ウクライナが揺れている。
あの美しく波打ち果てしない小麦畑と、驚くほど豊かなドニエプルの流れは忘れられない空気だ。
黒海が近づくにつれ気温は上昇し、秋も深いはずなのに
Tシャツでこの歴史的なオデッサの街に逗留する。
ロシア料理の店はどこも大混雑で、ヨーロッパからの観光客が溢れてた。
その夜モルドバ国境付近に反政府ゲリラの情報があると「海外渡航危険情報」が発せられた。
同宿の旅行中の日本人の外交官夫人と、そんな話をした。
旅は北京からクルマとバイクで、ただひたすらに走るという、
シルクロードのマイブームの真っ最中のこと。しかし、ボクには個人的な興味から目的があった。
「水」だ。
世界で最後の資産となるのは「水」だ。
まるで大昔のように「水」を巡る戦争だって無い話じゃない。
その理由の一つは旅の前半のステージである中国だ。
この国は急速に水を失いつつある。
海に届かなくなった断流する黄河、干上がってしまったさまよえる湖ロプノールに流れるはずのタリム川。
深刻だ。
そして次の国カザフスタン。
そこには水を失ったアラル海。
これらを見るだけで、2時間くらいの講演は出来る。
一昨年秋に、タクラマカンを縦断した。
天山や崑崙の豊かな雪解け水を集めたタリム川は、灌漑用水になってロプノールには届かない。
流域の途中で沙漠の中に消えてしまう。
あの楼蘭王国は1200年毎に流路を変えるタリム川に滅ぼされた。
いまは流路はロプノールに届くはずなのだが。
ことほどさように文明はエネルギーと「水」を失ったらたちどころに滅亡する。
中国の最大の悩みは、その「水を失う」という足音を聞いていること、だろうと思う。
カザフスタンへの国境を超える。アフリカ大陸に渡った時のような錯覚を覚える国境越えだ。
アルマトイは、カザフ語ではたしか「リンゴの木の森」のことだ。
かつて1991年ソビエト崩壊時のCIS独立国家共同体の調印式もこの街だった。
古都だ。
その天山山脈の白きたおやかな峰々の北麓に広がるこの町は、とにかく素敵なところだ。
森の中に街がある。古いロシア様式の建物とミッドセンチュリーな建物が並んでいる。つまりここは水が豊かなのだ。
しかし町を離れて西に向かうと風景は荒涼とし始める。
そして右手にバイコヌール宇宙基地を過ぎてしばらく行くとアラル海に到達する。
道の左右はカザフ族の墓のほかは、潰えそうな寒村ばかりだ。
アラルは水を失った海だ。アフリカのチャド湖、ユーラシアのアラル海は、
いずれにしても20世紀の人類の愚挙の象徴となった。
本来アラルに南から流れこむアムダリア川は綿花栽培の灌漑に取水され、
東から流れるシルダリア川は、天山山脈の大量の雪解け水をどうしたものか、失ってしまっている。
地図には川沿いに港のマークがあるので探してみたが、そんな水の量は流れていない。
まあ水路のようなものだった。
この時の旅の原風景は、筑紫哲也時代のnews23のエンディングで流れる加藤登紀子の
「川は流れる」にあった。バックに流れる映像こそは、アムダリア川。。。
ここが洋の東西を分かつ。とヨーロッパでは言われていて、パリ北京の時には
ルートブックには、特別に大きく書かれていた。
川を鉄橋で渡ったのはウズベキスタンでだった。
アラルの風景はとにかく悲しい。港町はクレーンや放置されて錆び行くままの鉄の舟、
水のあったはずの海は、まあ沙漠だ。
数日後ロシアに入る。
サラトフでは驚くばかりの水を流すボルガ川を渡る。
驚いてはいけない、この川はモスクワとサンクトぺテルの近くの山から
流れはじめカスピ海に流れ込む。
この水の量こそが、ロシアの豊かさだ、大シベリアに積もった雪が
1年中通して膨大な水を流す。明石海峡のような水の量にあきれる、
町も大きい。