・・OJISANたち。
リスクは考えないのかい!?そのリスクヘッジが2本のスコップだったり、テントを溶かしそうな薪ストーブだったりするのかい?!そう考えると、ちょっぴり嬉しくなってSSERもまだ捨てたもんじゃないなあ、とニヤニヤしていました。
でも、ちょっと前なら「ボクも行くう!」と言っていたのに。
自分はどうしたんだろう。とかね。
でも「なにかあったら電話して!」
と4駆で帰っとこー!
とか思う自分もまたそこにいるわけで。
リスクなのか?
ファンなのか?
そうした分水嶺を、今の時代は下げてしまったのかもしれませんね。
「コトなかれ主義」つまり「コンプライアンス」という言葉のマジックによってね。
きょうの一枚
足るを知ると人生は豊かなのでしょうか?かつて成長し隆盛を極めたものは、葬り去れるだけだと思っていた20世紀のパラダイム。再生され復活されていくことがルネサンスならば、今はその時代なの?そんなルネサンスを感じさせる・・・つまりおじさんの心と現代の気分を繋げる、そんな古くて新しいバイクを4つ。
1.Norton commando復活。心穏やかではありません。子供ころの分厚い「オートバイ誌」忘れられません。
2.W800・・・お値段が揺さぶります。なぜオフの世界ではこのようなことが起きないんでしょうか?
3.トライアンフも、言わずもがな。ルネサンス第1号店の赴き。黒がいいすよね。あの時買えなかった切なさが募ります。
4.元グッチじゃなくてモトグッチ。何度も言いますが、こんなオフロードマシンも何とかしてください。
あの時代の憧憬を、現代の方程式で甦らせるのは、良いのか悪いのか、単なるマーケティングの悪魔の技か?
ってなことは、どーでも良いけど、今あるバイクに乗りなさいよ。
2011/02/14 (月曜日)

「Norton Commando 復活」
実はこのオハナシは明日のこのコラムに書くのですが、GDPが世界3位になったというニュースとNorton Commando」は何の関係があるのかについて。
今日は触り部分。ノートンと聞くと今ではインターネットのセキュリティだと思う人はいても、あのイギリスの名車と懐かしむ人も少ないかもしれない。
そもそも、あの頃は日本と英国のオートバイメーカーは、激烈な競争送り返していた。英国を範としていたのに、強欲に英国メーカーを駆逐しようともしていた。いつかはそのしっぺ返しが来るだろうに。
このノートンコマンドは、1969年に発売された、ボクはまだ厚顔じゃなくて紅顔の14歳。授業中に描いた絵のほとんどがノートンコマンド。そのあとはトライアンフやBSAとの合併を繰り返したのだけど、1977年に倒産、姿を消してしまった。
日本がGDPで西ドイツを追い抜いて世界2位になったのが、1970年かな1969年かもしれない。要は大阪万博の頃だ。日本が再び3位に落ちたという報道、そしてノートンの復活。復活といえばMVアグスタやトライアンフなど・・・さまざまなブランドの再生物語があるが、日本のブランドはいまや風前の灯だ。でもって、これからが面白いかもしれない。
明日に続く・・・
きょうの一枚
若い頃のボク。じゃなくて、キアヌ・リーブス。彼も良く手の入ったノートンを数台所有している。ううむ。桐島ローランドも、すごいのを1台持ってたのに最近手放したんだそう。
2011/02/10 (木曜日)

「正しくある、という事について、思うこと。パリダカ篇」
メディアは連日のごと、八百長騒動。見るに耐えられません。てか見ない。ネット上でも議論かまびすしいでしょうから、ボクも参戦!というわけではありませんが。
そもそも「闘いとその結果」について考えてみましょう。てか、告白です。
昔ボクはパリダカ(またパリダカか?)1988年1月12日、ETAP11…アリット-アガデス間、これは舗装で2時間で行けます。ところがオンルートはループ状の500kmを越える砂のステージで難所と前評判の高いステージ。アリットのスタートフラッグの下、明け方にゴールしたボクタチは、その日…ズルをしました。
スタートして、真っ直ぐアガデスに向かったのです。ラリーカーですから2人乗っています。クルマの中で2人は、引き返そう、いや休もう。いやオンコースに行こうと何度ハンドルを切ったか解りません。翌日は休息日でした。その日の午後にさえ、やっぱり戻ろうと何度となく言い争いをしました。その思いが今でも胸を締め付けます。
仲間の1台は、アガデスの休息日の午後に頭から足先まで真っ白になって帰ってきました。プレスカーのカメラマンも「いやあ、エスケープして正解だよ。何台も帰ってこられないよ。」ボクは帰ってこられないうちの1台になっていたほうがいいや・・・そんなふうに思えたのは、ぐっすり寝たあと、乾いたアガデスの空気。懐かしさに胸が締め付けられます。それも、もう23年も前の話です。
そんな過去のお話ですが、そのことがボクのたくさんある?一生の悔い!のうちの一つです。いまもこうしたラリーを開催し続けているのは、ひょっとしたらその自分への贖罪じゃないかと思うこともありますが、それは少し違うでしょうが、でも似てもいます。
モンゴルで、時々ループのエタップに行こうとする、疲れ果てているライダーを制止することがあります、いや毎年のようにあります。そのときボクは、名状しがたい気分になります。「行くな」というのは果たして、彼らのために言っているのだろうか?それを覚悟で来ている彼らに、ボクがそれを言えるのか。そんなに立派な奴なのか、お前は。と。
いや、本当に深刻なトラブルを抱えていて、それを何とかするために、というのなら良く解ります。でも、あの時のボクはただただ、疲れていただけです。はじめて出たパリダカのあまりもの厳しさに、打ちのめされていました。もう1週間もほとんど寝ていないという状態だったのです。しかし、なんとか完走をしたのですが、それは自分の中では完走ではありません。
だからそのことが再びパリダカに戻る、というきっかけになりました。2回目に出るまでのボクの苦悩は言葉にすることは不可能です。
あれから14年後、2002年の大会・・・の時です。ボクタチは前半戦のマシントラブルで、もう勝負がついていましたから、モーリタニアをゆっくりと完走狙いで走っていました。いわば無気力相撲です。思い切ったショートカットをして、大きくルートをはずしました。そんなところで、ミッショントラブルで身動きが取れなくなってしまいました。
「もう、いいや」ボクはそう思いました。
そこへ、なぜか砂の中からフランコ・ピコがやってきて、助けてくれました。
「さあ、行くぞ。」
とフランコ・ピコがボクの気持ちを見透かしたように、背中を叩いてウインクをしました。
「ありがとうピコさん」
って言うと、片言の日本語で
「知ってた?ピコさんだよ。」
ボクは噴出しそうになりましたが、なぜかは解りませんがとてもすがすがしい気分に見舞われて、でもしっかり叱られた様な気がしました。
ピコさんは、ボクタチより後ろにいるわけですから、決して順位争いをしているわけではありません。ぼくたちと同じような立場だったわけです。
バークレイキャピタルズのTVCMじゃないですが、ミケルソンが木の影から出てきて「見ているよ」と、そう、そのあれです。
人生とは、そういうものです。
だから、大相撲のそれもマスコミや他人がどうこう言う問題ではなくて、人間としての自分の弱さに対する自身の中にある大きな問題であり、それが自己であり、人に突き詰められる必要はありません。それこそが人を決めることです。
それをそう思わないのだとしたら、その人はそれだけの人間でしかないわけです。別に探し出して糾弾しなくても、必ず淘汰されます。ほっとけば良いのです。
そんなこんなで、ボクの座右の銘は、沢山ある!と笑われるのですが
「仰ぎて、天に愧じず。」です。あれ以来、インチキは1度もしていません。
闘うことは簡単ですが、「能く闘う」ことが一番難しいのです。能く闘うということは、正しく勝つために努力をすることで、手段を選ぶということではありません。そして今も、ボクは闘っています、正々堂々と。
きょうの一枚

ピコさんのことを考えていたら、テネレが懐かしくて。そんなYAMAHAの最新のPV発見!日本では見ることは無いかもですね。
そしてその中で、砂漠にある廃墟のようなホテルてか、廃墟。そこに泊った者はいくばくかのお金を置いていきます。盗って行く人があるだろうと思うのが当然です。そこに彼は、一夜の宿賃を置いていきます。砂に埋もれた1軒屋ですが、壁に掛けられた芸術品のようなお面、それらが見ているとでも言うのでしょうか?制作者の意図がボクの胸を射すくめます。そこには、人が見ていないところにも公正である!!というスポーツマンシップがオフロードライダーの姿を通して貫かれています。なんか今日のOVと通じる偶然にビックリ、思わず涙が。。。
一瞬覗く白髭白髪のおじいさんは、きっとあなたの空想の人物、たとえばミケルソンか、ボクにとっては、フランコ・ピコかもですね。
正しい闘争心を持たせてくれる、あなたにも大切な人がいるはずです。

2011/02/09 (水曜日)

「やっぱ、なにか違う。」
やっぱ違う、何が違うのか?と聞かれると良くわからないけど、何かが違う、そんな違和感を感じ始めた。
「えっ、遅い?」
みんな、とっくに感じているんだ、そう?
その違和感というのは、全てのシーンで感じる。仕事でも、酒を飲んでいても、まるで世界が違ってしまったSF映画の中にいるような・・・そう感じることが増え続けていき、やがてはアイデンティティを見失いそうになる、つてかもう失っているのかも。ひょっとしたら地球も人類も消滅していて、その直前に購入した「記憶」のようなものの中に生かされているのかもしれない・・・と思うと、確かにそんな映画があったよね。
とまあ、話を日常レベルに戻そう。
ここのところ毎日のように「自動車がどうの!?」って言っているけど、やはり80年代にしても「夢があった」訳ではなく、企業の論理(シェア争いとか売上向上のための拡大戦略)の中にぼくたちが勝手に「夢だとかロマンだとか」って夢を見ていただけなのかもしれない。つまりぼくたちは彼らの巧妙なマーケッティングの、「まいどありぃ!」だったのかもしれない。
と考えると少し寂しいので、やっぱあの頃は「夢があった」と思いたい!!というノスタルジア(浜田麻里、詳しくはコチラ)に耽溺する。
スイマセン、わけがわからなくなってしまって。
じゃあ話を変えよう。
仙波君の「あざーす。仙波です」の今回の主張にボクは物言いをつける。だってBMWのあのスクーター・・・彼ら(BMW)の仕事ではない!!それに中国のあの映像はなんだ。完全に中国の巨大市場への、アプローチのための変身としか思えない!!変身なら良いけど媚だとか、そう見える。
違う、BMWが担わなければならない使命は、そんなものではないんだ!!
と思うボクが実は、古き洗脳者なのかもしれんなあ・・・・・ボクタチのようなユーザーが足を引っ張っているのかもなあ。
そんなこんなで今日の一枚はパリダカに見るモーターサイクルの変遷だ。

確かにモーターサイクルは21世紀のシティコミューターの座を回復すると思う。それも時間の問題としてだけど。その一石を投じたという意味で、価値がなくは無いよ。
しかし、もっと新しい価値が必要だと思う。
それを担うべきがBMWや、もうひとつ(頑張って)言えばHONDAなのだ。まったく新しい価値とはなんだろうか?20世紀の価値観でいくと、便利だとか、早いだとか・・・カッコイイだろうか。しかし新しい価値はきっと違う。
ボクは知ってる。でも、教えないことにしてる。
だってここは仮想現実なのだから。
かなりアブナクナッテ来てるボク。

2011/02/08 (火曜日)

「もう一度、あのころに」
今日はガストンの命日だ、とブログ(コチラ)には書きました。いったいあの時代・・・ボクが言うのは70から80年代は・・・どんなだったんだろう、とたんに懐かしむだけでなく、ジックリと振り返ってみました。
ニュルブルクリンク84時間なんていう耐久レースがあったのを知っていますか。MAZDAのワークスが、ロータリークーペでアルピナ3.0CSLで死闘を演じた・・・ガストンの記録を探していると、そんなところへも行き着きました。ボクの先輩の武智俊憲氏もロータリーのハンドルを握っていました。その激しさは今では想像もつかないでしょう。それが68年のはずですから、ボクタチの熱い日々はどうも、この辺りから始まるのですね。
最近のマーケティング用語でいうコモディティ化やフラット化、つまりモノに対する憧れがなくなった時代。モノが悪いのではなくて。。。高付加価値なんて叫んでいた企業は、単能化の前に立ち尽くしています。いまではBOPマーケティングといって、三角形の底ベースオブピラミッドをマーケットとした戦略が台頭。つまりインドのタタ自動車みたく、最低必要なものだけで価格を落としてという手法、これからは日本にも?
しかし、ぼくたちが求めるのは新しい価値です。付加価値じゃなくて深い価値だと思います。まあたとえばAppleのように、世界を変えるかと思うような価値だと思います。以前の日本はそれがありましたよね。後述するカップヌードルなどがそうです。
その新しい価値はどのように醸成されるのでしょうか。またそれを阻害するものは・・・今の時代は情報が多すぎます、今では価値だと思われた情報とその流通にさえ価値はなくなったようです。モノも情報も供給過多で価値を失って来るのは自明の理。
再び問います。残るのはなにでしょう。もちろん残るものは沢山ありますが、ボクが信じるのは、やっぱあの渇望の皮膚感覚。ひりつくような、あの陽炎立つ砂漠を駆け抜ける姿。
ガストンの1985年の映像を見ていたからかもしれません。(ブログにリンクした)ボクに新しい価値を与えたのは、実は日清のパリダカをモチーフにしたCMでした。もちろんこの商品そのものが、当時新しい価値だった。小さくても「世界を変えた」のですね。

きっと2本目はTSOとの交渉に難儀したのでしょうか、パリダカの意匠ははずされて、なんとなくBajaのイメージに寄せましたね。まあそれでも良かったんです。しかし、それ以外もカップヌードルのCMは、すごい。YOUTUBEでたっぷりと見てください。カップヌードルは、過去の新しい価値を?普遍のものにするための挑戦を続けているように見えます。
そんな企業姿勢を見ていても、てか映像を見たからですが、こうして、今の時代にも無くしていた冒険心や勇気が蘇ってきますよね。
「挑戦なくして、なんの人生か」なんて思っちゃいます。
きょうの一枚
MAZDAの挑戦も70年代80年代がピークだったことがわかります。68年頃にMaratonde la route 84hr.4位なんて記載がありますね。これがニュルかな。翌年にスパ24時間。日本の自動車メーカーは、自分たちのことも忘れかけています。
2011/02/07 (月曜日)

「4×4ブーム再来。ってかマイブームかも。」
SSERのオフィシャルメンバーの耐寒キャンプじゃダカールの映像。やっぱ冒険の旅は楽しい。その夜ボクは砂にまみれてのた打ち回る夢を見た。朝起きたら背中が痛いくらい「あー、よく砂を掘ったなあ。」な感じ。どうもそれは試走で砂丘が登れなくなった非力なオフィシャルカーの苦労を案じさせててる。クルマ、何とかしなきゃなあ。
とまれ、これからSSERのオフィシャルを目指す方は(そんな人はいるのか!)まず必要な3種の神器。1.アマチュア無線の免許、2.4×4、3.テント&シュラフだ。これを用意しはじめてください。もちろん相応の運転技術も。それとキャンプなどの技術と経験も必要ですぞ。そんなことを考えていたら、今日のタイトルの「4×4ブームの再来」もちろん80年代のあのブームのパワーは無いまでも、新しい4×4ブームの予感。
ボクが感じる4×4ブーム再来の予言の根拠について
1.だいたいボクが欲しいなあ・・・と思っていたものは流行る。
2.おじさんたちの乗るクルマがなくなった。
3.レース・トゥアレグがメチャカッコイイ!
4.クリーンディーゼルが、いい感じじゃん。
5.FJクルーザーが安い!!
上記の5つのいい加減な観点から、ここ10年も良く堪えに堪えていただいた4駆ショップの皆さん!お待たせしました!って感じなのです。ついでのバイクブームもまたやって来ます。いや、もうそこまで来ています!!あとは爆発的な!!そのタイミングを待つのみです。
なぜか?だって自転車の大ブーム!でしょ。多くはあのメカニカルな造形美が好きなのですが、それならモーターサイクルには敵いません。さらに100kmの行動範囲は、ちょっと寂しくなります。最近はバイク(自転車ね)をバイク(オートバイね)で追い抜く時、これまでは感じなかった「羨望の視線」を感じるようになったこと無いですか?
「あー、オートバイって、いいかも」彼らは絶対そう思っていますって。
だから次のマシンはピナレロにしようか、モトグッチ(なんでー)にしようか悩みはじめているひとが多くなって来ているはず。さらに国産はともかく、イタリアン・バイクや、その周辺のファッションが本当に素晴らしい!!のであります。
ちなみに4輪もですね、「今、レクサスに乗っているんだけど、BMWにしようかジムニーにしようか迷っているんだよね。」とかって人が、今全国に15万人くらいいると思います。いやそんなにはいないかもだけど、5万人はいますよ。でね「ノーマルだとねえ?」で思考停止になっているわけですよ。
そこでお勧めAPIOのコンプリートジムニー・・・って、なんの宣伝しているわけ!?
いや、これからSSERのオフィシャルで参加したいなあ!?って考えているあなたも、クルマはコンプリートジムニーですよ。あれに無線機つけて、ベッドもあるのですぞ。
きょうの一枚
そのコンプリートジムニーはこちら。アフィリエイトではござらん。その実力はモンゴルの活躍が証明しております。 [URL]
これにしたらー」とメールが届いたのは、もち垂涎の78と76どちらもクリーンではないけど4.6Lのディーゼル。どちらもホイールが素晴らしい。たたずまいが、オフィシャルカー然としています。80年代後半のパリダカールのオフィシャルカーはランクル75でした。オーストラリアにも沢山いますね。
2011/02/04 (金曜日)

「CLEAN DIESEL」
数日前にメルセデスのCDIに乗って以来、あのクリーンディーゼルの乗り味が忘れられない。もっといろいろなクリーンディーゼルに乗ってみたい。特にクロカン4×4.なにがあるのか?これから自動車メーカーは、どのように動くのか?と、いろいろ考え中だ。すくなくとも燃費だけでも、20から30%は向上する。昨日書いた50年で50%の削減なら、1年間で1%ずつ削減すれば良いことだ。大きい車もクリーンディーゼルに。ついでに事務所のライトもLED化する。断熱を良くして、高効率な室内環境を作る。そんな話は本日のブログに書いた。
ボクは1988年のダカール以来、パリ北京やパリルカップを含めると、7度のクロスカントリーラリーに出たことがある。持ち込んだ車は12台かな?全てランクルで、すべてディーゼルだった。モンゴルのオフィシャルカーもディーゼルが大半だ。
いつも「いつかはガソリンで闘いたいなあ」なんて言っていた。もうひとつ言えば「1度で良いから4独でやりたいなあ」って思っていた。でもいまや主戦場はディーゼルになった。
つまり一時はリストリクターの規制が、ディーゼルに有利だったというのはあったけど、それもこうした環境施策の一手だったのかもしれないと思うと、FIAももう少し評価されてもいいかもしれない。
新しい時代のディーゼル!!手に入れてみようかな。
きょうの一枚
新型パジェロ GR 3.2Lコモンレールクリーンディーゼル・・・おっとATしかないか。360万円也。トルクは45kgmを2000回転で獲得するんだね。で重量は2.2t。うーん、これでは売れないような気がするなあ。それにエンブレム大きすぎ!!もっと軽くて、なんちゅうかな、もっと・・・。
2011/02/03 (木曜日)

「環境レギュレーションの続き」
特にラリーモンゴリア創成期(当時ラリーレイドモンゴル)より、環境問題には真剣に取り組んで来ていた。どうもこうした自然環境をフィールドとするスポーツは、環境問題に対して弱いまたは悪いと思われる立場にある。さまざまな取り組みも、ときに単なるエクスキューズだと、自問することもある。
たとえば燃費をテーマに、エコチャレンジ部門の創設もあった。これの運営は我々の実力では厳しかった。ラリーと同じ距離で競うのだから、1日の行程を朝までかかるというのは自明のことだ。それはオフィシャルの消耗を強いた。確かにスーパーカブが完走すれば、どんなに時間がかかってもエコチャレンジという競技ではプリウスをしのぐことが出来たろう。しかし走り続けることは、困難を極めた。省エネルギーを競う裏方は、はるかなエネルギーを消費していた。誰も指摘はしないけど、全く本末転倒な話である。
こうしたことも踏まえて環境レギュレーション作りをしていこうと思う。つまり主催者も参加者も共に考え、同じように規制を受けるべき環境レギュレーションだ。
養老孟司先生のあまたある文献を読むまでもなく、温暖化の原因は石油の消費である。50年後に50%のCO2削減を唱えるのなら、簡単なことだ「年に1%ずつ蛇口を絞れば良い」のである。新興国がどうの?とかはともかく、まず、ぼくたちも考えてやってみようと思う。早くからプリウスに乗られている方は、本当に見事だと言おう。
ラリーモンゴリアでも、ヘリの飛行計画や、全体の行程を考えながら総エネルギー使用量を検討してもいいように思う。また、燃費の問題も各自の問題として捉えようかと思う。今回は無理でも、航続距離をkmだけではなく、燃料量で考えるという方法もある。おのずとタンクを大きくするという考え方から、燃料消費の良いエンジンへの置き換えが進むだろう。ラリーなどこそはそれが必要なのだろうと思う。
急いで取り組めること、時間をかけて取り組むこと、さまざまに考えようと思う。環境問題におけるタイムペナルティも、取り組もうと思う。たとえばそれは「抗議を受け付けない」として、ビバークで自車の5m以内に投棄物があれば、10分のペナルティとか・・・えっ重い?誰かがいたずらをする?まあ、いろんな意見もあるでしょうから弾力的には考えようと思います。
この話の続きはまた。
きょうの一枚
モンゴル、この美しい環境は、今その前に立つボクタチだけのものではありません。しかしまたその地に立つことも、大切なことです。知ることは、それを愛することのはじまりです。

2011/02/01 (火曜日)

「環境レギュレーション」
ラリーモンゴリア2011も、間もなく本格的な準備が始まります。今回は新たに環境レギュレーションを設けようかと思っています。あの美しい大地をいかにローインパクトに使うか?大会の創成期より求められていたもので、常に検討をしていました。
しかし近年増大ずる一方のゴミの問題。いかにこれを低減させ、いかに合理的な処理をするべきか。ばかりか、多くの行為そのものを、どのように環境コンシャスにしてゆくのかを、今年の大きなテーマとして考えを深めていき、かつ行動を起していくかを考えてまいります。
私たちの規模のラリーでも、本当に驚くほどのゴミなど・・・出ます。昔のパリダカでも驚いたものですが、いったいいまのダカールは、どのようにしているのか・・・もう一度しっかりと勉強させていただきたいものです。
イベントというのは確かに非日常です。アジアカップの表彰式にも紙ふぶきが舞い、華やかさは絶頂を迎えるのですが、その影には大掃除が待っています。あらゆる祭りのあと・・・つまり「あとのまつり」ですが、さまざまなものを多くの会場で見てまいりました。一人ひとりが持ち込んだものを持ち帰れば、掃除なんて不要です。
大観客が立ち去った跡のスタジアムは、いったい・・・中にはサポーターたちでゴミを掃除して帰るというケースもあるようですが、それが美談となることにも問題があるようにも思います。
いまだに散らばる道路の空き缶。日本人の品格は、言うほどではないかもしれません。大阪の高速道の高架下を見て、唖然としたのはそう古い話ではありません。ボクたちの田舎でも植え込みに突き刺さる空き缶は、山のようにあります。林道脇には不法投棄されたゴミの山・・・いっぽうで語られる「美しい日本」とか。
さあ、行動を起さなければなりませんね。日本がスラム化しないように。そして多くのイベントが美しい環境の中で営々と続けられるように。
「もっと、美しく」
かつてSSERが掲げたテーマです。今年ももう一度この精神をかみ締めて、身も心も環境も「もっと、美しく」であります。
きょうの一枚
http://www.eic.or.jp/library/gomi/top.html

 

 

 

Organisation Voice 2011/01

2011/01/31 (月曜日)

「時代を読み解くと、やはり大人が悪いかも」
まず大雪被害、さらに新燃岳噴火被害にお見舞いを申し上げます。とくに霧島連山は先の九州4デイズツーリングで、近くを通りました。都城からお手伝いにお越し頂いた皆さまには、本当にありがとうございました。ちょっと変ですが、この場を借りて御礼とお見舞いを申し上げます。被害が最小に終わりますように念じております。
——————————————————————-
サッカー日本代表のザッケローニさんは、ボクと同年代だ。日本ではこの世代は団塊の世代の直下、まあ団塊の世代子分世代とでも言うのか。その時代、まあ就職する時もかなりな確率で志望が叶った時代だし、何かと上手く行った。世の中が大きく成長していたからだ。それにすぐ上の世代が広く歩きやすい道路を造ってくれていたからなのだが。それに気づきもせずにボクタチの青春は、まさにいまの中国のように?「ブイブイ言わせていた。」すこし狂気の時代でもあったはずだ。
企業も多額の交際費を使い、若造にも夢を見せてくれた。帰りのタクシーの心配を(今ではタクシー代の心配)していた。まあそれを「勘違い」とも言うんだけど。「あの頃が正しいのではなく、今の時代が正しいのだ。」なんて言葉も聞くけど、あの時代も正しかったなんて思ってはいない。ただ何か構造的には少し違う。
いつの時代も大人は「最近の若い者は・・・」と嘆く。自分の若い頃は、もっとちゃんとしていたと思うのだろうか?
あの監督は、このしばらくは多くのメディアから嵐のような絶賛を得るだろうと思う。その最たるものは、いまの若者から理解されるリーダーシップだ。いつの時代にも、どの組織にも良きリーダーはたくさんいると思う。しかし実力と強い運だけで頂点はつかめない。プラス「なにか」が絶対に必要だ。いまの時代は、日本に足りないその「何か」が求められているのだろう。
多くの国民はスポーツに「なにを見るのだろうか」と考えると、それは「夢」を見るんだろうと思う。力を感じるのだろうと思う。それがその「なにか」をひも解く鍵かもしれない。
さて、ぼくたち大人は若い人のことは嘆いても、あの監督のように抱き合ったか?心を配ったか?信じたか?任せたか?・・・なぜか、ぼくたちが若かった時代は、今にして思えば、そうしてもらっていたような気がする。
きょうの一枚
あまたのブログにこうした記事がかかれるだろうけど、ちょっとトライしてみたので写真もこんな感じ。
2011/01/28 (金曜日)

「ガンバレ!ニッポン」
なんか日本の国債の格付けが下がったとか、首相が「疎い」発言をしたとか・・・もうそんなことはどうでも良いよ。だいいち格付け会社だって、逆にこちらが格付けしたらいい!!そんなことでマスコミも騒ぐことは無い。だいいち、今の日本格付けが下げられたくらいで驚かなきゃいかんほどの経済状況じゃないだろー。
モンゴルに行くと、思うことがある。人口は愛媛県くらいだ。最近は少し増えたけど愛媛県に高知県を足したほどは無い。ウランバートルの人口は、松山市くらいだ。広さもだ。最近は少し増えたけど松山市に高松市を足したほどは無い。まあ、四国のほうが大きいというわけだ。GDPもおそらく四国くらいだろうか。調べるのは簡単だけどまあいいや。
しかし、違う。
ウランバートルには、各国の大使館があり一国連加盟国のキャピタルとしての機能があるし、それはプライドだ。松山の中心街に行くと、だんだん寂れていく姿がそこにある。それでもまだウランバートルよりは、経済的には大きいかもしれない。しかし決定的な何かが違う。それは街を行く人たちの表情だ。
これから日本は経済的には大きく発展しないかもしれないが、それでも良いと思う。ただ「夢」や「希望」が持てる、そんな風にはなってほしいと思う。アジアカップに投影された日本は、「結局上手く行かないよ」という諦めにも似た負け犬根性が「やや、やれるじゃん!」と思わせたことだとすれば、スポーツの功績は大きい。同点に追いつかれた日本経済!もう頑張っても、政治が悪いからどーのこーの、って言う今の日本。
ちょっとガツーンとやろうじゃないですか。
きょうの一枚
郊外から見たウランバートル

2011/01/27 (木曜日)

「タクラマカン横断のこと」
この秋にはタクラマカン横断に行きます。まもなくご案内をしますのでお楽しみに。というのも、刺激を受けたのはやっぱNHKの「WONDER×WONDER」どーしても、冒険の地図は胸に持っていないわけには行きません。特に今回は、取って置きの計画があります。ひとつは、これまで万里の長城の西の果てとされていた嘉峪関。最近の説では、万里の長城はカシュガルまであったのではないかという学説と新聞報道・・・
2005年9月22日に書いた「彼方へ」最終章はこんな内容だった。
「地図上の旅」
ラリーレイドモンゴルという名のラリーは、これで全ての幕を下ろした。悲劇的な終わり方だが、とにかく、終わった。開放感と喪失感が交互に訪れ、心を揺さぶる。何から開放されたのか。何を失ったのか。それをハッキリさせることも必要だった。
サラリーマンの生活を終えて20年。いったいどれほどの距離と時間を、ラリーに捧げたのだろうか。虚しさだけを感じていては立ち直れない。ケジメをつけなければならない。やめると決めたのは自分だが、そのことを決定付けたのは、今回の事故だったかもしれない。しばらくは、モノをいうのも億劫だったし、帰ると忙しい日々が待っていると思うと、めまいさえ覚えた。
帰国便は、ゴビの上空に差し掛かった。窓ガラスに額をつけて、二度と帰らぬゴビのことを思った。遠くに草原が見え始めた。内蒙古だ。やがて中国の領域に入る。赤茶けた大地が見える、黄土高原だ。その下に見えたのは黄河だろうか。膨大な時間をさかのぼって、黄河文明のことを思った。
「そうだ、今度ゆっくり中国を旅しよう。楼蘭だ、楼蘭に行ってみよう。自分で運転していけるかなあ。」
頭の中にある世界地図を広げた。タクラマカン砂漠が広がる。そうだ、あのパリ-北京から今まさに10年だ。なにかが、そこに在るかもしれない。そう思うことで心の均衡を保った。
機内のアナウンスは、日本がすでに秋の気配を纏っていることを告げた。気温は低く、急激に秋の訪れを感じたモンゴルのそれと、さほど変わらないではないか。
成田に降りた。思い疲れを引きずって四国に向かう。
「そうだ、タクラマカンだ。」
事務所に帰るや、デスクの上に貼られたメモを全てゴミ箱に投げ込んで地図を広げた。
万里の長城は、嘉峪関までだ。ここはパリ-北京のビバークだ。9月の下旬で寒かった。そしてその西にタリム盆地、幻の湖といわれたロプノールさえ地図に書かれている。そしてそれらを取り巻く地名。もう眩暈を覚えるばかりだ。「トルファン、ウルムチ、いや待てよ。ウルムチから北に延びている道がある。カザフスタンと中国そしてモンゴルの国境が接する。そこに友誼山というのがあるぞ。4374mだ。山頂近くで3つの国が国境を接している。右に行くとホブドからループを描いた忘れることのないラリールートがある。ああ、行ってみたいものだ。」
こうしてまた地図上の旅がはじまった。 (第76回 終わり)
これは2002年の事故のあと帰国する飛行機の中と、帰りついた松山での僕の感傷というか思いを書きなぐったものだった。こうしてOVとか「彼方へ」とかに書いたものが、実は実現し続けていることに時々驚く。
そしてきょうの一枚は2007年10月12日のOVの写真のキャプションこんな記述が添えられていました。
「これがその有名な?嘉峪関故城です。西の果て万里の長城の尽きるところ。ここから西には魔物くらいしか棲んでいないと思っていたから西遊記は面白いのですねえ。でもまだここから先にも玉門関とか長城の跡らしきものもあるのですがねえ。」
つまり今年のタクラマカン縦断の旅のテーマが見えてきましたね。果たして万里の長城はタクラマカンを越えたのか?というところです。これに関するボクのOVの記述は2010年12月6日付け添付の地図は検討中の敦煌から天山南路、西域南道の行程計画!!
「中国からの便りは、タクラマカンへのお誘い」
中国のSSERのコレスポンダントのひとつ(主にSSERのシルクロードやチベット・チョモランマ辺りを担当している)上海のイベントでRally Mongolia 2011 のプレゼンテーションを行いました!というメールが届きました。彼らは、なんと1992年のパリ北京の時に、まだ若い頃だったのでしょうが、当時の勤務先でコーディネイトをしていたのだそう。じゃあ、ボクとも会っていたかも!?なんて話で盛り上がったのも数年も前!!最近もヨーロッパから北京を目指したヨーロッパの自動車メーカーのイベントをコーディネイトしたり・・・とにかく途方も無く難しい許可を取ることをやってのける人たちです。
そこから「レイド・トレック・タクラマカン2011」のボクのリクエストに応えてルート図が送られてきました。
スタートは何度かお話している通り、甘粛省の嘉峪関です。
実はここが万里の長城の西の果てだと言われてきていたのですが、ボクにはずっと異存がありました。だって敦煌の西にある玉門関など、どうみても長城に繋がるものではないかと・・・その周辺にも峰台のような土塁が多く見受けられます。そうこう考えているうちに数年前に「漢代長城は新疆から黒龍江上流まで」という記事。つまり甘粛省が西の果てではなく新疆まで延びていたのだという学説が発表されたのです。それも21世紀になってのお話。
当時の記事では「新疆にも長城は存在していた。漢代には、長城は玉門関からその西方の塩澤(羅布泊)地区まで続いていた」との見解を明らかにした。「古代に新疆に長城が築かれたのは(中略)漢の武帝が張騫(ちょうけん)を西域に派遣したことにより西へ向うルート=シルクロードが開かれた。シルクロードの開通後、通商団の往来の安全を守るため、新疆に長城が築かれた」と説明している。羅布泊・・・ロプノールのことです。塩澤とは干上がって膨大な塩の海となった今の姿を表しています。
そのほかにもこんな記事が「万里の長城の西端はこれまで考えられていた甘粛省の嘉峪関ではなく、新疆ウイグル自治区のロプノールまで続いていたことが最近の考古学調査で明らかになった。この発見で、長城の長さは500km長くなったことになる。さらに西のカシュガルにまで続いているとの推測もある。」
まあ、なんとも壮大な話で6500kmと言われた長城の総延長は、「中国政府国家文物局と国家測量局の調査(2007-2008)によると明代の長城の総延長は、8851.8kmうち煉瓦などで造った「人工壁」は6259.6kmで、残りはがけなどの天然の地形を利用した壁と発表した。」(2009.4.20 朝日新聞 )
これらを総合すると、ボクの描いたとおりタクラマカンを行く隊商を支えたサライは、もっとたくさんあって繋がっていたのではないか?と考えることが出来るのでありますね。
今回のルートは、
1. 北京から嘉峪関までは航空機で。これは時間を短縮するために。中国国内免許は天津で取得します。約30分くらいの講習で受けられるように特別に計らって・・・
2. 嘉峪関の周辺を探訪します。ここらはマイクロバスで。黄河と長城が交わる辺り。
3. 嘉峪関スタート敦煌へ・・・1日の行程です。天候は100%晴天です。濃いブルーの空。井上靖の小説「敦煌」の世界へ。夜のバザールで食べるシシカバブーも。
4. 敦煌出発して玉門関経由で、善善(ゼンゼン)・・・ここは南にタクラマカンの巨大砂丘群を見るのですが、敦煌からダンダンウイリク、それに繋がる無くしたピストがあるのではないかと・・・睨んでいるのですが。
あー、書き出したらキリが無いので。地図は日本語のものに置き換えて見てください。ボクは昨年の尾上さんに挑戦!でサイドカーで行こー!!と思っていますよ。またTV番組を作りたいけど、いいやFUTUREもあるし。石原さんは何で行く?
すいません古い文書やOVで・・・でもボクの思いを積み重ねてきたプロセスとしてお読みくださった方には感謝・・・でもここまで読む人はいないかもですね。
2011/01/26 (水曜日)

「やっぱ、尖がっていることだね。」
NEWS POST SEVENにこのような記事がありました。
「・・・アメリカのコンサルティング会社インターブランドが発表した世界の企業ブランド価値ランキング(2010年)によると、日本勢はトヨタ11位(2009年8位)、ホンダ20位(同18位)、キヤノン33位(同33位)、ソニー34位(同29位)と、トップクラスの下降傾向が顕著だ。日経BPコンサルティングが中国の北京と上海で行なったブランドイメージ調査でも、日本勢は北京でソニーの54位、上海でキヤノンの34位が最高という結果だった。
アメリカが衰退したといってもトップブランドは少しも衰えていないことを考えると、ブランド価値・ブランドイメージの低下は、日本企業にとって実に由々しき問題である。今から20年ぐらい前の日本企業は、AV機器をはじめとする多くの分野で、世界のどこに行っても強かった。
自動車も同様だ。日本の自動車メーカーは世界最大のアメリカ市場を攻略するため、その特徴を徹底的に研究して新車開発に取り組み、華々しい成果を上げた。日産自動車が1969年にアメリカ向けのスポーツカーとして投入した「フェアレディZ」は、爆発的に売れてポルシェのシェアを大きく奪った。トヨタ自動車がアメリカ市場でメルセデス・ベンツと戦うために1989年から展開した高級車ブランド「レクサス」も、数年でアメリカにおけるベンツ全体の売り上げを抜いた。そうした成功体験があるにもかかわらず、近年は日本企業の多くが海外本部を縮小したり、現地事務所をたたむなど、“本土撤収”“本土防衛”の方向に動いているため、かつてのような国別対応が難しくなっている。しかも経営陣が、コストダウンのために機種を絞り込まねばならない、という“縮み思考”になっている。
その結果、いま何が起きているかといえば、エレクトロニクス製品の場合は、すべての主要国のニーズに対応できるよう本社のエンジニアが多様な機能を一機種に詰め込むあまり、過剰スペックで容易に使いこなせない複雑な製品を量産している。
自動車の場合は、どの国でも売れるように世界の平均値を取ったモデルが増えている。だが、そういう車は1970~80年代にGM(ゼネラルモーターズ)が失敗した「Tカー」「Jカー」のグローバルカー構想(※注)と同じで、実際はどの国にもぴったりとはフィットしていない。
【※注】グローバルカー構想/基本的プラットフォームを共有することで開発費を削減しながら各国の国情に合わせた製品を派生させるという構想。・・・・・」
日本はモノづくり先進国だったけど、ブランドをしっかり生み守れなかったという点では、やはり価値を創造できなかったということでしょう。それにしてもまさかの日本ブランドの失墜。このままでは日本は部品製造業のみのモノづくりになってしまいます。テレビでも、小さな部品の世界シェアがどーのこーに・・・モノづくりの古き良き時代のパラダイムにドップリ。世界のパラダイムは、全く別方向に向かっています。
たとえばアップル。いま彼らが生み出しているのはモノではなくて、新しい価値であり、大仰に言えば新しい世界の現出を目指しているように思えてなりません。
大きな企業である必要はありません。上場企業であるとかベンチャー企業であるとかは、これまた関係ない様な気がします。やるべき尖がった事が、見つかっていて、それを新しい価値として産み出せる力があるか否かが問われているように思います。
きょうの一枚
これはギャグ?そーいや、ちょっと前に関空で手裏剣所持で騒動を起していた大の日本ファンのジョブス。こんなiPod Ninja star・・・が発売されるとかという記事がずっと前にあったので探してみた。あった。多分これを所持していたに違いない・・・そんなことはないか。

2011/01/25 (火曜日)

「欲しいものばかり。ブツヨク回復中のボク」
そーそー、昔から仲間内には必ず1人はモトグッチ乗りがいて、まあルマンIIとかだけど。そいつは決まって「グッチ使い」という風に形容される。いいじゃんグッチって・・・そしてボクも、ふらふらとグッチを手に入れた。いや随分前のことだけどね。マーニ・アルチューロ。野口君にシートを何とかしてもらい、「ああ、懐かしい」という感覚で、こっそり高速道で高知なんかに行ったりすると翌日はひどい肩こり・・・やっぱりこのポジションはおじさんには無理なのか・・・どーしても売って欲しい・・・という人が現れて手放してしまったんだ。
この写真2002年10月10日のOVのヒトコマ・・・今日の一枚から「マーニ・アルチューロとBMW-R80G/S-P/D。この2台が事務所のロビーに停まっているのは初めてのことです。興味のある方はお早めにお越しください?このマーニ・アルチューロは89年製モトグッツイの1000cc Vツインにパラレログラモにオーリンズが奢ってあります。フロントはフォルセラのフォーク、キャブはケイヒンのFCR、当時の主流のモディファイがなされてます。シートは野口君に再成型してもらい、黒のバックスキンに赤糸で縫い上げてもらってます。素晴らしい乗り味が楽しめます。とBMWのフラットツイン。これはパラレバーになる前のモノレバー時代のもの。軽さがウリですが、まもなく博物館行き寸前。こちらは WPが!そういえば GSベーシックがWPを純正装着してリリースされたときには、少なからずショックを受けたものです。この2台もちろんフィールドも違えば、個性は違いますが不思議と共通点も少なくありません。で、このGS、果たしてガストンライエミーティングで走るのか?」
ねっ。なんかちゃんとバイクと対峙してるボク、ようし。と気になってたV7Racer・・・ダメだ、また限定だ。いけない気持ちが抑えきれないけど・・・価格は未発表?だけどV7Cafe Classicはリーズナブルだし・・・でもサイドカー計画もあるし・・・わーーどーしよ!?コーノサン!!
きょうの一枚
ということで今日は2枚。ボクは今日も元気です。

2011/01/24 (月曜日)

「夢は、いっぱいあるよ。」
「北京-パリ2010」のテレビ放送のことはブログに書きました。45分にまとめられたそれは、きっとNHKはBBCからでも買ったのだろう、と思っていました。エンドロールをしっかり眺めてみると、どうも取材チームが同行しているようです。それはさぞ、大変な取材だったろうと思うのと同時に、その費用をかけて45分はないだろうという思いです。もちろん事前取材にイギリスの2人組みの主婦の元を訪ねています。まだ船積みするよりはるか前のタイミングですから、相当な取材の企画。それならばもっと参加車両に着いて、詳しくリポートしたり、ルートの情報とか、もっと伝えなきゃいかん事が沢山あるはずだと思うんです。
でもまあ、ありがたいなと思うのは土曜日の夜8時の総合で、こうしたものが放送されるということです。
モンゴルの走行シーンが多かったのですが、驚いたことにボクは、どのシーンも「おお、あそこだ」とか「スーパーの日本語が違うなあ」とかって、思うほど。2007年の大会は、昨年と同じようにモンゴルの西部から北上しましたが、ロシアで大きく進路を変えていました。2007年は6月でしたからシベリア大平原を抜けていくには好適ダッタデショウ。エカテリンブルグやカザンを抜けて、モスクワ、サンクトペテルブルグとまるでボクタチの2007年の「西安-パリ」と見紛うほどでしたもの。そして10月に開催された2010はカザフスタンを南下し、カスピ海を南回りで抜けていきます。そしてトルコを横断・・・2008年にボクが何とかしたかったけど、なんとも出来なかったルート・・・いや、リスクを顧みなければ良かったかもですが。
こうして地球上には、沢山のロマンが残されているということです。ボクタチの知っている地球なんて、僅かに隅っこの一部分にしか過ぎません。もっと見たいし、もっと知りたい。ボクタチの好奇心は、ますます盛んです。尾上さんのブログには、ついにタクラマカンに行く尾上さんのサイドカーが、登場しています。「やっぱ右かあ・・」とボクの悩みも解消。
きょうの一枚
尾上さんのブログから頂いてきた写真。尾上さんちのガレージに収まるウラルだ。ということは、菅原さんのウラル(2台あるの・・・)は、この秋は空いているのだろうか?ボクは間もなく制作スタートの予定。忙しくて??持っていく暇が無いんだ。

2011/01/21 (金曜日)

「エモーションに舵を切るトヨタデザイン」
事務所に届く書籍は、もうこの1冊になりました。それは日経BP社「NIKKEI DESIGN」2月号の特集は表記の「エモーションに舵を・・・」実は、ボクもここのところ、そう感じていたんです。トヨタデザインが舵を切ったって。章男社長のイニシアティヴが発揮され始めたのだと。
これまでは合理性が高く、エモーショナルな部分を苦手にしていたトヨタ。しかも「j-factor」という、クルマという商品に対しては(しかも多種多様な展開をするフルクラスターのトヨタには)すこしばかり括りきれないデザインフィロソフィーを掲げていたように思います。ちょっと偉そうですいません。
世界で求められるものが「デザイン」になって久しい気がします。車台や部品の共有化の時にも感じた、1卵生双生児化現象の一抹の寂しさ。あのクルマの商品としての「夢」の放棄。さらに設計がコンピューターで行われる今の時代、最適を求めると究極的には同じようなモノになるといわれています。排気量を入力して、価格を入力して、座席数や基本的な方向性(スタイル)を入力すると、どのメーカーも大同小異の絵が出てくるといいます。違うところはエンブレムだけ、だからエンブレムを大きくするのだというのです。
しかし、数値化できない部分は幾つもありませんが、感覚や感情の部分、つまり完成領域。これが価値を決めていくというのもまた事実です。ラショナルなトヨタが、そうであるが上に苦手としてきたのではなく、最適としていた(昔から言い続けられた)大衆迎合主義から、大きく舵を切ったというのが、この時代の戦略でしょう。
2008年には2兆円を越える最高益を出し、世界の王座に君臨したとたん巨額赤字に転落したのは、日本国民にとっても背筋の凍る思いでしたね。その後プリウスの健闘などもあり、緩やかに回復基調の道を歩みつつも、大きな変化の時代に、どのようにこのクルマって商品を再構築していくのか。
大いなるトヨタの挑戦は、一大スペクタクルのように目が離せませんね。サッカー日本代表をあれほど応援する日本国民の皆さん!世界で最も戦っている日本代表トヨタも応援しようではないですかって、自分がランクル70を手に入れたから言っているんではありませんぞ!キッパリ。
きょうの一枚
そんなNIKKEI DESIGN 2月号・・・第2特集デザインを「買う」ことと「売る」こと・・・というのも見逃せません。じゃまた。
あっ、TDR2011、おまたせしました。沢山のお問い合わせ!!Blogも見てね、コチラ
2011/01/20 (木曜日)

「継続は力なり」
大寒ですってね。
「おおさむ」って読んだほうが、寒さも一層!なんですが「ダイカン」て読むと、なんかカッコ良くない?
近くの友人の事務所に遊びに行ったので、ブログ(コチラ)にちょっと書いてみたので見てください。ボクの事務所もそうですが、その友人の事務所は、さらに自然の中に溶け込んでいますね。
さて、今日は菅原さんにみる「継続は力なり」について考えました。ただただ続けることは力をつけることだとか、力があることを証明するためには続けなければならないとか、微妙に解釈は出来ますが。
「いやー、継続は力なり。ですなあ。」
とかって言われて
「どういう意味ですか?」
とは聞けないし。
この慣用句、いったい真の意味はなんでしょうか?そして出典はいずこや?孔子や孫子ではない様な気がしますよね。
ボクは徳島池田高校の故蔦監督の言葉だとばかり思っていましたが「???」
ちょっと他人のブログから拝借してきましたので、正誤のほどはお許し下さい。
それによると
「大正から昭和初期に広島で活動した住岡夜晃(すみおかやこう)と言う宗教家の詩から生まれたようです。広島の山村で生まれ、小学校教員を9年間勤めた後、職をなげうって親鸞の教えを説くことにその54年の生涯を捧げたそうです。
彼のその詩とは、「讃嘆の詩(さんだんのうた)」で、その上巻第一章の「若人よ一道にあれ」の中の、終盤七項目の二番目に詠っている次の詩にあります。
青年よ強くなれ。
牛のごとく、象のごとく、強くなれ。 真に強いとは、一道を生きぬくことである。
性格の弱さ悲しむなかれ。 性格の強さ必ずしも誇るに足らず。
「念願は人格を決定す。 継続は力なり。」
真の強さは正しい念願を貫くにある。
怒って腕力をふるうがごときは弱者の至れるものである。
悪友の誘惑によって堕落するがごときは弱者の標本である。
青年よ強くなれ。 大きくなれ。
以上」
素晴らしい言葉と、その溢れるばかり言葉の力。「真に強いとは一道を生き抜くことである。」
と、そこに菅原さんに通じる「継続は力なり」の本質が掲げられている様な気がします。紆余曲折はあったでしょうが、いやあるべきだし、なければおかしいのですが日野自動車の20年にわたるパリダカへの継続参戦と、これを区切りとせずにさらに継続し、日本の自動車メーカーの体質に問いかけるほどの、一道を貫くという姿勢を示していただくことを、心から念じております。
悪友の誘惑というのは、想像がつきますよね。日本の自動車メーカーが夢をなくした最大の原因は良い奴ぶった悪友の誘惑にあるのではないでしょうかね。
きょうの一枚
ラリーモンゴリア、スタート前の余裕の菅原さん、自らが丹念に作り上げたラリー・ジムニーです。赤いTシャツにグリーンのTAKATAのシートベルト。なかなか素晴らしいです。カミオンとジムニー、その双極にあるものですが貫かれてる精神は同じかもですね。
2011/01/19 (水曜日)

「試走ツールを進化させる計画」
そもそも25年の長きに渡り「試走=コマ地図書き」をしているのですが、使っているツールは、この4半世紀ほとんど変化無しです。まあ初期のころにGPSが誕生して、モンゴルは第1回大会の試走ですから1994年より、もちGPSは使用しているのですが・・・
最近の試走の悩み、それはデジタルデバイスを使えばどーにでもなるのでしょうが、ボクは実にこれらに懐疑的。とくにモンゴルの奥地でのトラブルは・・・
そのためマップツインも、多い時は2連装+スペア×2台以上の試走用計測車両!という念の入れよう。さらにGPSのデータロガーもマウントして走行していますが。機械的なツイントリップで、ふっと気がついたら止まっていたりします。さらにはカウンターの動きが遅くなっていて、1kmを走っても500mくらいしかカウントしてない!なんてことも。どこから狂い始めたのかが分からなくて・・・全て走り直さなきゃなんてことも、過去には何度も。そうしていると、前を見ているよりもツイントリップ(またはマップツイン)のカウンターを、いつも見ている自分が・・・時には「60km/hキープで走って」と言って、1分間にちゃんと1km走っているのか?常にチェックする癖がついてしまっています。
それでも沢山のコマ地図の中には、帰国して清書する時に「???」というものがあります。こんな時には2号車のコマ地図を頼るわけです。書き上げたコマ地図を2台の車のコマ地図と見比べて、距離や図を突き詰めていく作業をするのですが・・・これがSSERのコマ地図の精度の高さを誇っているのですが・・・まれに、距離やCAPなど数字が全く違う。または図の左右の方角が全く違う・・・などの場合があります。いやほんとうにあるんです。これを解決するには、ひとつのコマのために数日を費やすことや、最悪は現地の確認(まあこれはTBI程度です)に行くことも。最近ではいかんと思いながらも、グーグルアースで解決したことも。そんなことでグーグルアースとはプロユース契約で、年間使用料を払っているんです。
これに対応するために、GPSポイントのデータと、ツイントリップのデータを取り込んで前方の風景を撮影するデジタルカメラを探そう!というプロジェクト。イギリスのBrantzというトリップカウンターには、ビデオに取り込める端子が付いたものがあったりします。もう少し研究をして見ますが、どなたか良いアイデアがあれば教えてください。
でもコマ地図の図は手書きのままで行きますよ。
きょうの一枚
これはサーブマスター。基本的には道路の保守点検用の記録のために開発されたのかな?下のほうは、まるでマップツインだね。SSERではもう少しこれらの研究をして、商品化?を計画しようかという声も。

2011/01/18 (火曜日)

「やっぱ、夢を語らなきゃ。」
菅原さんたちの活躍は、多くの国民にどのように映るのでしょう?自動車メーカーの方には?政治家たちには?確かにメディアが弱いので、どこまでの方々にその姿が到達しているかは、はなはだ疑問ですが。明るいニュースの少ない日本で、こうした記事にもっと一般紙も地上波も、スペースを割いて欲しいものです。
ところでメディアの批判ばかりもあれなので、少しは持ち上げるとします。ここのところ「どうすれば日本を元気にさせれるか?」そういう意思で企画している番組も増えています。まあ悪い意味ではなく危機感が透けて見えますよね。いやいやメディアも、なかなか考えています、いや立派です。メディアの人間も消費者であり一国民でもあるわけですから。
ところで元気な日本を取り戻す企画も多くは「儲けの仕組み」ではありませんか。
もちろん「儲け」は必要なものでしょう。でも「何を儲けるか?」もまた必要です。
アップルの営業利益率は28.9%と発表されて、でもジョブスは病気休養!!「夏には帰って来る」と宣言しましたが、心配ですね。彼もまた大きな何かを得て、大きな何かを失っていることが分かります。アップルがこの調子なら・・・と調べてみたら、DELLは4.1%まで落ち込んでいます。もちろん日本のハードメーカーも。じゃあこのアップルの恐ろしいほどの利益率だとインテルはどうなったのか?(あーー、やっぱボクも下世話だわ。)2007年をピークに急速に業績を悪化させていたインテル、この2010期は、なんと売上で84%増!!と驚かせます。でもスマートフォンやタブレツトPCに後れを取ったインテルが・・・ああ、政治も企業も現代は「一瞬先は闇」ということではありませんか。その速度は、どんどん加速していっていますね。
まあ政治の話は、避けて通りたいのですが・・・「伊達直人は子供たちにランドセルを背負わせた。菅直人は子供たちに借金を背負わせた。」なんてギャグが、語られるようになっています。子供たちの肩に必要なのはやはり「夢」だろうと思います。バブルでわが世の春を謳歌した世代も、そろそろ年金受給者になる頃。新しい時代の新しい夢は描けないものでしょうか?
ボクタチには明確にまだ夢が見えています。遠くの陽炎のようですが。菅原さんの見果てぬ夢も、また我々には大きな轍となって、まるで砂の中に残った1本のトレースが、徐々に濃くなってやがて道になっていくさまのようにも見えます。
きょうの一枚
「そのピストは、やがて砂の中に消える」
これはRally Mongolia 2011のプロモーションビデオの一コマ。仮に消えたとしてもそのピストは再び砂の中から現れるはずです。夢を追って今年もモンゴルに新しいルートを開きます。

2011/01/17 (月曜日)

「好奇心は、お変わりありませんか?」
ダカール無事にゴールしました。熱い戦いでしたね。ダイジェストにして「FUTURE」で紹介できれば良いのですが・・・あとで相談してみよ。そのダカール主催者ASO(麻生さんはダカールに行ったときに、偉そうにできたかも・・・)昔うちのチームに「布袋」というのがいて、スペルはHOTEI・・・どう見てもホテルで、TSO(当時はね)のおねえさんは笑ってた。・・・すいません話がそれました、そのASOのサイトを見ても、このところのセキュリティの強化・徹底ぶりや環境問題への意欲的な取り組み、またそれらを広くPRするなど、こうしたイベントの持続的な発展に積極的なことが窺われます。
持続的な発展、と書いた時に少しだけ背筋に冷たいものを感じるのは、何もボクだけではないでしょう・・・その持続的発展というのは、持続的でない可能性が高いからそう呼ぶのでありまして・・・「以前は受け入れられていたのに、最近はさっぱりです。」とは4輪ラリーなどの関係者もボクタチと異口同音。そうかと思えば道路工事関係者たちも同じ悩み「以前は、家の前を工事していてもご苦労様、ありがとうございます。と皆さんにそう言っていただいていましたが、もうここのところは、何やっているんだ!うるさい!迷惑だ!ばかりです。」こうして恩恵を受けるにしても、怒るというのは今までの日本人にはありませんでしたよね。鄙びた県道を午後の6時30分に50台ばかりのバイクが通るのさえ、「気に入らない」という方が増えています。すいません話が大きくそれて、ボクの愚痴のようになりましたが・・・
つまりダカールにしても、持続的発展に大切なのは、その国(場合によっては地域)の人々のウエルカム度合いでしょう。そう考えるとチリもアルゼンチンも、素晴らしい開催地であることに論を挟むことはないでしょう。アフリカへ回帰するという憧憬は捨てがたいのですが、なにも南米であっても問題はないのだということが分かります。
ただここのところの気候変動による、不気味さはどの地であっても変らない主催リスクをはらんでいます。来年のダカールはブラジルもルートの予定ですが、今回のダカールの期間中のブラジル南部の豪雨被害も、深刻です。今日のニュースでは600人を越える死者を出しています。
さてそのラリーも、北へ行くほうが商業的には良いかもしれませんがボク的には南へ、つまりパタゴニアに下るのが興味深いなあ・・・と思います。パタゴニアに行ってサンタクルス州のクエバ・デ・ラス・マノス(手の洞窟)世界遺産、を見に行きたいなあ。これが9000年前のものらしくて、ネガになっているのは、鉱物系の塗料をスプレーで吹き付けたんだそう。モンゴルにも壁画がいくつかあって、全く同じものがカザフスタンにもある。あれはいつのものだったのだろう。
と、冒険の旅はこうして好奇心を満たす旅でなければならないとも思っているんです。ボクは。
きょうの一枚
これはブラジル、リオの豪雨被害を伝えるニュースから。2枚目はパタゴニアのサンタクルス州にある世界遺産「手の洞窟」

2011/01/14 (金曜日)

「昨日は友人らと、バイクの話をした。」
かつて輝いていた日本のバイクメーカー。今その輝きは失われてしまったのだろうか?なにかこう、海外勢に席巻された姿は、70~80年代のヨーロッパに日本車旋風が吹き荒れた時の、あの姿を反対の立場で見ている様な気がしてならない。あの時のイギリス人の心境はこうだったのかもしれないなあ。「今に見ていろ」と彼らが思ったかどうかはともかく、必ず時代はこのように巡る。
はるか昔、1960年代初頭だろうか。マン島で日本のメーカーが活躍するや「遠い極東の島国にバイクメーカーが興った」ことをヨーロッパの人々は、少しずつ知って行ったはずだ。その日本メーカーが勃興した1960年代、にしても日本はまだ貧しかった。労働者の賃金も驚くほど安かったから、競争力のある価格でプロダクツできるのである。
あとは技術力と表現力さえあれば、瞬く間に世界を制圧できるのだ。日本のメーカーたちは大きな追うべき夢を見出した。それは多分、血が滾ったろうと思う。
だから、だと思うんだけどボクタチも実に「あっけらかーん」として、なんの躊躇もなく、なんだか分からないけど成長を重ねるほどに、バイクは希望に満ちているように感じた。情報が少なかったからと言えばそれまでだけど。
じゃあ現代はどうか。この覆い尽くすばかりの閉塞感はどこから来ているのだろう?やっぱり「希望」がないからなのだと思う。じゃあ「希望」とは一帯どこからやってくるのか?それはやっぱ「未来=FUTURE」からやって来るんだと思う。
良い時は危うい。その世界に覇を唱えていた時代(高度成長時代)に、過度な設備投資や、人件費の高騰、つまり超高コスト体質が出来上がったのだろう。
ほんとうは、そうなった企業から脱出して行って、自宅のガレージで起業するなんていう、新しいバイクメーカーが出来なきゃ、いかんかったのだが。
これも起業するのに掛かる規制やコストは、いまの日本では尋常ならざるものがあるんだろうと思う。つまるところ膠着状態なのである。
とかって、昨日はそんな話だっけ。
でも、バイクってどんな存在なのだろうか?どんな風にその楽しさを伝えればいいんだろうか?おそらくハードが高度に進化していた時代に、われわれのようにそのソフト・・・遊び方とかを・・伝える力が不足していたように思うのだ。
まだまだ存分な資源は残っていると思う。日本車だ輸入車とかというカテゴリーの話ではなくて。やっぱ乗って楽しいバイクのある生活を、1人ずつで実践してその声を大きくしていくことだろうと思う。やっぱりバイクに乗るのは楽しいからね。
んで「FUTURE」今年も頑張って・・・って、これはこれで苦しいのではありますが、堪えると未来=希望が見えてくるのでありましょう。ガンバレ-ニッポン!!
きょうの一枚
Honda RC181 500 1966-1967年マイク・ヘイルウッドのマシン。ボクは小学校の美術の時間(小学校でも美術って言った?中学かな?)このマシンの絵を書いて、何にかに入選した記憶が。
2011/01/13 (木曜日)

「ダカール、後半戦へ。」
どうも南米開催になってからというもの、ダカールの写真を見るたびに「水平は合っているのだろうか?」と思うほど、極端にカメラが傾いている、いや大地が傾いているのかもしれない。そもそも写真は、傾斜などが分かり難い。だから、スキーなどもそうだけど、実際の傾斜を表現するのには真横から撮らなければならない。ただしそこでカメラが傾いていては、ならないけど。
さてアタカマに戻って再びアルゼンチンに戻る後半戦。
昨日はジョナ・ストリートがステージウインを果たした!と聞いて、とても嬉しくなった。アメリカの友人からもメールがあって、ボクもとても嬉しいし、日本の多くの仲間やモンゴルのライダーたちも、大喜びをしているだろう!って送っておいた。
でもまあ、KTMの牙城は堅固だ。デプレ(TVではドウスプリっていっているけど・・)が数日前のSSのスタートで、グローブを忘れてコントロールゾーンの違反で10分のペナルティが着いたのも響くけど、まあ安泰だ。
そのペナルティの状況は良く分からないし、伝わってこないけど、拙い情報収集によると、グローブを忘れたままスタートしてコントロールゾーンの終わりを示すフラッグの手前で、コントロールゾーンを出てビバークサイトへグローブを取りに帰ったのだろうか?そうすると10分のペナルティというのは過小だし、コントロールゾーンに関するレギュレーションは、もっと厳しく堅持されなければならないはずだ。
またTVで言う様に「グローブをせずにスタートしたから10分のペナルティ」という表現も、なんとも介せない。グローブをしないなんて選択はないから、レギュレーションに義務付けられていない(と思う)
とまあそんなことでここまで考えなくても良いけど、トップのライダーについた10分のペナルティというのは、なにかと後々面倒なことにならなければ良いと願う・・・なんてのは主催者根性が発露だね。
きょうの一枚
そのデプレ。ライディングフォームから見ると、やはりカメラが気持ち右上がりで水平が出ていない様な気がするのですが・・・まあ表現は自由ですから。
2011/01/12 (水曜日)

「アントファガスタから。」
ダカールのビバークから1枚の写真が届きました。一昨日は休息日のスミルビッチさんとの写真・・・彼はパリ-北京の時にMITSUBISHI-PX33ていうクラシックな、まあボディ以外はパジェロですが4駆で参加していて、ボクと良く一緒に走りました。
さて、そのアントファガスタのビバークでは、ジョナ・ストリートさんがスガワラさんのところにやってきたそうです。ジョナは、すごくシャイで、こうしたラリー・ライダー特有のオーラを出しません。ライディングもどちらかと言えば地味で、なにかこう日本的な美学のようなものを感じさせます。その速さは、そういった立ち居振る舞いから、一層軽やかなものに見えてとても好感が持てます。
今回のダカールではマシントラブルで大きく順位を落としましたが(と言っても15位くらいかな)後半には、彼特有の粘りとクレバーさで挽回することでしょう。モンゴルでもジョナは、ほかの参加者たちのベンチマークになります。現代のダカールでステージウインを取ったり、ベスト5くらいに絡むライダーなので、そのライディングは、ほかの参加者たちが基準と出来るものです。
つまるところジョナは、日本人とモンゴル人にしか優勝者がいなかったモンゴルのラリーを大きく動かしたのかもしれません。またモンゴル人ライダーたちに、新たな目標をもたらしたと言っても良いでしょう。
ジョナとその周辺から2011のモンゴルに行く!という話は、何度か聞いていましたので、ダカールの最中にそんな話をしていると言うのを聞いて、ボクも感激です。
また今日はアメリカのチームからRider×10、4X4×1、サポート×4…なんてオファーもあり輸送や通関について打ち合わせをしました。もちろん、皆さんの良く知っている人でもあります。かなり大掛かりなプロジェクトになりますが、これはかならず実現させるべく努力をします。
きょうの一枚
そんなスガワラさんとジョナ・ストリート。ラリーの友達の輪!は広がり続けます。

2011/01/11 (火曜日)

「考えてみた。」
やっぱ「政治とメディアの役割」を感じさせる年はじめ、菅さんは報道ステーションに生出演!でも視聴率は6.9%、返す刀で(と言えばカッコ良いのですが)7日には、USTREAMにも出演。「まあ!」あのようなサブカルチャー的だと思っていたネット動画というメディアも、一国の首相が生出演なさるとは・・・って、ネットがメディアとしての存在感を大きくしたものだと思う。
小沢さんは既に、テレビよりもネットが好きだと公言している。時間的な制約の大きいテレビよりネットで自由に時間が使えたほうが言いたいことが言えるに決まっている。そもそもテレビなど既存のメディアで、菅さんは参院選前の消費税発言でやられ、小沢さんは政治と金の問題でやられ、誰が言うたか、この国の最大権力者はメディアだ!と。そもそもメディアというのは、媒体であるはずで、そこであまりバイアスを掛けるのはいかがか?という基本的な話もある。メディアの思惑というものが、あっても良いのだろうかとも思う。
話は関連するようだけど、ラリーなど主催者も一種のメディアだとボクは思っていた。いや、今も大小はそう思っている。参加者と大自然の間に立った媒体だと思っている。さまざまなことを大小は斟酌することがあっても、大原則である公平であるとか平等であるとかを常に考えなければならないと思っている。そこが既存のメディアより高邁なくらいだと思っている。
そこには自浄機能も必要だし、さまざまに耳を傾けることも必要だと思っている。強くもなくちゃならないし、優しくもなくちゃならない。そして通常のメディアと同じように、その存在の要不要は、常に問われていると覚悟しなければならない。レゾンテートルである。
大きなメディアは、誤ると国を危うくする。それは政治を超えた力があるからだ。危うくするということは考えを変えれば、良くすることも出来るということだ。それもメディアの存在意義を問われることなのだが・・・そういう努力をすることは止めたようだ。
ボクタチのいうラリーでも、ささやかだけれども変えられない存在意義は確実に感じている。国境を越えたスポーツの交流の場、ってことを言葉で言うのは簡単だけど、その場を提供し続けるのは困難も伴う。辛いこともある。
今日は、ボクタチの役割、とか存在意義からSSER ORGANISATION のリニューアルを考えてみようかと沈思黙考の1日となった。
きょうの一枚
「空海」
「虚しく往きて実ちて帰る」 これは遣唐使として唐の都に無名の僧として訪れ、そして帰国した時の空海の言葉。日本に多くの文化を持ち帰ることに。四国に生まれ育つと、なにかしら空海のことを良く知るようになる。四国巡礼の旅も、そして西安に行くようになるなんて・・・さらにTBI2011は、高野山にも行くかもしれない。そんななにかの不思議さを感じるなあ。

2011/01/07 (金曜日)

「DUNE、DUNE&DUNE」
「DUNE&DUNE」は、ラリーモンゴリア2011のテーマって、もちろん知っていますよね。そして今年はマスターオブゴビ・アウォードは、2つまたは3つの砂丘ステージの、合計で贈られる予定です。
さらに、「なに3つ目のDUNEってなんですか?」
「はい。もうひとつのDUNEは、タクラマカン砂丘地帯大横断レイドのこと。」正式名称は、「レイドトレック・タクラマカン2011」です。ボクはBMW R1200GS Adv.+サイドカーで参加する予定です。
大砂丘の合間を縫って「踏み入れると2度と出てこられない」という意味のタクラマカン800kmを大砂丘を眺めながら、大横断いや縦断ていうのかなぁ・・・を行います。大きな波間を漂う小舟のような感覚!!巨大砂丘群の中で地球を感じる・・・今年お届けする冒険の大傑作・・・になるはず。
もち参加するのは、それぞれ自分のバイクやクルマ・・・誰かは、電気自動車で挑戦!という計画書を作っております。間もなく参加案内の資料をお届けします。飛行機とホテル代などは、直接旅行代理店にお支払い頂くことになりますが、そうした旅行代理店と提携もほぼ整いました。
タクラマカンのど真ん中、すごい冒険のようでもありますが、そんなに困難なものではありません。まあバスも走っていると言えば走ったりはしていますから。ただ自分のクルマを持ち込んでとなると・・そして名だたるシルクロードのオアシスの街や遺跡を巡る敦煌出発敦煌ゴールの・・正しくはカヨクカン出発、敦煌経由敦煌ゴールです。自分のマシンを持ち込んで、ちょっと許可の難しいエリアのも完璧な許可を取って・・これこそがSSERの独壇場!!自分の足で走ってこそ・・・ということでルートの詳細はお楽しみに。
参加に関して興味のある方はメールをくださいね。
きょうの一枚
ウイキペディアより(写真・文とも) タクラマカン砂漠(塔克拉瑪干沙漠)とは中央アジア、中国の新疆ウイグル自治区にある砂漠である。語源は、ウイグル語の「タッキリ(死)」「マカン(無限)」の合成語と言われ、「死の場所」「死の世界」といったニュアンスとされる。「生きては戻れぬ死の砂漠」という意味が有る。サハラ砂漠に次ぐ世界2位の面積を持つ砂漠であり、タリム盆地の270,000km2をしめる。北に天山山脈、南に崑崙山脈と6000~7000m級の大山脈に挟まれているため非常に乾燥しており、降水量は年に数ミリ程度。過去は海または湖だったとみられ、標高は非常に低く標高がマイナスの地域もあり、最低海抜はマイナス130メートル。天山南路はタクラマカン砂漠を南北に迂回するように分岐し、北が西域北道、南が西域南道と呼ばれた。
周辺にはタリム河、ホータン河などの河川があるが、いずれも内陸河川である。なお、ホータン河は崑崙山脈の雪解け水が増える夏季のみタクラマカン砂漠を縦断し、タリム川と合流する季節河川として知られる。

2011/01/06 (木曜日)

「遊び人のブログ」
SSERのオフィシャルの古参のひとり、ヤマチャン。知らなかったんだけどブログをやっているらしいので、覗きに行くと [ヤマチャンBLOGはこちら]なにやらいきなりダカールのHINOレンジャー!!そして「ヌヌヌ!」ボクの写真。1998年。忘れもしません、このシチュエーション。あん時のマシンは、実はターボ、インタークーラー、VVSがついていました。それもモンゴルの試走チームで同じ仕様のものを持ち込んでテスト!本番でもテスト!すいません、若気のいたりでした。
でも「んー、ムチャッ速!!」でも排気ガスは真っ黒!やりすぎちゃったかも。で、意気揚々と乗り込んだまでは良かったのですが、1日目のシャトー・ラトゥールのプロローグ、あの超有名シャトー・・・フランス人参加者たちはワイン飲んでいるしー乾いた路面、気持ちのいい風。マシンは速いし、ときたら・・・ボクはマシンをヒット、ほうほうの体でゴール。

次のSS、つまりこの写真は、グラナダ郊外。でも35kmくらいあって、当然ボクは最後尾からのスタート・・・と思いきや、前が友川さんで後ろが増岡さん。見事に日本人が後ろから3台。ちょっと燃えましたね。ボクが友川さんを抜くのが先か、増岡さんがボクを抜くのが先か・・・でもこのSS、かなり成績が良かった様な気が・・・次のSS、つまりアフリカの1日目で、ボクはさらにマシンをヒットさせ、昇天!!なんだい!

さて、そんなこと考えていたらモンゴルの試走チームの装備計画をそろそろ。ということで、さまざまに高機能の大きなテントを検討中!!これならモンゴルの本番でもタクラマカンでも本部機能があるよな。というしろもの。まあこれは2つのテントとそれを繋ぐトンネル・・・試走の時の激しい天候と、寝る時の快適性などを考えるとこれかな。この状態なら10mもあるから、10坪以上あるのだね。

こちらのTHE NORTH FACE も良いかもね。ドッキングしまくると巨大空間が生れる。

2011/01/05 (火曜日)

「ボクの初夢は、ベルサイユ宮殿前のスタート」
珍しくパリダカの夢を見た。しかも初夢に。だいたい夢なんて見ても、覚えてなんか無いのにリアルな夢だったけど、いま考えてみれば良く分からない夢だった。昨晩は、チリのビバークの菅原さんから電話が掛かってきて、何かしら不思議な夢は、やや真実味を増した。
夢の内容はこうだ。
パリダカの車検会場。ボクはその日、急にラリーに出場することになった。何故だかは忘れた。でもクルマはどうするの?ということで、友達の車を借りて車検場に行った。クルマがラリー仕様だったかどうか?は、どうでも良かった。夢なのだから。それでゼッケンが貼られた。車検のあと歩いてると、友達がやってきてホテルまで積んでいくよ、という。乗ろうとするとロールバーが邪魔で乗れないけど、リアの部分はお座敷カーだった。
まあ夢なんてそんなものだ。でもその夢では、スタート会場はベルサイユ宮殿前だった。そこは初めて参加した1988年の10回大会。そして1998年の20回大会の2回だけ使われたと記憶している。ボクはその2回ともその地をスタートした。あっ、これは夢じゃなくてね。もうひとつ不思議なことに、なぜかその2回だけはランクル70だった。ホテルのテレビでスタート風景を眺めながら、自分のスタートを待つという不思議な感覚も味わった。
ダカールもさまざまな紆余曲折を観ながら、新しくなり続ける。この進化させる力は何も経済力だけではあるまいと思う。いつの時代にも「夢」を求める、ということに他ならないのだ、と思う。それが経済力を損なわない唯一の原則かのようじゃないか。
あの、胸を焦がした88年も98年も、もう遥か過去の事となった。ついつい新しいことに挑戦することにネガティヴな自分がいる。コンプライアンス、なんて言葉が悪魔の囁きをする。
でも、今年は新しいことをすることにしよう!!と思う。長く続いてきたことだって、全ーーー部!新しくしてやる。新しい道、新しい試み。新しい方法。そうしなきゃ、やっぱ、つまんない。
初夢を思い出しながら、新しい企みをまたひとつ、思いついた。
きょうの一枚
HINOさんのサイトから。3日目のステージを走る1号車。にしても、このふかふかの轍・・・厳しいねえ。タフだねえ。
ところでエントリーリストを見てると中国人のカミオンドライバーがいますねえ。ラリーモンゴリアにも、4名の韓国人選手が正式にエントリーをしてきましたよ。アジアにもクロスカントリーの熱が伝播し始めたというのに・・日本は。
2011/01/02 (日曜日)

「明けまして、おめでとうございます。」
なにかとたくさんの夢を描いて、日々を暮らすボクにとって、この年の改まった時のモチベーションはただ事ではありません。特に刺激を受けるダカール。その場に立ち続けた1988年からの日々。そして、ここへ来てボクの周辺に再び起こるダカールなど未知のルート、未知の風景など大陸への冒険への憧憬。それもこれも重く圧し掛かっていた90年代以降の景気後退から来る無気力な世界。そろそろ自分の力で立上らなければ、一度きりの人生に悔いを残す!というところでしょう。
今年は、新しいTBIに、向き合う。新しく魅力的な Rally Mongolia に、さらなる未知なるルートを広げていくこと。北海道&九州、ふたつの4デイズがコネクティングすること。SSER 3Daysという新しいフォーマット。美川スキー場のこれからのイベントの開発や誘致に全力を挙げること。
大変な多くの課題を掲げた2011。その課題の一つ一つが、夢の実現そのものです。どうか皆さんの熱いご支援をお願いいたします。
MOTOWORKSの店舗改装の模様はこちらGLOBE COMPETITIONのサイトからご覧いただけます。[URL]

きょうの一枚

大晦日の持ちつき大会でカオルサンが1番につき上がったお餅で作った雪兎ならぬモチウサギ。こんな子供のような心を持ったカオルサンも、もう還暦を過ぎたんですねえ。

 


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「モンゴル急接近」

2011/07/26
「モンゴル急接近」
今だから笑い話なんですが、やっぱ中国・天津でコンテナは全く動かず。ボクはもう発狂寸前だったということを告白しておきましょう。ちょうど北4のころ・・・
国際物流の問題なのか?中国の問題なのか?はたまた日本の力のなさなのか・・・とにもかくにも毎年毎年この輸送では悩まされ続けています。というか命を縮めているとしか思えないのですが。ひょっとしたら1990年代半ばのほうがスムースだったのかとも。
海外でラリーを開催するということは大きな楽しみでもある反面、自分たちへの挑戦でもあります。さまざまなマネジメントに向けた想像力と驚くほどの楽観性、しかしあるときは科学者のような?悲観論も首をもたげます。
海外参加者から「サンキューベリマッチ」といわれるとボクは「イッツマイプレジャー」と答えることにしています。だって好きでやっいてるわけですから、でもそうそうご機嫌でやれない事情ばかり。胃の皮はもうペラペラになっちゃいました。
リスクの数は、ほんとうに枚挙に暇がありません。今年の最大のリスクは風評被害?欧米参加者たちのパタリと止まった状況は、ほかに考えられません。燃料不足。全土的な燃料難。考えてみればロシア・ガスプロムからの輸入のみに頼っているのですから。そして、中国・天津の滞貨。行も帰りも大問題です。休息に発展し世界中の観光客が押し寄せるモンゴル!もう10年目の風景とは全く違います。全てが大問題で、しかしそれは良き試練だとも思います。
こうしたおかげでアジアや世界の情勢を、面白い覗き窓から覗くこともできます。輸送や通関など思いがけないことに詳しくなってきます。さらに為替。海外からの参加者を驚かせたのも超円高かもしれません。
こうした困難の数だけ成長すればよいのですが、相変らずボクときたら退化の一方。まあそれでいいんですけどね。
さて今回は中国から私たちの代理店が、現場に同行して来年以降の本格的な中国選手の送り込みを展開するそうです。
国際情勢はさまざまなれど、こうしたネットワークの絆もまたジワリジワリと確実なものになってきてもいます。
きょうの一枚
SSERの扇風機はBMW製です。なんとこのロゴマークのプロペラマークは扇風機と良くマッチして。だれかが「高いんでしょうねえ、きっと」だって。ホームセンターで3900円+転がっていたステッカー。もう10年も使っている。
そしてもう一枚は、おまたせ「モンゴルのルートブック」7/27付けの発送で参加者の皆さんにはお送りいたします。
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「さあてと、モンゴルはじまるだよ。」

2011/07/25
「さあてと、モンゴルはじまるだよ。」
涼しい北海道から帰ってまだ5日。今度はモンゴル。
毎日の涼しさで心配なことは、モンゴルが寒くないかということ。
いやもちろん今回は南ゴビでラリーの大半を展開するので、涼しいのはいいことですが、やはり少し北のほうの天候が心配です。
というのもですねシベリアの大気と、太平洋高気圧のせめぎあいは結構モンゴル高原の天候に直結しています。
たとえば冬
「モンゴルに寒波が来たから日本も1週間後には寒くなるね。」
とムッホから電話があれば、必ずこれが大当たり。
世界は微妙に繋がっている!?ということか。
暑い日本、涼しいモンゴル高原。むちゃくちゃ暑いゴビ・・・でもゴビの暑さは日陰に入ればなんともないので・・・
さて、ラリーのルートブックもまもなく印刷が上がるから皆さんのお手許に書留で送れるでしょうし、仕事大好き?なボクはすでにラリータイミングチャートも完成!!忙しいを連発しながらも、もう何もあまりすることはないのであります。
あっ、ゴメンナサイ!スタッフの皆さんは大忙し!!
ヒルクライムにジャズピクニック、SSER 3DAYSのコース付近への同意書のお願いの行脚。さらに楽しみなのは、そのSSER 3DAYS、実は2.5DAYSなんだけど、3日目の朝のSS!実現できそうになったらまたこちらで。
きょうの一枚
いつも使っているのは右のほうの初心者コースでしよ。今回は・・・ふふふふ

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「北の国から」

2011/07/21
「北の国から」
富良野は雨の連休の中でも大渋滞。多くは「わ」ナンバー。観光客が多いのが良いのか少ないのが良いのかは存分に議論してください。このことは、全てのものは見方が違うと見え方が違ってくるなあ、というもの。
さて妙な書き出しではじまりましたが、長く留守をしてブログの更新もおろそかになりました。北海道の4日間のラリーは無事に終了いたしました。
大会の開会式には芦別市長、芦別警察署長、道警本部より管理官、また芦別消防署からは救急救命士(これはSS-1対応)もご出席いただき、さらに市役所職員の皆様もバスで駆けつけていただき、故齋木校長先生・本大会副会長への篤い黙祷を頂きました。清澤市長の素晴らしいご人徳に触れることにもなりました。この場をお借りして、心より御礼を申し上げます。
ボクは春木競技長とトヨタタンドラに乗ってさまざまな話しをしました。子供の頃から大好きだったオフロードライディングの話し。エンデューロの昨今、ラリーへの憧憬。こうしたイベントを通じてボクタチがもっとチャレンジングでなければならないということ。問題は多いけどまた夢も少なくはないのだ、ということの確認。
北の国のまっすぐに伸びる美しいダート、森、動物たちや木々の美しさは、旅をするものの心を鷲掴みにします。時おりやってきては気持ちよさそうに駆け抜けていくラリーバイクを見ながら、本当にふたりはいろいろなことを話したり笑ったり深刻になったり、時には怒りになったりと充実した濃厚な時間をすごしました。きっとここからも新しいチャレンジが生まれてくるはずです。
夢は個人差はあり目標を夢と語る人もあれば、それはかなわないから夢なのだと語る人もいます。その言葉は希望だったり挑戦だったりするわけですが、この時代に生まれ巡り合わさり、ひとつの(誤差はあれど)夢に向かう共同体を組むことは、奇跡的な偶然しかありえないと思います。
またいろいろなお話はこちらで。
さて、皆さんも無事に社会復帰されたでしょうか。
また近々お目にかかることにしましょう。
きょうの一枚
尾島嘉男、TBIに続き2連勝!!九州も勝ってパーフェクトで王者に就くかも。とにかくノリノリ。
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「行き詰ってる?そんなの甘いよ。切り口は無限にある。」

2011/07/11
「行き詰ってる?そんなの甘いよ。切り口は無限にある。」
世の企画マン、というかいまや1億総企画時代だね。一番の問題はパワーポイン トだ。スイスでは反パワーポイント政党なるものも出来た。APPP・・アンチ・パワー・ポイント・パーティの略だと思われる。
コピペで申し訳ないけどこんなことを言ってる。
「APPPによると、世界約2億5000万人の人が毎月、企業の中で退屈なプレゼン テーションに無理矢理出席させられており、これまでこうした人々の声は政治の場に反映されてこなかった。APPPはこうした人々の代弁者だとしている。 APPPは、パワーポイントのようなプレゼンテーション・ソフトを使用するのが問題の根源にあるとみており、上役がパワーポイントの使用を指示したり、学生がパ ワーポイントの使用を義務づけられるのは悲しむべきことであり、APPPは95%がパワーポイントよりもフリップチャートで行った方が効果があがるとしている。」
どうだかは知らないけど、うちの会社もパワーポイントを使わない。
「え”--、パワーポイント使ってないんですか?」
もう10年も前に大手広告代理店から、遅れてるぅ、みたいな事を言われた。少しは使ってみるんだけど、みんなこんなのでプレゼンしてどこが面白いのか?と思ったもんだ。WEBを使ってプレゼンすればいいよ・・・ボクはそういい続けた、10年も。
このようなもの(パワーポイントね)で、企画の中身とは全く関係ない、、、けど「ちゃんとしてる」みたいに見えるものが出てくるのが問題だと思う。
わからないおじさんたちは
「おお、いいんじゃないか!?」
それがいいのは中身じゃなくて、見せ方がいいだけなのじゃないのか?
いや、そんなこと書こうと思ったんじゃない。
みんなのtwitterでも話題の海洋堂ホビー館。
TBIで通る心配までしてる。
場所は打井川だ。それだけで解るのはスタッフでも数人もいない。
ボクでさえ地図で確かめたりしている。
こんなところ通る人はいない。
TBIのときでも
「こんなとこまで舗装しなくてもいいよな!?」
と言いながら走るようなところだ。
今のあなたの計画の中で
「場所が悪いからなあ」
なんて諦めてる人はいませんか?
梼原のパン屋さんを知ってますか?
「1時間のうちに車は1台とおるかどうかだし、鹿のほうが多い。」
企画なんて仕事やってる人間ほど感激する。
野良作業中のおばあさんがやって来て
「バケットとコーヒー」
なんて言われて並んでるぼくたちはビックリする。
ほら、あなたが「ここでパン屋をしようかと思うけどどう?」
って聞かれたら、なんて答える。
「無理、絶対無理」が99%
「バカじゃないの!」が1%
あのへんてこなボクでも1%の部類だった。
今日の結論。
企画なんて、行き詰るのは簡単に成功を求めるからで、成功を求めない企画が案外と成功する時代なのかもしれません。一等地でバカ高い固定費を払ってうまくいくビジネスなんてもう存在しませんよ。
仮に存在するとしても地方では全く。
しかし視点を変えれば、もう世の中は楽しいこととチャンスとクリエイティビティ
に溢れてるではないですか!?
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。ですぞ。
誰も来ない場所。誰も知らない土地。誰にも教えたくない風景。来れたらエライ!そんな場所は魅力に溢れてますよね。
だからボクは四国に橋が付くのを反対してたんだ(出来てから反対してるかも)四国なんて船に乗らなければ行けない辺鄙なとこでよかったんだ。
きょうの一枚
その海洋堂ナントカ館、試験に出るよじゃなかったTBIのRCPになるよきっと。ボクも早くこんなの作りたいなあ。

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「さあ、北海道ウイークだよ。」

2011/07/08
「さあ、北海道ウイークだよ。」
事務所ではまもなく北海道に向けて出発予定で大忙し。なのにボクは一人でモンゴルのコマ地図書き。
「セッセセッセ」
このコマ地図書きという仕事、いつかも書いたと思うけど実に心が表れる。なんたって集中する。あの1ヶ月前の試走のときの一こま一こまを頭に浮かべながら・・・すると、なんと言うことでしょう。まるで今そこに立ってるみたいに、生き生きと甦ってきてまるでさっき通ったばかりのように甦るから不思議です。かと思えば、全く意味不明のコマもあって、どんなにしても思い出せない。やむなく2号車のコマ地図を見て
「せやせや」
という大阪弁で片付けたりもしています。
ともかくもう少しで書き終わります、書き終わればみんなで真剣に校正するのです。GPSの数値は間違ってないか?コマ地図は2号車のものと比べて検討されます。
ボクはというと、あとは野となれ山となれ~状態で、次に向かって突き進むのでした。
さて北海道と聞くと、あの忌まわしい出来事から1年。もうすぐその闘いも終わろうとしています。
間違いと気が付けば引き返す勇気、それを持たなければならないのはどちらなのかが。本当にご心配をおかけした1年でした。これまで以上にパワーアップしたSSERで、この夏も乗り切っていきます。
きょうの一枚
ええいっ、景気良くNEWフェラーリFF
「えっFF?」
「いやその前輪駆動ではなく、全輪駆動の意味のフェラーリ フォー(FF)でございます」612スカリエッティの後継でフエラーリ初の4WD・4人乗りモデルとなる。
「そんなん邪道や!」というあなた。
どうでも宜しいことではありませんか。
お値段3200万円。
日本の発表会はイタリア大使公邸で開かれたということです。官民挙げて自国の製品を売り込もうとするスタイルは・・・まあ日本は原発と新幹線しか官民挙げて売り込んではいません。
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「ラリーモンゴリアに関するお知らせ」

2011/07/04
「ラリーモンゴリアに関するお知らせ」
ラリーモンゴリアの開催に関し、変更が生じましたのでお知らせいたします。スタート前の使用するホテルが変更になりました。従来予定しておりましたヌフトホテルが緊急に改装することとなり、スタート前のホテル、車両搬入場所・行政検査・車検会場が以下のとおりとなります。
新会場:車検総合ブリーフィング会場、事前の車両搬入・宿泊もこちらです。お間違えのないようにお願いします。
チンギス・ハーン村 ツーリストキャンプ
  N:47°48”37 E:106°48”56
宿泊に関しては、既にジェットホリディにお申し込みの方はアレンジしていただいております。
「SSERリニューアル計画」
今年から3ステージ制に移行するSSER2DAYS・・・表現上はSSER3DAYSとなった。かなり国際ラリー色の濃厚なものにしたいと考えて検討している。モンゴルで行っているインターナショナルラリー・スタンダードを部分的に導入しようと考えている。でもコースマークで進行するのはこれまでどおりだが。
決定的に変更するのはコントロールフラッグをラリースタンダードに変更する。これまでのCP100と変わるのでレギュレーションに留意されたい。
「レイド・トレック・タクラマカン2011」
この秋に開催予定のタクラマカンは、現在現地の受け入れ関係のすべての調整が完了。チョモランマのように・・・順調に計画が進捗する見込み。どうか皆様の参加を宜しくお願いいたします。
きょうの一枚
「コントロールフラッグ」
SSERはこのラリースタンダードのコントロールフラッグに変更する予定。
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「さらにルート考察は進む。」

2011/07/01
「さらにルート考察は進む。」
モンゴルのルートは1995年の第1回大会を除けば、西へ展開する。1回大会はまず東へ向かった。大興安嶺まで行きたかった。いまも日本軍の戦車が草生すノモンハンまで行ってやろうと思った。途中の村ではミグの墓場もあって、なにかしら20世紀の不穏な空気が漂っていた。その頃はまだ20世紀末だった。ボクはキビスを返した。草原は果てしなく続く。とにかく草原だ。大草原地帯だ。
ボクたちは西に向かうことを決意した。
チンギスハーンが西に向かった足取りを追いたかった。西に向かうということは、まるで太陽を追いかけるような行為だ。
そしてラリーのルートは、3つのスタートのパターンが生まれた。まず舗装路を南西に向かいアルベイヘールをSSのスタートとするパターン。次に舗装路の途中から西へツェツェルレグに向かうもの。この二つだけでも性格はがらりと変わる。もうひとつは、南にスタートするものだ。空港の南からSSが始まる、マンダルゴビに向かうパターン。
これ以外のパターンは存在しないといっても良い。西へ西へ向かうと、日没が遅くなるというメリットがある。南へ向かうと暑い。
やや北にふると雨のリスクが高まる。
まことにこれほどゾーンごとに天候が全く正確が異なるのは珍しい。今回は、少し複雑な1と2のパターンの組み合わせである。
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「モンゴルルート考」

2011/06/30
「モンゴルルート考」
何回目かになって連載中の「ルート考」今回の大会はゴビ深くモンゴル中国国境近くを進む。中国側は内モンゴル自治区と新疆ウイグル自治区と接する。
ゾーモットから南に進むと国境があり、どこへ繋がるかというとハミとか嘉峪関とかが近いのに驚く。昔良く行っていたホブドからは南にいくとウルムチに出る。
シルクロードの名だたるオアシス都市にモンゴルは繋がっているのだ。モンゴルのラリーがいかに深いところ?にルートを延ばしているのかが解る。
この中国モンゴル国境が少し自由に行き来出来るのなら、さらに壮大なものになるだろうといつも思う。しかし国境エリアの夏は少し暑すぎるかもしれないが、ではどの季節が良いかというと疑問も多い。
最近にぎわい始めた国境近くの町ゴルバンテスに久しぶりにルートを延ばした。RCPをこの町の中で設けた。金鉱山が近くにあるし中国に向かう大きな道路が建設中だ。といっても土を盛っただけのものだが。
このエリアでは特に暑さに注意が必要かもしれない。幸いなことに湿度は低いので、直ちに熱中症になるということはないが、ウエアのベンチレーションと水分と塩分補給が必要かもしれない。
それにしてもこの町を離れると真空地帯のようだ。
誰もいない。

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「塙選手パイクスピークス、EVクラス連覇!」

2011/06/29
「塙選手パイクスピークス、EVクラス連覇!」
総合優勝はモンスター田嶋6連覇しかも史上初の9分台!!というニュースはもう既報のとおり。
塙選手は、自身が持つEVクラスの記録13分17秒57を57秒以上短縮する12分20秒084で連覇を果たしました。ここではここのところ塙選手が、語り続けるEV!の可能性を自ら実証し続けるところに心から敬意を表します。日産リーフも市販車EVクラスで14分33秒429、いよいよEVのモータースポーツも目が離せなくなります。
塙選手も次はモンゴルでの大活躍を期待いたしております。
ヒルクライムといえばわれわれも7月31日に久万高原ヒルクライムレース2011という自転車のレースを開催します。前夜はJAZZPICNICぜひお越しください。ていうかヒルクライムはオフィシャル参加を宜しくお願いいたします。
「モンゴルルート考、つづき」
「村を抜ける」について考える。
モンゴルの道は村と村をつなぐ。だからバイパスは存在しない。必ず村へ道は繋がる。大体ひとつの村には少なくとも4つから5つの道がやってくる。村から出て行くときはほぼ同じ方向のように思えても、気がつけば大きく違ってしまっている。また電線沿いに村から伸びる道も油断していたら、なんのことはない何本もあって「しまった」と思うことは多い。村の中は迷う。焦る。すると村の人たちにもそれが伝わって、あまり良くない感情になることもある。速度には気をつけて欲しい。
村に入る前に、その村に向かうおおよそのCAPを把握する。そして村から出て行くCAPをあらかじめチェックしておく。村に入るCAPが180として出る方向のCAPが270とすると、村に入る前に村から西に伸びるピストを望む。すると、見える。オンルートが遠くに見えるが村の中に入ると、そのピストは見えなくなることが多いので、村を抜けて右なのか、村の中で右なのかをコマ地図から事前に読み解いておく。
GSは小さな村でもいくつもあるので、参考にはなるが間違えやすい。小さな測候所かラマ教寺院はかなりの確率でランドマークになる。ルートは村を利用して大きくCAPチェンジをすることが多い。常に方向感覚を養うことが必要だ。
今回のルートでは村は少ないのでそれはまあ安心。でも村の中では40km/hは確実に。
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「ルート考、つづきのつづき“ゴビハイウェイ”」

2011/06/28
「ルート考、つづきのつづき“ゴビハイウェイ”」
80年代パリダカ「テネレハイウェイ」ってのがあった。
距離もたっぷり600km超えなのに、みんな早い時間にビバークに着く。
ニジェールのジャドとかビルマからアリットに向かう「テネレの木」や「ティエリーサビーヌの木」を通るグランドエルグ、「今日は速いよ、テネレハイウェイだから。」そんなふう先輩たちから聞いて「そうか、ハイウェイか?」と速い道を想像したものだ。
案にはからずや、道幅も広く?いつの間にか砂のうねりも終わり見え隠れするバリーズを頼りに西に向かったのも、もうはるか過去の思い出だ。そうパリダカは、ニジェールを去ってから長い月日が経つ。
ハイウェイと聞くと「高速道」しか思いつかないのだけど、数年前にはチョモランマの高度順応で「カラコルムハイウェイでカラクリ湖へ行こう」ということになった。「はて、ハイウェイ??」という不思議な語感にしばしうっとりしてしまった。ここは標高が高いという意味のハイウェイだ。
カシュガルからパキスタンのハヴェリアンまでの1300kmの道路で、途中海抜4,693mのクンジュラブ峠を通る、国境を横断する舗装道路としては世界一の高所なのだそうだ。でもいまは中尼道路でチベットからネパールへの路がおそらく高くなっていると思う。
まあそんな話を書くつもりじゃなかった。
モンゴルでボクタチが呼ぶ「ゴビハイウェイ」のこと。バロンバヤンを中心としたエリアや、マンダルオボーなどに本当に全開で走り続けられるピストの事をそう呼んでいる。しかし、危険でもあるので、少し余裕を持った速度で走るべし、なのでありますな。
今回はたくさん出てくる見込みだ。
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「ラリーモンゴリア、ルート考察。つづき」

2011/06/27
「ラリーモンゴリア、ルート考察。つづき」
バロンバヤンウランの砂丘について考える。
昔から良く使った砂丘地帯だが、ビバークに使用することはあっても本格的にルートに入れたことは2度程度だ。誰かさんはデューンの頂上にKTMを突き刺したまま歩いて降りてきたといういわくつきのところ。
またパリ-北京のあとの時代のラリーのときに、ルネメッジたちが挑戦したけど切り開けなかったのもこの砂丘地帯だ。かくいうボクもまだこの砂丘を横断できていない。
ここは特に強風エリアにある。4月から6月にかけては凄まじい風が吹く。まあこれが日本まで砂を運んでいるのかもしれない。でもボクは、黄砂がゴビ砂漠から飛んでいるという説には否定的だ。黄砂のもとは黄土高原だろうと思っている。黄土高原の砂のほうがパウダーだし少しの風で高々と舞がある。。。いずれにしてもユーラシア大陸の砂漠化も加速している。
どちらにしても砂丘は西風で作られる。風によって少しずつ全体が動く。動く方向は西から東である。全ての砂丘の動く方向は同じである。
そして地図を見るとこの砂丘のある場所は湖と表示されている。
何年かの間に砂が舞い、湖を埋め立ててその上に砂丘を作ったようだ。
気の遠くなるような作業だが、地球規模で考えればそんなに大きな仕事ではなかろう。
で、今回は東から西へ砂丘を進む。したがってこちらに向かって砂丘が立っている。砂丘と荒地の中を西に向かう。本当はこれを横切って砂丘の裏側に出たかったのだが、やはりこれは断念せざるを得なかった。
いつかは越えるぞと心に誓う。

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「ラリーモンゴリア、ルート考。」

2011/06/24
「ラリーモンゴリア、ルート考。」
昨日は、今回のラリーのハイライトのひとつ、恐竜の谷について書いた。ならば、やはりゾーモットについても書いておこうと思う。
ゾーモットを見つけたのも、恐竜の谷を見つけたときと同じだった。モンゴルの試走をTV番組(CXのゴールデン!2週連続)にする!2000年だか1999年だったか・・・そのTV番組のDVDすらないのが不思議だけど。石原孝仁さん。。。なるほどザワールドでもディレクターを務める・・・そうそう西安-パリも、チョモランマも・・・一緒に行ったもの。今年のタクラマカンも一緒に行こう!!
スイマセン、話がそれました。
ゾーモットとはモンゴル語で「100本の木」という意だ。いまは100本もの木はないが、そう30本くらいだろうか。樹齢は1000年以下のものは無いと言う。
それもそのはず、この地域は広大なシベリアの森林地帯だったのだ。砂漠化によって森林の後退が、いや森林の後退によって砂漠化が進んだ・・・どちらでも同じだけど。それが1000年前だ。
サハラもそれと同じくらいかも。
しかしゾーモットにこの100本の木が残ったのは、不思議な地下水脈があるからなのだ。小さな湧き水があってそこにはラクダたちが集まる。ゾーモットをオアシスと呼んだのはそういうことだ。
参加者の中には美しい小さな湖があって、ナツメヤシみたいなのが繁茂しているイメージを描いてきたりもする。そんなオアシスだったら素晴らしいけど、いやいやゾーモットは、悪くない。
話を戻そう。なぜシベリアの大樹林地帯が北上して消え去ったかはともかく、その時にまずこのエリアには広大な森林地帯が残った。ヒグマが陸封され、北に後退した樹林地帯へは、行けなくなったのだ。イトウの陸上版だ。ゴビヒグマと呼ばれ、ゾーモットのすぐ近くは広大な自然保護区になっている。潅木しかないのだが人間の手によってえさを与えられ、いまでも数頭の個体は確認されてはいるが。
写真はちょっとお借りしてきたもの。
絶滅の危惧は通り過ぎている状態だ。
1000年もの間に消えていった森に、細々と生を繋いできていたのだ。
ゾーモットはそんな保護区にはさまれたわずかばかりにルートを延ばすことを許されたエリア、そんなことも手伝ってわれわれは、まさに聖地と呼んでいる。しかし金を探す者たちの轍は、そんな保護区へも容赦なく伸びている。
またこのエリアから出る石炭を中国側がアプローチしてきていて、ゾーモットまで鉄道を引く!なんていう話も近年あった。
最近モンゴル政府も自然環境の保護については、真剣に取り組んでいるように思うのだが。
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「恐竜の谷物語」

2011/06/23
「恐竜の谷物語」
今年のラリーは恐竜の谷に南からアプローチする。初めての経験だ。古くは谷にわずかばかりの轍があって、それを辿るというものだったが、いまは至るところに金探しの轍が濃い。
恐竜の谷、と命名したのはボクだ。
谷は緑色だ。岩の色だ。
すぐ近くに古代に干上がったと思われる湖のあとがある。
そこへ行くと化石化した木々が、砂の中から姿を覗かせている。
湖の斜面は露出して、いくつかの地層からいとも簡単に恐竜の大きな骨格の化石が見つけられる。
恐竜の谷には、緑色の恐竜たちが水を飲みに集まってきているように見える岩が
続く。ここに迷い込むと、本当にジュラシックに時間が遡ったような錯覚すら覚える。
「ここでほんとうに恐竜が出てきたら、このラリーは世界でとても有名になるね。」
来るたびにそんな話になる。
するとボクはティエリー・サビーネを思い出す。
真偽のほどはともかく、マーク・サッチャー(当時の英国首相の息子)が行方不明になったのを、ティエリーは居場所を知りながら隠してパリダカを一躍有名にした!という逸話。
おそらくそれは周囲が言い出したレジエンドだろうと思う。
しかし、報道とは面白いとは思う。
そんな人物も参加しているのか?と驚くことによってもたらされる効果のほうが、そんな危険なラリーってあるかい!!ということに勝ったのだ。
そんなことを考えながら、恐竜の谷に降り立った。きっと多くの参加者はこの地に驚くだろうと思う。
まさにジュラシックだ。
きょうの一枚
恐竜の谷、恐竜たちが水を飲みに集まってきている。
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「モンゴルの自然環境」

2011/06/22
「モンゴルの自然環境」
1年前の今日のOVのタイトルが「モンゴルの自然環境」
昨年の試走中のボクとムッホの会話をもとに書いた。
しかし今年は少し思いが違った。
環境のことよか、立ち消えになったとはいえモンゴルに日米合同で核廃棄施設を
作る!なんていう話があったかからかもしれない。
果たして「自然とか環境」とはなんだろうか?
そもそも
「守らないといけないなんていう自然とか環境は、必ず破壊される。」
つまり
「守らなきゃ」
と思うほどの存在は所詮は、弱い存在なのだと言うこと。
全ては淘汰され無くなるか変質するのだ。
しかし、そもそも自然は驚くばかりの力を持っていて
「自然を守る」
なんてのはおこがましいと言うか表現を間違えているのだと思う。
どのように傷をつけようと、
強いものは立ち直り、ささやかな傷でも弱いものは倒れる。
モンゴルの大地は、実はそう弱くはない。
しかし守るのではなく、穢さないとか、そういう精神的な向かい合い方が正しいような気がする。
はっきり言うと自然を守るのではなく、われわれ人間は所詮は自然の驚異からわが身を守らなければならない程度の存在だったのだ。
人間の営みなど、いとも簡単に木っ端微塵にされる。
しかしとんでもない物を持ち込んでしまうと、さすがに自然環境もたじろぐだろう。しかしそのしっぺ返しは、必ず全て人間社会に訪れるというだけのことだ。
ささやかに慎ましやかに自然と対峙することだ。
われわれが環境!なんて言っているのは「(人間にとって都合の良い)環境」のことでしかない。
たとえばゾーモットに立つと、誰に言われるまでも無くそれが解る。それが解るというだけでもこのラリーの価値はあるのだと思うから不思議だ。
きょうの一枚
2気筒875ccフィアット500Cツインエア ラウンジ275万円。こんなささやかなクルマの存在感が大きい。こんなのが欲しい。
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「ああ、真っ黒!」

2011/06/21
「ああ、真っ黒!」
見た?コーノさんのブログ。ボクの20年前の写真。[HP]
きっとこれは八達嶺、パリから北京の最後のビバークでの写真だと思われ。
なんで夜なのにサングラスかけてるんだろうか?
それに、伸び放題の髭もちゃんとしてるし。そこは万里の長城の観光名所。
このあとも何度も何度もこの地を関外に越えて北へ向かったものだった。
それにしても「真っ黒!」いまは黒い部分のほうが少ない。さらに右上は一緒に毎日を旅した菅原さん。51歳の頃。
こうして歳月は人をどのように変えるのでしょうか?美しく年を重ねるということは誠に難しい。
でもこうして一道を貫くということは、それ自体が美しいかも。
きょうの一枚は最近のボク・・・このアイコンでtwitterはじめたので。
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「船積み車検、ありがとうございました。」

2011/06/20
「船積み車検、ありがとうございました。」
朝、目覚めると涼しいし、雨も降っていないので「せっかく、エアコンの効いた屋内で車検しようと思って準備していたのに」つまりボクは「雨、蒸し暑い」を想定していつものコンテナヤードでの検査ではなく、展示場の1/3スパンをキヨミズノブタイカラトビオリルような思いで、借りていたのです。
でも案の定、午後からは雨が降ってきて、それを喜んでいるボクはタブン変なやつだったのでしょう。
思えば1996年の第2回大会のときは、この展示場の全てを借りて!!あーあ、バブルだったんでしょうか?
とにかく、松山までの長い道のりをありがとうございました。
昨日今日と税関検査に向けての書類の調整に大わらわのSSERの事務所ですが、これもまたモンゴルの楽しい日々のことに思いを巡らせれば・・・。
ボクはこれからの毎日を、厳しいルートブック書きのために・・・忙殺されるのでありました。
明日からは書きながらルートの特長なんかを少しずつ書き記していくことにしますね。
きょうの一枚
モンゴル船積み車検の模様。みなさん、パッキングリストは正確に。帰りはさらに厳しく合わせてくださいね、ホント、宜しくです。
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「塙郁夫スタンバイ!」

2011/06/16
「塙郁夫スタンバイ!」
塙選手は、パイクスピークス・ヒルクライに向かって出発しました。その直前に、ラリーモンゴリア用マシンのセットアップも終わり、写真を送っていただきました。今週末の船積み検査にはご本人は来られませんが、マシンはやって来ます。ボクとしては、思ったより全長が短そうで良かった・・・なんてコンテナの積み込みの割り振りなど、下世話なことを考えています。
それにしても完璧に自分の方程式というか黄金比というか、マシンに対して頑ななコンセプトを持っているなあ、と常々感じます。そして間違いなくATを選びます。
そして尾上さんと菅原さんのマシンも、確実に進化してやって来ます。
今年のジムニークラスは、さらに熱くなりそう!!
塙選手のマズハパイクスピークスで、幸先の良いスタートをお祈りします!!
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「はからずも。」

2011/06/15
「はからずも。」
この週末は松山で車検!今回は国際展示場を借りて!!行います。そこでその晩の宿泊はと・・・なんと松山中のホテルが満室。
「いったいなにごと・・・」
と、調べてみても格別のことはありません。
「ああーー!」
と誰かが。
「なにー?」
とボク。
「高速休日1000円が、19日で終了するので・・・」
「フーム」
はからずも「いったいいつ終了するのだろうねえ?」というボクの疑問も、一気に解決。それにしても、もっと告知方法を考えなければね政府も。
そう思っていたら今日のことメルマガが
「東/中/西日本高速道路(株)及び本州四国連絡高速道路(株)から、高速道路の料金に関するお知らせです。」だと。遅くない?続いて
「このたびの東日本大震災により、被災されました皆さまに心からお見舞い申し上げます。東/中/西日本高速道路(株)の高速道路料金につきまして、以下の内容をお知らせいたします。
東日本大震災に対処するために必要な財源を確保するため、平成23年度第1次補正予算及び関連法案が成立したことを受けて、以下の措置といたします。ご理解いただきますようお願い申し上げます。
【 1 】 休日特別割引の地方部上限1,000円の終了について(6/19まで)
【 2 】 高速道路 無料化社会実験の終了について(6/19まで)
【 3 】 6月25日(土)からの休日特別割引について
【 4 】 ETC時間帯割引等について
以下省略。
是非はともかく、予測したように6月18日を車検日としたボクの予知能力、どーすか!?さすがでしょ。ウソです。ただの偶然です。
さあ、いよいよモンゴルに向けて船積み、この夏の闘いがもうすぐ目の前までやってきています。韓国からは1名の女性ライダーを含む、6名のエントリーが。女性はBMW-450です。あとはみなさんKTM。
FUTURE6号、7月10日発行予定にモンゴル試走の模様が10分間にわたり紹介されます。試走用の車の中からの撮影なので、かなりブレブレ・・・なのですが、なんとなくイメージはつかめるかもなので、出場予定の方は必見です。
JECのコーナーも作りましたからこちらもお見逃しなく!!
きょうの一枚
ボクの試走のシートから見える風景。
i-podはFMトランスミッターで、サリナジョーンスとか、時々テレサ・テンとか・・・まあシャッフルなので・・・。石川さゆりもあった。落ちないかって?大丈夫。マジックテープ仕様で・・・消しゴムもマジックテープで最後まで。
ところで、このマシンスガワラ峠へ反対からアタックしようとしたら、これじゃあ登れないことが判明。さてルートはどうなったでしょうか??3つのマルイ玉はボクの大好物のチュッパチャプス。バルセロナが発祥のキャンディで、この包装紙はサルバトール・ダリの作品だって知っていた?
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「さあて、忙しくなるよ!」

2011/06/14
「さあて、忙しくなるよ!」
いよいよシーズンがたけなわだ。
まず北海道4デイズが進行中!!
これは故斎木校長に捧げる、そんな4日間にしたい。
そして7月末にはNPOSSERの二つのイベントが同時で行われる。
JAZZ-PICNICというJAZZの野外ライブとキャンプ大会!!
楽しいのでぜひ来てね。
そして久万高原ヒルクライムレース・・・これは自転車のヒルクライムレースで県道を完全占有して開催される。美川スキー場の下から大川峰の頂上まで9.9km平均勾配8%というもの。本当は国道から全区間で行う予定だったが、それは2年目からにしようということで・・・ぜひこちらはスタッフでお手伝いをお願い!!
そしてラリーモンゴリア2011がその直後!!
今回はゴビがメインフィールド!!2日目の砂丘をいかに越えてデューンのなかにあるCPが見つけられるか?そこへたどり着けるか?・・・なんて。
エタップ7では、デューンを越えなければたどり着けないビバークも。ボクタチの試走マシンはオーバーヒートに悩まされ続け、そのあげくサーモスタットははずすし、最後はファンを直結・・・もう回りっぱなし。そのうえウインドウォッシャーノズルを、ラジエターに噴射できるように改造して、何とか乗り越えたもの。
来年には試走用のオフィシャルカーを新しくしないといけないなあ。
そして、そして「タクラマカン」
既に申し込みがあります。
こちらは魅力的なイベント。先日中国側スタッフとみっちり打ち合わせをしました。中国国内で自分のマシンを持ち込み走らせること・・・これはほぼSSERでしか出来ない芸当!!ほんとうです。多くの方から「どうすれば可能なのか?」とお問い合わせを頂くほど。
石原さん!も行こう!!みんなで行こう!!でも今回のタクラマカンは、厳しい部分はなし!探検と冒険だけど、オール舗装でクイックサポートカミオン付!!
きょうの一枚
久万高原ヒルクライムレースとJAZZ-PICNICのポスター。イトー君、渾身のイラスト・・・フンガー感がいけています。
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「あまりに素敵過ぎる決着」

2011/06/13
「あまりに素敵過ぎる決着」
ミッフィーは日本のキャラクターだと思っている方も多いのだが、実はオランダ人作家ディック・ブルーナが生みの親。
そしてサンリオのキャラクター「キャッシー」似ているといえば似ているけど訴訟まで・・・「ミッフィー」の知的所有権を管理するメルシス(オランダ)が、サンリオを相手取って訴訟を起こしていた。子供たちの夢を育むのも、ビジネス・・・ですから。
ところが先週、サンリオとメルシスは和解したという発表があった。
「東日本大震災を受けてミッフィーの生みの親である作家のディック・ブルーナ氏とメルシス、サンリオで互いの訴訟を取り下げることに合意。メルシスとサンリオが共同で、訴訟にかかる費用を被災地の復興支援に充てることを決めた。共同で15万ユーロ(約1750万円)を義援金として寄付する。」というもの、こんな素敵な和解策があるもんなんだねえ。
争いごとは美しくはない。それぞれの正当性を大声で語るほどに醜い。しかし正当や正統を語る力を違うものに役立てる。つまりエネルギーの使い方にも似て、常に解決の第3の道を持っていて欲しいものだと思う。
きょうの一枚
可愛いけど、争うと可愛くなくなる。それにしても法律でこれが似ているとか権利を侵害しているとか判定できるものなのだろうか。
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「ニッポンはどうする。」

2011/06/08
「ニッポンはどうする。」
明日、北海道へ向かう。
モンゴルから大急ぎで戻ったのは、そのためだ。
昨日も書いたが、ボクの脳裏にはいつも北日本の緑のグランドと青い空、そこにバタバタと翻るSSERの黄色いコーステープがあるのだ。そこに行くのだ。
思えば2004年ツールドニッポンは長崎を旅立った。
テーマはエネルギーというか、ニッポンの電力事情というものだった。
平和公園を通り、高速増殖炉と名前を同じくする普賢岳を訪ねた。普賢岳は火砕流で人々を苦しめたし多くの犠牲を強いた。普賢菩薩のイメージとは近くない。
人形峠を越え敦賀湾の原発銀座を通った。
フェリーで小樽に上陸するや北上。
寒さに震えた。ガストンは「寒いけど楽しい」とはしゃいでいて、稚内に延々と伸びる大量の風力発電のプロペラを見て「北海道が動くよ」と言った。
そして芦別のA-TECの学内特設SSをこなし、市有地のグラストラックでラリークロスに興じた。ガストンはクラッシュしてリタイアした。ボクのレンジローバーの助手席にチョコンと座って、窓外の日本の風景を堪能していた。
そんな、忘れられない思い出が、いまのニッポンの現実と重なる。その旅は青森に渡り六ヶ所村や東通の原発施設を眺めながら南下した。三沢基地や米軍の施設なども見た。どうもこのあたりにさまざまなものを押し込んでいるんじゃないかと思った。それらの負担の重いのは沖縄と青森じゃないのか。
最後の日は日没寸前の美しい東京タワーの下、東京プリンスホテルに滑り込んだ。温かな宵の気配とイルミネーションの美しい東京タワーが覆いかぶさっていた。
この巨大な都市を、日本中が支えていると言っていい。なにも電力だけではあるまい。食糧もそうだ。水もそうだろう。
東京は自立しては居ない。
貪欲にエネルギーを求め続けるのだが、ひょっとしたら何も実を生産していないのではあるまいか。しかし人間にたとえれば、脳だ。脳はそれを守るためにはほかの器官に酸素を止めても自身を守ろうとするのだという。
ドイツ政府が「脱原発」の方針を閣議決定した。
2022年までに完全に撤廃するのだと言う。
ドイツは敢然と着手した。
日本はどうする。
ドイツの脱原発は日本の事故が背景にあるのは間違いあるまい。社会がちゃんとしていると感じる。日本は、国策という名の下に手を尽くしてこなかった責任は重たい。
メルケル首相は「未来への巨大なチャンスだ」とアジテーションする。朝日新聞の社説には
「今後、脱原発への離陸に成功すれば、ドイツは21世紀の新しい文明と生活のモデルを示すことができよう。事情が大きく異なるとはいえ、ドイツの果敢な挑戦から日本は目を離してはなるまい。
社会全体で熟議が積み重ねられてきたドイツに比べて、日本では、原発は国策だからという理由で政界も学界も思考停止に陥っていた。その呪縛をまず断ち切ることから始めよう。」と結んだ。
きょうの一枚
2011年春夏パリコレクション・・・ということは昨年の秋のコレクションだけど、少し気になっていた。
そのときのコメントだと
「社会の重苦しさや不安を何とか打破したいという願いを込めたような積極的な表現が目立った。久しぶりに、明るい色使いも満載。上質な生地できちんと仕立てた服の価値を改めて提示しようとの意気込みも強く感じられた。写真のルイ・ヴィトンも前シーズンの優美な50年代スタイルから一転、どぎついほどのレトロなシノワズリ(中国趣味)スタイルで驚かせた。ステージには、剥製(はくせい)ふうの大きなトラが3頭。中国市場への意識があるのかもしれないが、それにしてもはっとするような毒気とすごみがある。70年代に欧州で起きた、ケンゾーやイッセイミヤケなどによるアジアンブームに影響を受けたのだという。」
アジアンの時代なのだが、それはニッポンではなくシノワズリなのだ。ニッポンは、どうする。
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「訃報。北日本自動車大学校 齋木達雄さん急逝」

2011/06/07
「訃報。北日本自動車大学校 齋木達雄さん急逝」
A-TEC HOKKAIDO 4DAYS 大会副会長でありSSER ORGANISATIONの名オフィシャルとしてご活躍いただき、多くの参加者の皆様との交流の深かった齋木達雄先生は、この5月31日に病気療養中のところご永眠されました。ここにお知らせいたしますとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
「追悼の言葉」
わたしはことあるたびに北海道芦別市にある北日本自動車大学校の、広々とした抜けるような広い空と濃い緑の学校を思い出します。
冬の雪の中を何度か訪れて、暖かい校長室で先生のコレクションを眺めたものです。特にこの数年間というもの2003年のツールドニッポンよりずっと、あのグランドに翻る黄色のSSERのコーステープがあまりにも印象的で、心の中の風景のひとつになっています。
そしてそこに着くとアフリカツインにまたがって走ってくる斎木校長の笑顔がありました。次の日にはT型フォードに火を入れる姿も、なにか特別の日のためにという先生の愛情を感じました。
そうしたいつもと変わらぬ風景が、この7月の北海道4デイズでも、当然のこととして存在するはずだとそう思っていました。
その校長先生は地域のことをとても大切にしていました。多くの公的な仕事をお引き受けになられ、特に北海道4デイズは芦別市の夏祭りに日程を重ねたものですから、ラリーに行きたいけれど夏祭りのために行けないという、ジレンマを語っておられました。
ラリーの最後尾を努めるのが多かった先生は、温泉などでゆっくりしている参加者を時間の許す限りは待って、そして一定の時間になると「早く行くように」と笑いながら叱っていました。モンゴルでもどのラリーでも、いつも一番厄介なところをお願いしていました。
ラリー運営には広い意味で教育的な要素が必要とされます。確かにラリーはライフスクールだ、と言った有名なオーガナイザーもいました。
辛いことや厳しい現実に向き合うためにラリーに参加するのではありませんが、ラリーの日々は決して甘くは無く望むと望まざるとを問わずクリティカルな状況は度々訪れます。おそらく斎木先生は、そんな状況が人間にとって変えがたい経験なのだと語っていたように思います。
これからも、わたしたちは先生の教えを守り、いくつもの困難の時にあって先生を思い出して乗り越えていこうと思います。
どうぞやすらかにお眠りください。
そしてわれわれを、お導きください。
山田徹
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「カモメのジョナサン」

2011/05/24
「カモメのジョナサン」
70年代に、ボクこの本の影響を受けたか。その青い表紙に白くカモメが描かれた1冊(今日の一枚の表紙とは違うのですが・・・)を、長く愛読していたような気がする。それも異様な共感性を持って。
そういえば子供のころからかアリの群れを観ても、イワシの群れを見ても、たとえばムクドリの群れを見ても、その群れにない個体をいつも探していたような気がするのだ。つまり進化は、そうした突然変異に期待すると言うことを学んだころからだったかもしれない。いや、群れることを非としてきたかもしれない。「群れず、媚びず、拠らず」を心して生きていた時代があった。
いまも群れを外れている1匹の羊にさえ、共感する。共感すると言うか「彼はなぜそうなったか」を考えるようになったというのが正しい。
その本ではカモメにジョナサン・リビングストンなんていう壮大な名前を付けている。ジョナサンはほかのカモメが餌を獲る(飛行を小舟からでるパンの耳を手にいれるための移動手段としてのみ考える)ことだけを目的として飛ぶところから、ただ「飛ぶ」ということに価値を見出し、それを追求するために群れを離れてただ早く飛ぶことだけのために危険な練習を繰り返す。
群れは彼のことを認めようとはしないばかりか、次第に遠ざけるようになる。ボクは若いころはそれを「当然だ」と考えたが、今では「悲しい」に変わりつつある。つまり思考の主体がジョナサンよりも、群れ側に近づいて来たのだろうか。
こうしたセンテンスとこの本の後半部分は新興宗教的なインスパイアがあって、問題視される向きもなくはなかったが、ボクは自分がジョナサンのようだな、と思いつつジョナサンならないように気をつけなきゃいけないとも考えた。
何でこんなこと書き始めたかと言うとジョナ・ストリートのことを考えていたからだろうか?それとも朝から行く試走の道すがらに群れを失った羊を見る悲しさの予感かも。
そういえばうちの事務所の水槽に居る亀にもジョナサンと名前を付けた。今は誰もそう読んではいないが「この亀は普通じゃないねえ・・・」つまり「普通じゃない」ことをボクは「ジョナサン」と呼ぶ構造を持っていた。
「変わっているねえ」「普通じゃないねえ」と言われることに喜びを感じてきたボクも、求道のジョナサンに教えを説く年頃になってこの本の本質が解りはじめた。
『「ジョナサンよ」と彼は言った。それが彼の最後の言葉だった。もっと他人を愛することを学ぶことだ。よいか』
つまりまあ、独りよがりだった自分を反省しながらですが群れの調和と新しいことへの挑戦は両輪で行わなければならないという悟りの境地に達したのかもしれません。
きょうの一枚
そんな「カモメのジョナサン」まだ読んでない人は、まあ読まなくても良いと思います。
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「ブツヨクなんてないもん!」

2011/05/20
「ブツヨクなんてないもん!」
APIOのコーノさんのブログで「オーバースペックプロダクト大全」が紹介されていた。あろうことか文末には「経済活動で復興に協力したいが最近欲しいモノがないとお嘆きの貴方に物欲を刺激します。どうですか?ヤマダサン。」
という、なんともチャレンジングな物言い。
「くくくっ・・・ヒック(悔し涙)」
そういえば、昔のことダカールの海岸で、ジャーナリストの多賀マリオさんに「あなたは、歩くモノマガジン」と言われて、喜ぶべきか悩むべきか悩んだことも昨日のよう。まあのころは確かにそうだったかもです。
しかしコーノさん、ボクは声を大にして言いたい。
ボクはただいま、そのブツヨクの究極に足を踏み入れつつ「こんな恐ろしい世界があったのか?」と茶道具やら掛け軸やらの、いけないオーバースペックならぬオーバープライスな・・・だって、たかが古ぼけた南部の鉄の茶瓶が・・・そんな値段はしないでしょ!なのです。まあ高いったって茶瓶はタカが知れていますが・・・・・
でも近年はとくに節度あるボクとしては、行きつ戻りつ、美は美として愛でつつ「所有しない」という美学を発見しているのでもあります。
物欲とは、まだまだ修行が足りませんぞ!「喝!!」
と言いながら、周期的にやってくる時期戦闘機候補とか、試走が近づくと俄然活気付くアウトドアグッズ購入症候群や、あの「イメルダくん!」と賞賛された靴が欲しい衝動やら、抑えていた衝動がまるでライカだあジットだあ、Mマウントだあっていうコーノさんのごとく、つぼの中から「レッドスネークカモン!」な状態になっているんであります。ピィー(笛の音)
きょうの一枚
ボクのブツヨクはあらぬ方向に向かっていて、キャノンのCMで観た長谷川等伯の「楓図」が・・・スキャンして実物大に出力して作って事務所に飾ろうかとも思ったけど、おそらく大ヒンシュクで・・・。でも素晴らしい。

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「ちょいとパリダカづいてきたので」

2011/05/19
「ちょいとパリダカづいてきたので」
もう少し景気の良い時代のオハナシ。
マジでボクはポルシェ959を買おうとしていた。いやほんと。ほんとって!
ある日ヨーロッパのオークションサイトだったかでRothmans Porches dakar1986と書かれているマシン!「まさか?」で金額を見たら650万円(円換算でね)くらいだって、しばらくは何も手につかない時間をすごしていた。
「650かあ・・・」
それでもため息は出る。
「もうそんな金額になったんだろうか?」
と、心はちじに乱れる。
数日後に良く見たら6500万円だということが解って「あー、良かった」と心からそう思った。あの胸に起ったさざなみ、あれがなんだったのか、ボクは知っている。時々起こるあの胸騒ぎみたいな、どこから沸いてくるのか解らない、あの飢えにも似た焦げ付く思い。いつもそれに突き動かされてきた人生だったもの。
パリダカのときもそうだった。
その引き金は、ガストン・ライエだったしNXRだったし、ポルシェ959を駆るルネ・メッジやジャッキー・イクスらの姿だった。

ポルシェ959、もちろん80年代のクルマだから、今では遥かにこれをしのぐマシンは普通に存在するだろうがボクの中では特別の存在である。実は松山に1台あるのだ。あるにはあるのだが・・・・。
いずれにしてもボクの胸騒ぎは今も続いていて、時々その思いに自分でもたじろぐことがある。
きょうの一枚
ボクもタバコを止めて長いのだが、モータースポーツシーンにロスマンズがマルボロの向こうを張っていたのが懐かしい。
Rothmans International p.l.c.は、今はない英国のタバコメーカー。ブランド名はロスマンズやダンヒル などを作っていた。
1999年にブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)に買収されて21世紀を見ることなく消え去った・・・しかしロスマンズブランドは今も残りロスマンズロイヤルなんて気品のあるタバコとして愛好会もあるくらい。
おまけ

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「男と女」

2011/05/18
「男と女」
TBIの閉会式のあと、自分は「あのジャン・ルイだ。」というある大学教授と酒を飲んだ。モンテカルロラリーから雨の中をシェルブールに向かって走るフォードの姿が思い出されて「???」な感じになって少しボクは口をとんがらせた。映画「男と女」の話だ。その主人公のジャンルイ・トランティニヤンと自分を重ね合わせている男が目の前にいて「まさにこれはロマンチストだわい。」とひとり納得した。まあそれもラリーの魅力なのかもしれない。ニーチェじゃないけど男は危険なものが好きなのだ。
さらに彼はフランス語のせりふを大きな声で言うものだから「待っているのはどんな女の人か興味がわいてくる。」のである。ともかく、この映画はボクも子供心に少なくないインパクトを受けた。ジャン・ルイはル・マンでフォードF40をテストするものだから、ボクは「栄光のルマン」とこんがらがってしまって、いずれにしてもこの時代のフランス映画には、数知れずインスパイアされっぱなしだ。
きっとパリダカへの情景も、このフランスの甘美な切なさのようなものの延長線上に感じたのかもしれない。そういえばその席で「海へ」の話になった。88年のパリダカが舞台だ。ジョゼ・ジョバンニの「砂の冒険者」が原作で倉本聡の脚本。88年に製作されて高倉健やらいしだあゆみやら桜田淳子も出ている!ついでに言えばラリーの監修は菅原さんだ。ボクも走りながら眺めていた。なぜだかラックロゼのスタートに向かう細い道で、宇崎竜童ともうひとり名前は忘れたが、激しいスタックをしていた。撮影クルーはいなくて、彼らは後ろからラリーカーがやってくるので焦っていたのが思い出される。
確かにこの映画もそのフランス映画の妖しさがあった。パリダカの映画だから!と観た向きには意味不明だったかもしれないが、まさにフランス映画のようだった。

きょうの一枚
今年カンヌ映画祭。昨日の「今日の一枚」“パリの真夜中”がオープニング上映作品。この映画祭の公式ポスターはいつもチェック!!今年のモデルはフェイ・ダナウェイ。1970年撮影、カメラはジェリー・シャッツバーグ監督。「ボニー&クライド」にボクたちはしびれたっけ。

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「ラリーのレストラン」

2011/05/17
「ラリーのレストラン」
パリダカの創成期、つまり1979年とかその時代。ラリーにケイタリングは無かった。食事も自分たちでどうにかしなければならなかったそうだ。そのあとはTSO(主催者)が食材を配ったりしていたという。本当にプリミティヴな冒険であり、競技より前にサバイバルだった。
やがて「AFRICATOUR」という旅行会社が、ケイタリングをはじめるのだが缶詰とインスタントのコーヒー、歯が折れそうなパン。食べるのも億劫なような食事だった。篠塚さんがコッヘルで食べているインスタントラーメンが、羨ましくて仕方なかった。
その流れが大きく変わったのが1992年。パリ-北京だ。三菱商事が巨額の資金を提供してMAPSという運営会社が設立された。
ビバークには巨大テントが建てられた。恐ろしいコストだ。パンも焼いているし朝食には目玉焼きもあった。パリダカもこれに負けじと、食事の質の向上に腐心した。数年ぶりに行ったパリダカ、えっと1998年の20回大会。ビバークの食事はFAUCHON?だった。特別美味かったとも思わないけど、少しだけ考えさせられた。砂漠は既に冒険のフィールドではなくなったよ。そう示唆されているようだったし実際にそうだ。危険なのは砂漠地帯ではなく、テロや国境付近や強盗などになっていた。
いまモンゴルのケイタリングについて、SSERでは準備が進められている。星空レストランのテーブルやイスもそろそろ新しくしなければならないようだ。とにかく機材の疲弊が進む。そうした中でも工夫して安全で温かい料理を心をこめて作るだろう。なんか今年は缶詰とか震災の影響でかなり困っている。なんとパン焼き機を大量に発注していた。海外からのエントラントが増えているからだが、原発の風評被害は少なくない。
きょうの一枚
サルコジ大統領の妻カーラ・ブルニは、ウッディ・アレンの『Minuit a Paris』(パリの真夜中)に出演、そのポスターにボクはちょっと心動かされた。まだまだ表現の世界はあるね。そんなフランス、次期大統領候補最有力のドミニク・ストラス・カーンがアメリカで逮捕された。IMFの専務理事だから実質上の世界通貨の番人。なにが起きたのか?
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「モンゴル、試走直前。子曰君子求諸己小人求諸人」

2011/05/16
「モンゴル、試走直前。子曰君子求諸己小人求諸人」
美しい季節、新緑は日に日に濃さを増し畑では麦秋の黄金色が広がる。
SSERの隣の畑もたくさんの野菜が育っている。その伸び具合を見るのも楽しい。昨日は福山で麻生さんが野菜を植えているところを眺めた。子供たちが来て手伝っているのが可愛らしいのだが、おじさんはビールを飲みながらだ。
ところで、事務所の葡萄も大きくなってきた。大きさがまちまちだった3本の木だったがいつの間にかどれも変わらぬ大きさになった。葡萄の葉は可愛い、小さくてもちゃんと葡萄の葉だ。でも考えてみたら植物の葉は、どれもそうかもしれない。
さて、こんな季節になるとモンゴルの試走だ。強い砂嵐の季節だが、それと闘うのも楽しい。留守をするので厚主クンと強風で壊れていたぶどう棚を直した。厚主クンは断熱工事の続きをしなきゃ!と材料を買いに行った。断熱は14面ある天井の10面までは終わった。あと4面をしてから出掛けられると残されたスタッフは助かるだろう。
ところでボクにはどうしても、疑問がある。
なぜ東電の賠償を、ほかの電力会社も協力しなければならないのだろうか?これだけはどう考えても納得がいかない。四国電力などが自発的にするのではステークホルダーは納得しないだろうし、政府が指示するのもおかしい感じがする。
どこかの金融機関が破綻したとき、ほかの金融機関は支援したことは無いと思う。ということは電力会社はみんな同じ根っこで繋がっていたということで、きちんとした株式会社ではなかったのだろうか?
「会社はだれのものか?」なんて本がむかし流行った気がするが、いったい東電はだれのものなのだろう?東電の株主や貸し付けた金融機関にも責任があるという論調はそのとおりだと思う。利益を求めたものは損失にも責任を持つべきだと思う。
子曰 君子求諸己 小人求諸人
子日わく、君子は諸(これ)を己(おのれ)に求む。小人(しょうじん)は諸を人に求む。
意味は言わない。ただ小人とは徳のない愚かな人の意味
小人閑居して不善を成す。
とかね。
会長と社長は役員報酬を半分にするそうだが、半分でも3600万円!らしい。というネタの出もともハッキリしないので、「らしい」を付けたがこれも風評被害?であることを祈リたい気分だ。
さてモンゴル。
日本とアメリカが共同で核廃棄場を作るらしい。それはあまりにも小人の考えではあるまいかと思う。自分で始末の出来ない危険なゴミを、何の責任もない国に金で頬を叩くようにするのだろうか?か?
それは恐ろしい禍根を未来に残すと思う。
「原発はトイレの無いマンションだ。」
という意味が、改めて解る。
美しくかけがえの無い地球、モンゴルはその最先端だとボクは思っている。経済的に貧しいからと言って、それが貧しいことにはならない。貧しいのは日本人の心になったのか?
きょうの一枚
この国のどこに核廃棄施設を作るのでしょう。そうしてどのようにしてここまでそれを運んでくるのでしょう。いつから日本人は・・・
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「ところで、高速1000円って、いつまで?」

2011/05/12
「ところで、高速1000円って、いつまで?」
やはり気持ちが悪いことのひとつには
「決まったのか、決まってないのか?」
「実行はいつからなのか?」
気がついたら始まっているのか?さっぱり分からないことだ。
今日のこと、あの梼原町に居を移した土屋君が事務所に遊びに来た。かつてSSERの映像制作を担当していたあの通称イチカメさん!だ。農業をしながら暮らしているのだが、その移転を決めた理由のひとつが松山IC以南の高速無料化だという。
良い話しは続かない。
まさにそういうことだろうか。
6月18日は松山でモンゴルの船積み車検だから、
「高速1000円できてもらおう!」
と言ったら
「えっ6月からは無くなるんですよ、それ。」
「・・・・・」
「いや6月いっぱいはOKらしいですよ」
「なんかNEXCOのHPとか見てから言えよ。」
「NEXCOのHPには、何も書いてありませんよ。」
「まさか?」
「・・・・・」
何も書いてませんがな。
ということで、高速1000円の廃止は風評?ということになってしまうではないですか。確かどこかで決まったような。東北は無料にするとか?
しっかりしなさいよ、と本当に言いたくなるではありませんか?!
で、ところでいつからなんでしょう?
きょうの一枚
北海道の魅力は、やはり深い森。そしてそれを抜けたときに広がる巨大な空間が出現します。なんと言ってもそのコントラストが日本離れしていて・・・。
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「そうそう、連休の分散化はどうなった?」

2011/05/11
「そうそう、連休の分散化はどうなった?」
もう忘れたかもしれないけど、民主党は連休の取得を分散化させるという案を進めていたと思う。
「TBI、やれなくなりますよね?」
「ゼーンゼン!」
「でも休日が・・・」
「そんなことよか分散化したら、日本のサプライチェーンが破綻するよ。トヨタ方式など徹底した効率化で在庫を持たずに生産する奇妙なシステムは狭い国土の日本ならではなのよ」
あの時そんな話しをしたものだが、図らずも今回の大震災でそれが証明されるという皮肉に。
そもそもサプライチェーンとは、供給(サプライ)の連鎖(チェーン)のこと。完璧に分業化された部品や素材の調達がその日の必要量に応じてタイムリーに供給されるというもの。
「道路を倉庫にしている」と揶揄されたことも・・
そう、今回大きなダメージを受けた自動車業界はその代表格!てかトヨタ方式とかカイゼンというシステムを築き上げ筒、実は彼らが最も恐れる事態が起きたということだ。
自動車は一説によると3万点を越える部品で構成されているという。1台分の部品を広げて置くと、体育館ひとつ分といえば大げさだけど・・・
以前ラリーカー製作のときに全ての部品を1点ずつにばらして工場(いまの事務所)に広げた。180m2ではとても足りないのだ。
エンジンの構成部品も全て1個までに分解した。
「組み立てられるのか?」
みんながそう言った。ばらばらになった部品の管理は難しい。
どのひとつが欠けても1台の車は作れない。
日立ルネサスの壊滅的な状況は世界中の自動車メーカーに極度の被害を与えたし、とにかく全ての部品が連鎖して進むので、GWを1週間ずつ3つのエリアで行うということは、3週間操業が止まる・・・つまり製造業では今回の大災害級の製造支障が発生する。
さらに今回の震災とこうした考え方から心配な点は一つ。
要は阪神淡路で被害を受けた神戸港湾は、復興後もすでに天津や釜山に移った機能を取り戻せなくなってしまっている。というようなこと。
海外生産も大きな被害を受けたが、いまの政府の考え方では製造拠点を海外に移さざるを得なくなると思う。サプライチェーンの崩壊を見ながら、やはりGWをずらして取得するのは不可能だろうということが分かったというのも、辛い話しではある。
あと製造工場に大きな倉庫需要が出てくると思われる。在庫が膨らんで、少しだけ経営を圧迫するかもしれないので部品の共有化がさらに進んでいくことだろう。
なんてまじめなOVを久しぶりに書いてみた。
きょうの一枚
ああ、早く北海道に行きたい!!今年は赤松カメラマンも行くそうだ。ああ、夏はウニのシーズンだよねえ。なぜか去年はボクは行ってないって。「すしひろ」2年ぶりだなあ。ということで美味しいものを食べようという企画の「北海道4デイズ」ビバークの食事もがんばってるし。

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「やっぱ、蓄めるチカラの開発も」

2011/05/09
「やっぱ、蓄めるチカラの開発も」
浜岡原発が止まるようだ。重大な決断を、割と簡単にしてしまった。いずれにせよ「決断」というものは、どのように深く考えたのしても発表された時点では、その道筋や伸吟ぶりは伺えない。
国家の運営というのは誠に難しいものだと思う。何かを試みれば利があり害がある。芦別に行くたびに「石炭を掘れば良いのに」と思う。まだまだ良質な石炭が沢山あるそうだがオーストラリア製の石炭が輸送コストを見ても割が合うのだという。環境先進国になろうとする日本も火力頼りだ。
「なぜ石炭は見捨てられたんですか?」
と聞くと
「それは国のエネルギー政策の転換によるものです。」と
ボクは石炭は掘りつくしてしまったのかと思いきや、そうではなかったようですね。
ある決断は大きな利害を生みます。北海道の少なくない産炭地の都市は崩壊してしまいました。炭鉱から観光へという語呂合わせに頼ってみたところであとの祭りです。
バランスのよいエネルギー政策は不可能なのでしょうか。同じ石炭を燃やすなら国内での採炭を復興させては・・・ああ時代は逆行するのですか!?
電気の供給というのは作ったものを蓄えられないというところにその難しさがあるようですね。この蓄える技術をもっと発展させることは出来ないのでしょうか?何度も書きましたが、海水にあるリチウムを取り出す技術を開発して電気は大量に保管できるようにしたらいかがでしょうか?
夏の暑さも冬の寒さも、それぞれ蓄えて反対の季節に放出できる!なんてことは出来ませんかね??
きょうの一枚
北海道4デイズ。富良野で。気持ちの良い7月の北海道。
夢のようなライディングの日々!
そうそう!プレエントリーの締め切りは接近中です。5月15日ですよ!どうぞお忘れなく。

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「TBI2011 完走率100%」

2011/05/06
「TBI2011 完走率100%」
何か今回は特別の「悲願」のようなものがボクにはあった。そして大会開始時の総合ブリーフィングで確かに「今大会は100%の完走を!」と宣言とは大げさだが、少しばかり祈りの気持ちにも似た思いでいた。
そして100%成就!!まるで「事は成った。」という満足な思いに包まれていた。
完走率100%って聞くと「なんだかTBIってのは、楽なのだろう。」そう思うのが普通だろう。
でも、数人のグループでツーリングに行っても、何かしら問題は起きて、100%完走というのはそう容易でない。
距離も2000kmをゆうに越えているし、ハードなオフロードも500km超えだ。なかには「よく見つけてきたねえ、こんな道」と賞賛?されるような自然に還ろうとしている道も織り込まれている。
参加する者はあらゆる緊急事態に全て自分で解決しなければならない。深夜の山奥でガス欠になることもある。クラッチを壊したものもいるし、体力の限界を感じてリタイア届けを出して受理されなかった者もいる。
ビバークと呼ばれるキャンプ場には、温かな食事と主催者の手で運ばれた一人当たり22.5kgを上限とするバッグ。しかしその大半はテントとシュラフで占められる。その程度の荷物だけが頼りだ。
こうしたことからも、100%の完走というのはまことに凄いことだと思う。
もうひとつ。
総合4位になった松井航さん。22歳。今年モンゴルへ挑戦する。女性参加者にも25歳の若者がいました。来年はモンゴルへ挑戦するそうだ。
ボクの諸願は成就された。
さまざまな願いや祈りを込めた2011のTBI、偶然ではあったものの鎮魂の意も含んで高野山に参った。歓迎してくれたのは奥の院の入り口にある白山桜の古木、なんと満開。これから始まる四国への巡礼の旅立ちへ。
そこは空海がいまも禅座して読経をしているといわれるところ。時間が無かったので、半ばから手を合わせた。
また新しい旅に立てそうだ


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「リーダーとはなにか」

2011/04/28
「リーダーとはなにか」

いよいよTBI。大阪は河内長野にあるプラザ阪下では、明日のプロローグランのくい打ちが始まっています。

コースをどのようにするか、というささやかなことでも面白い現象が表れます。

そのささやかなプロジェクトの中にも必ずリーダーが生まれるのです。そもそも事前に周到に計画していても大勢で作業をしてるうちに「こうすれば良い」「ここはこのように変更したらどうか」と言い出す人は出てきます。

「おー、そうかいじゃあそうしてくれ!」

と言ってしまえば、最初に計画した人は「???」となります。アレンジにはコンセプトが必要ですからね。

じゃあ「だめ、それでは問題が起きるでしょ。当初の予定通りやるの!」と断じてしまえば、実も蓋もありません。

ここでささやかではありますが覇権争いが生じます。

コンセプトの違いを論じてる暇は無く、即座に答えを出さなければなりません。

このようなクローズドコースは、設営するものの意図や意識が大きく反映されて、つまり味付けによっては面白くなったり面白くなくなったりしてしまいます。

ここはリーダーの腕のみせどころ、ということになります。

つまるところ、ことに当たらなければリーダーの資質は見えてこないというところでしょう。

いま日本は未曾有の大災害に見舞われています。まさにリーダーのリーダーたるリーダーシップが求められていますが、いかがでしょうか。

大変残念なことにわが国の政治はリーダーを生み育てるシステムは無かったようです。議院内閣制も良く機能しないのでしょう。野には人材は沢山います。しかしその登用される人材は三顧の礼を持って迎えられるようなことではありません。

肝いりだったり政敵に変じないことを条件に付されてるような、誠に頼りないような人が用いられているのをみるにつけ、やはりその頂点にあるリーダーの資質のあまりにものレベルの低さに愕然とします。

まあなんとしても、良き日本をもう一度という思いが募ります。
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「旅とはなんぞ」

2011/04/27
「旅とはなんぞ」

そもそも旅に出る、つまり人が動くと文化も風俗も連綿として広がり言語も伝わります。人と人が出会い血の繋がりも出来てしいます。日本に文化や言葉を伝えたのは人間ですが、行為は「旅」ですね。ね。

古来からより良い安住の地を求めて人類は「旅をする」というDNAが刻み込まれていると思います。

ゆえに「旅に出ます。」

現代の旅はDNAが求める、血の仮想体験かもしれません。それを理由に旅先で変なことばかりするのはだめですよ!

時おりしもツールドブルーアイランドのスタート直前。これも2000kmの「旅」で、これまで約5万キロの道のりを旅してきました。感慨もひとしおですね。

ウイキペディアで「旅」とは何かを見てみました。

「広義では、人が徒歩もしくは何かしらの交通手段を用いて移動すること全般を言う。狭義では、観光地や行楽地などへの観光(宿泊を含む場合が多い)のための移動を表し、買い物、通勤や出張などのための移動とは区別される。一般的に 「旅行」と言う場合は、狭義の旅行を指す場合がほとんどであるが、JRの旅客営業規則のような約款における用語としての「旅行」は広義の旅行を指す。を指す。を指す。

語源

「たび(旅)」の語源は不明であるが、その意味上の共通性やアクセントの面か ら、「とぶ(飛)」との関係が疑われている。回数を表わす助数詞「たび(度)」は「たび(旅)」が転じたものという。なお、柳田国男によれば、旅の原型は租 庸調を納めに行く道のりのことである。食料や寝床は毎日その場で調達しなければならないものであり、道沿いの民家に交易を求める(物乞いをする)際に、 「給べ(たべ)」(「給ふ〔たまう〕」の謙譲語)といっていたことが語源であると考えられると柳田は述べている[1]。旅の枕詞は「草枕」である。枕」である。枕」である。

目的

旅行には、通常は目的地がある。その目的地に行って、観光を楽しむ。また、そ の移動過程を楽しんだり、移動中にも観光などを行なうこともある。特殊な例では移動そのものが目的の場合もある。   以下略」

この文の中で「ムムム」と思った箇所がありませんか?目的の最後の段に

「特殊な例では移動そのものが目的の場合もある。」

というところ。

つまりこれを特殊な例と語るところがおかしいのであって、いつまでも目的地に着くことが目的と思うところに「旅」の悲しさが付きまとうのではないかと思い ます。す。す。

帰りついた自宅が一番良いので

「あーあ、やっぱりウチが一番!」

と、長い海外旅行から帰りついた人が異口同音に漏らす、アレを思い出してください。ウチが一番なら旅に出る必要は無いのじゃないか?というとこれは別の議 論ではありますが。が。が。

つまり旅は、古くからは新しい安住の地を求める行為だったところがあります。今の安住を越える、もっと生活に適した食物が充分手に入る、そんな場所。

そう考えると旅は道中も含めて目的地は「新しい自宅」またはそれが見つからなければ「これまでの自宅」だということが分かります。

自宅に帰り着くまで、どのような道のりで経路で道中を楽しむか!?ということが何よりも大切な「旅」だとボクはそう思っています。

間違っても旅先に新しい自宅を見つけないようにしてくださいね、みなさん。
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「TBI ウィーク、はじまった。」

2011/04/25
「TBI ウィーク、はじまった。」

いよいよ今日からTBIウィークだ。

風も緑も、空も海も川も、全てが光り輝いている季節だ。今年ははじめて四国以外の土地をグランドスタートとした。夜のフェリーに乗るまでの道のりは、ちょっと往年のパリダカの気分だ。

ベルサイユからセッテとかマルセイユに行った。1000kmのみちのり、まあ今回は170kmばかりだけど、変化に富んでいて面白い。大阪→奈良→和歌山→大阪かな?予定していたダートは、どれも通行できなかったけど、それより不思議で謎めいた道ばかりだ。ボクは好奇心をそそられっ放し。

それにしても今年がいろいろあった。過去にないほどの大勢の方の出場取り止めを受け付ける心境は複雑だった。それでもやはりTBIは今年もその4半世紀に及ぶ歴史を積み重ねることをためらわない。素晴らしい1週間をお約束する。

きょうの一枚

TBI名物は川を渡す鯉のぼり。今回はミニカミオンバレイが登場する。そのクルマにも鯉のぼりがはためいている。
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「大人の賭け」

2011/04/22
「大人の賭け」

菅原義正VS尾上茂の温泉旅館を貸しきるという罰ゲーム?のついたモンゴルの勝負もなかなかのものだが、こんな賭けもある。

「ヴァージン会長の罰ゲームフライト、5月1日決行スッチーのコスプレでおもてなし」Yahoo Newsより

ヴァージンのリチャード・ブランソン会長がスチュワーデスのコスプレをする罰ゲームフライトが、5月1日(日)に実施される。これは、昨年に行われた賭けにブランソンが負けたために決まったもの。ヴァージンを率いるブランソンと、チーム・ロータス(当時はロータス・レーシング)のチーム代表トニー・フェルナンデスは、ともに航空会社を運営している。そのため、2010年の最終的なチームランキングで下位だった方は、相手の航空会社のフライトにスチュワーデスのコスプレをしながら乗務するという賭けが行われた。ロータスが2010年のランキングで10位になったのに対し、ヴァージンは12位。これにより、フェルナンデスが経営するエアアジアで、ブランソンがスチュワーデスになることが決まった。ブランソンがスキーで負傷したため、この罰ゲームフライトは遅れていたものの、5月1日に実施されることが決まった。フェルナンデスの言葉を借りると、「彼はフライトの間じゅう勤務しなければならない。給仕をすれば、掃除もする。トイレ掃除も免れない」ようだ。罰ゲームフライトを楽しみにしているフェルナンデスはさらに、次のように笑顔で語った。私の師とも言える人物が、エアアジアでフライトアテンダントになるなんて誰が想像できた? カミソリは用意した。彼の毛むくじゃらのすねをそるのが楽しみだよ」

というお話だが、実はボクは知っていることがある。というかフェルナンデスは知らないのだろうか?ブランソンは女装なんて大好きなのである。大好きなことが堂々と出来てメディアもしっかり集まってあまりにもプラス効果が多い。罰ゲームどころか広報戦略にしか見えない。和文英文で検索すると出てくる出てくる・・・何万ものブログで書かれていて。。。ああボクもまんまと・・・

いやそうだとしても「大人の賭け」というのはこうでなくちゃいかんとボクは思う。さて、8月の賭けの行方は楽しみではあるね。それにモンゴルの日本人のAUTO部門の参加者数は過去最多!!!半分がジムニーというのも面白いのだが・・・

きょうの一枚

日産リーフのレーシングマシン。なるほど。
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「必死のパッチの、TBI試走。昨晩終了。」

2011/04/21
「必死のパッチの、TBI試走。昨晩終了。」

TBIの試走・・・何とか昨晩遅くに終了。印刷には何とか間に合った。

ところが一昨日、オフィシャルカーのパジェロ、スタートと共に高速に乗るやエンジンが回らない!!すわコンピューターだろうと、バッテリーターミナルをはずし例によってエラーのログをクリア下のですが、全くカイゼンせず。

「うーん、燃料かなあ?」

そんなこんなで4時間の道のりを8時間もかかってクタクタで大阪到着。翌朝はスタートしてまもなくのホームセンターでポリタンを買って燃料を全部抜いて新しい燃料でリフレッシュ。これで!!直らなければ今回はコマ地図が印刷に間に合わない!という非常事態が起きる!!

んで案の定症状は改善される気配は皆無。坂道ではもみじマークの軽トラに、すごいスピード差で追い抜かれ、そうではないところでは長い渋滞の先頭という悲しい現実。
それでもなんとか試走は完成。必死で高速道を帰ってきた。

「よく捕まらなかったねえ?」
「なんで」
「最低速度制限があるでしょ。」
「じゃあ渋滞のときは、あれ全員捕まるの?」
と相変らず減らず口のボクでした。

きょうの一枚

高野山奥の院、高野山では時間をたっぷりと。それを見越したタイミング設定をしています。とにかく1日目は、昔のパリダカのヨーロッパステージそのもの。奥の院の参道、この灯篭にある三日月のモチーフはSSERのきっとどこかに。
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「はじまりましたね、あの闘い」

2011/04/18
「はじまりましたね、あの闘い」

桜も盛りを過ぎるころ、ラリーモンゴリアの華?の盛りは、菅原義正VS尾上茂のジムニー対決。

このふたり同じチームなのだが、とにかく凄まじい戦いぶり。口撃合戦は、とにかく面白い。心配しあいながら悪口を言う。良きライバルの姿とはこういうものだと思う。ゴールして相手がなかなかゴールしないとなると、最初のうちはニヤリとしていたものも、だんだん時間が経つと心配でたまらなくなるのだ。ライバルを失いたくはないのだ。そういう意味でこの2年は互いに存分に戦えなかった。昨年は尾上さんがトラブルで大きく遅れたし、その前の年は菅原さんがトラブルを起こした。しかしそのトラブルは二人共に共通なものだという点も面白いが、あれで完走に持ち込む二人の底力にも感服である。

いまは準備段階の闘い、つまりスペックが同じマシンをいかに有利に仕上げるか、なのであるが、とにかく虚虚実実の駆け引きが面白い。まあ結局のところ秘密とか作戦とかいいながらとにかく楽しんでおられる。

改造の様子は本日UPの「菅原さんの手紙」と尾上さんの ブログ をご参照されたい。

おふたかたとも今回は一層の軽量化に腐心をされている様子。菅原さんはついにリアハッチを幌に。尾上さんはボンネットをカーボンに。何せ二人の戦いは負けると温泉旅館を貸しきって回りのものをみんな呼んで大盤振る舞いをしなければならないという苛酷なもの。

昨年は七沢温泉で尾上さんにご馳走になった。小林多喜二ゆかりの老舗で、感銘も深かった。すでに菅原さんは「今年も尾上さんの驕りだ!」と意気盛ん。尾上さんも「絶対負けない!」と。今年のモンゴルではFUTURE特別編「おとなげない人たち」とおいう30分番組を作ろうかなあ。

いずれにしてもこのおふたり、そうは言いながらもラリーモンゴリアを何とか盛り上げたい!という思いでボクはことさらに胸が熱くなる思いだ。完璧な状態のマシンで最後までデッドヒートの戦いを期待!!

この模様は伝え続けていくことにしようと思う。

きょうの一枚

菅原さんはボンネットにエアインテイクを設けてエンジンルーム内の冷却を図った。さらにナビもドライバーのパワーアップに大きく寄与している・・・オッ。みるとドアミラーも空力向上。尾上さんはカーボンボンネットで軽量化を進めた市、ナビは石原孝仁!!とまあ強力でボクは戦前の予想が全くつかなくなった。まあ勝負の女神がどちらに微笑んでも、ボクには温泉旅館はついてくるしね。

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「さあ、TBIだ。」

2011/04/14
「さあ、TBIだ。」

ボクたちの原風景である四国のTBI、つまりラリーの現場がボクタチの棲家である。例年より大きく遅れた試走が佳境に入っている。山々は美しい季節を迎えた。
山桜のその存在の美しさは誠に見事だ。毎年書いているような気がするのだが

もろともに あはれと思へ 山桜
花よりほかに 知る人もなし

ボクの解釈は、普通の現代語訳とは違うかもしれないが、互いに「あはれ」と思うこの感情は、なんとも訳しがたいものだが山桜は花をつけたときにのみその存在が分かる。このことを「あはれ」と感じ、もろともに、つまり互いにその存在の不遇さを囲っているのではあるまいかと感じる。つまり「世が世なら・・・」みたいな気分があるのかもしれないと思う。世の中にこういう気分の人も少なくないだろうと思う。批判的な物言いをする人はどちらかというとそうだ。だから最初にこの歌を読んだときは、とっさにそう思ったが、いやいやもっと深い。

山々の桜が終わり、ヤマツツジが咲き始めるころにTBIははじまる。高知の川は全て太平洋に注ぐがその渓谷筋に咲く藤の花の色も見事だ。必ず人の手の届かないところに咲いているのもあはれであると思う。その沢筋を時折やってくる参加者の乗るオフロードバイクを眺めているのが好きだ。ラリーが素晴らしいと思えるもの。

そんなこの季節の色の変化ほど美しいものもまたあるまいと思う。川の淵のみどり、海の蒼、山の若いみどり、栗の花の淡雪色。そう昨日良く肥えて可愛いニホンカモシカの幼獣がボクタチの目の前にゆっくりと現れた。まるでなにかの使いのように。

その毛色の美しさ。
思わずカオルサンと目を見合わせた。
茶色でもなくベージュというのでもなく。

モンゴルではこういった色をホンゴル色といい、もっとも高貴な色だと言う。ホンゴル砂丘もその色に近いのでそう呼ばれる。馬もホンゴル色が上等とされる。振舞われる馬乳酒もどこかホンゴル色をしている。少し話が変わってしまったが、つまるところ花よりほかにも知るものも居て(カモシカとかね)案外と神様は見ていた「かも」ですね。

きょうの一枚

ボクは写真が撮れなかったのでネット上で拝借。

学名はJapanese serow 90度の崖をゆっくりと降りて対岸からこちらをじっと見つめていた。今度は熊と遭おうとカオルサンと約束した。

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「反論の無い意見は保留する・・・2」

2011/04/13
「反論の無い意見は保留する・・・2」

数日前にも書いたこのタイトル。ドラッカーの言葉だ。

書くまい書くまい、と常に揺れ動く「東電」福島第一原発の事故とそのニュース。しかしボクはプルサーマルの仕事に関係したことがあるので、やっぱり書く。そのときに感じたのだが、反原発の学者や活動家も多くそれにその論もいちいち頷けた。ヒステリックな女性活動かもいたりはするが、物静かな反対論者もいた。今回の報道も国の原子力政策そのものも、全て推進派だけで行ってきたように思う。つまり内部では反対のない意見ばかりで進めて来たに違いあるまい。

いや原発が良いか悪いか書きたいのではないが「そら見たことか」という反原発論者もメディアに登場させてこそ面白い。なぜ広瀬隆をださない?!

日本はこの20年間というもの、カイゼンという言葉まで世界標準にするほどトヨタ方式で徹底的な無駄を排除してきた。「絞りきった雑巾をさらに絞る」と揶揄される。しかし、絞りきった雑巾をさらに絞るためのエネルギーは無駄ではないのか?とは誰も問わない。これも節約原理主義である。絞りきった雑巾では汚れは落ちないことを知らないのかもしれない。ホコリは取れるけどね。

モノには「遊び」が必要だと思う。遊びとはそうブレーキを踏んで効きはじめるまでとか。飛び石の周りの砂利=犬走りという、とか。茶室なんかもそうかもしれない。とにかく日本の文化など侘びだとか寂びだとかは無駄の象徴でもあるのだ。実はそんな一見不要なものが必要なのだ。しかし不要に見えるものはコストカッターの餌食になる。反論の余地の無いものは、全て潰してきたろう。

東電の会長と社長も稀代のコストカッターだったそうだ。

小さくこつこつとカットしてきたコストは、大きな代償を残した。被害者は日本国民全員かもしれない。「想定外」とか「1000年に一度だから」というのは言い訳にはなるまいと思う。

さらにボクが語り続けてきたコンプライアンス。

なにをしても何かに当たる、ならばなにもしないのが良い。コンプライアンス不況というそうだ。企業はコストカットとコンプライアンスの徹底、おまけにCSR企業の社会責任の「3C」の推進で埋没してしまう。誰がこの国を先進国唯一の「負け組み」にしてしまったか。この20年のツケを全国民で負担して、再び日の昇る国にしなければなるまいとは思うがしかし。

きょうの一枚

ニッポン、この名前つまり国号を定めた法令はないのだそう。さらに発音も「ニホン」「ニッポン」どちらでも良いそうで、なんともあいまいな部分が残る。ちなみに菅さんは「ニホン」ということが多い。しかしボクはデザイン業界の端くれとしてみた場合に、この日の丸のデザインは究極であり、これを越える国旗(以外でもだ)デザインは見たことがない。誠に国号である?ニッポン日出ル国の象徴ではある。
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「カオルさんとTBI試走中」

2011/04/12
「カオルさんとTBI試走中」

今日も朝からコース制作。満開の桜の中を1台のパジエロで・・・普通は2台体制。。。必ず2号車もコマ地図を書いて、あとで付け合せをする。これが2000kmの道のりで、間違いは平均2箇所。それを発見できるのも、この付け合せという作業。

以前は全てのコマが記憶できたものの、最近は半分くらいが「???」なのだ。ボクは右折と書いているのに2号車のコマは左折と書いていたりすることがあり、どちらが正しいかさまざまに検証(醜い言い争いの場合もある)どうしてもわからないときは(あまりそれはないのですが)現地を見に行く。これがSSERのコマ地図の精度を高めている。モンゴルだってそう。

石巻撤収チームがまだ帰り着かない!!高速で落ちていたボルトを踏んでパンク!とか・・・・とまれ安全運転で。

ちょい疲れたので今日はこのくらい。

きょうの一枚

そもそも四国は水不足ではあるまいかと思う。試走のこの時期にこれほど水位の低いダムを見ることはなかった。明日は多分、たぶんね、早明浦ダムも見に行ってみよう。で、あれほど雪が降っても水不足。緊急渇水対策本部というのも密かに立ち上がってたりします。写真はやなせ。
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「いつか見た、夢のために。」

2011/04/11
「いつか見た、夢のために。」

これはこのHPにあるタクラマカンのヘッドコピーだ。

実はこのたび珍しくポスターを作った。ラリーモンゴリアとレイド・トレック・タクラマカンのふたつを一組にしたものだ。そのポスターのヘッドコピーはこんなだ。

「奇跡の惑星を愛でる2つのエクスペディション」

さらにレイド・トレック・タクラマカンには「時空を遡って」とコピーが追加してある。いったいボクはなにを考えているのかしら。

実はこのポスター3月11日ころには、出来上がっていた。パートナーショップに掲示していただこうというものだった。あれから1ヶ月がたった。そう大震災から1ヵ月、いよいよ発送することにした。自粛していたというわけではないのだが。

メインヴイジュアルは昨年のモンゴル、夕日の中をビバークに向かう松野氏がドライブするFJクルーザー、土煙が夕日に染まる大陸ならではだ。撮影は赤松カメラマン。下段のタクラマカンは2007年のもの、玉門関からロプノールに向かう砂漠地帯で、冶武カメラマンが撮影した。陽炎のかなた西に広がる空間。この果てには異文化があるのだと思えば胸騒ぎを覚えない者など居まいと思う。

しかしこの秋のルート(タクラマカン)ではこの砂漠は通らない。この先で道はほぼ無くなってしまっているし、ロプノールエリアは中国軍によって進入が拒まれている。何もない砂漠のど真ん中に巨大な発電施設のようなものが出来ているのだ。そんな不穏さも手伝って、タクラマカン縦断の今回は自分でその気になってメインピストをはずさない限り砂やハードなダートロードは実は無い。

まあどちらもユーラシア大陸だ。その広がりは言葉で表せるような半端なものではない。

ボクがその果てしない巨大な空間に憧憬を覚えてからもう半世紀近くが経とうとしている。途中でNHKのシルクロードと喜太郎が「とどめ」を刺した。そして幾たびこの地を訪れ、立ち尽くしたか。

きっと血が求めるはるか異文化、エキゾチシズムなのだ。特に中央アジアの女がよろしい。あっ、不謹慎なことを書いた。

さてそのユーラシアを旅するほどに思うのは、時間と速度と距離の面白い関係だ。それにGMTも大きく関わってくる。西に向かうということも時間を加速させる。しかしここで言うのは時間と空間の関係「時空」だ。まあ理論物理学の世界。果てしない距離(つまり空間)は、さまざまなことを考えさせる時間でもある。「時空を遡る旅」とボクがいう理由は、その時空の不可思議さを言っているのだ。

そもそも「時空」英語で言うSpace timeの直訳であるが、英語よりも日本語のほうがはるかに素晴らしいと思う。時空、宇宙の広大な広がりと時間。実はささやかだが、いつもラリーではそれを体感している。特に試走のときにそのことに悩まされる。

Wikipediaから「時空」

「かつてニュートンは時間と空間は絶対的なものであるとした。空間とは物理現象が起きる入れ物であり、時間は宇宙のどこでも一様に刻まれるもの、と考えた。しかし、アインシュタインは相対性理論を構築し時間と空間を合わせたものを四次元時空と呼び、四次元時空こそが物理学の対象だと導いた。具体的には、以前は独立に存在すると考えられていた時間と空間が、ローレンツ変換によって入り混じり(特殊相対性理論)、時間の進み方は運動状態の違う観測者では異なることが示された。 また、一般相対性理論によって、時空は物質の存在によって歪み、この歪みが重力の正体であることが説明された。どちらの概念も、現代物理学では標準として受け入れられている。」[URL]

ポスターのタイトルにある「時空を遡って」というコピーを再び考えることにする。時空を遡ってという言葉はタイムトラベルのイメージだ。実際にそこに存在するはるか過去から劣化しないモノを見るほどに、その錯覚はつきまとう。恐竜の化石を見てもジュラ紀の世界の中に迷い込むことはないが、たとえば嘉峪関にたてば井上靖の「敦煌」の時代(西暦1000年ころ)に迷い込んだようだ。ボクは過去にそこに居たことがあるのじゃないかと思う。

旅に必要なのはこうした既視感、つまりデジャブに会うことの要素を多く持っていることだ。それが「いつか見た夢」という意味だと思うのだが。

ボクのいうのは「時空を遡って、いつか見た夢のために」旅立とう。ということなのだ。つまるところは、みんなで行きたいのである。その地に立つことによって主体たるあなたやボクが、まるで子供の頃に見た夢に立ち返る、つまり脳内でのタイムスリップであり、その旅の主体はあなたで、覗いているのもあなたであるという不思議な・・・と訳が分からなくなったので、このあたりとしよう。

試走が押して押して、大変!!

きょうの一枚

今日発送する予定のポスター。
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「桜を散らす雨に思った。」

2011/04/08
「桜を散らす雨に思った。」

あれほど降らなかった雨が、桜が満開になると降る。なぜか。

日本人というのは案外と花の心配をしながら心のどこかでは散る花の悲しさを求めている。桜はすぐ散るから好きなのだ。百日も花をつけるサルスベリなどボクは好きだがあまり好きだという人を聞かない。つまるところ儚さも悲しさも美学なのだな。これはなまなかな民族では達し得ない境地だ。

文化じゃなくDNAレベルで論じなければなるまい。

諸行は無常である。それを確認するためにも日本人は常に無常観を持ちたい。創造と破壊はいつもボクたちのポケットの中にあるコインの裏表のようなものだ。どちらも手の中にある。茶の道など「道」がつくものは少なくなくそうだろう。一期一会などというのもそうだ。言葉は簡単だがそれは日本人の死生観のメタファーだ。

続いて言えばまことに変わらない日常など存在しない。いわゆる持続可能な社会云々だとかサスティナブルという掛け声が空虚なものだと知っている。形あるものは必ず滅する。しかしそれでこそ再生というルネッサンスがある。森の木々は大木になる過程では足元の新芽に光を遮り、成長をさせようとはしない。しかしそれを掻い潜って成長した木が現れるとやがて自らは倒れて栄養となるのだ。再生のエネルギーが大木を倒すのなら革命とも呼ばれる。今ではそれはビジネスの世界のことか。

ラリーを開催していても思うのだが全く同じルートを使っても同じ風景が存在しない。天候が違うからもあるが風景は思いのほか変化する。その年の降雪量や気温、災害などもあるかもしれない。1994年の試走で見つけた巨大なクレーター。半径1kmくらいだったかGPSポイントを拾って1年後大会直前の試走。どこを探しても見つからない。そもそもあの穴は存在していたのだろうかという議論になったから人間は現実以外つまり記憶は信じがたいとしているのかもしれない。

最近のこと近くに新しいコンビニが出来ていた。その前はそこになにがあったかをいくら思い出そうとしても思い出せない。毎日朝晩通っている道なのにだ。記憶は不確かになっていってこそ人間なのかもしれない。

きょうの一枚

「線路」写真 赤松 章

赤松カメラマンのブログから拝借してきた。彼は石巻・女川のSSERの支援記録も撮影に出向いた。やがて報告書にして配布したい。で、この線路。ちょっとだけ心を動かされた。もう30年来の友人だし良く仕事もした。モンゴルもアフリカもパリ北京も、ずっと一緒だった。
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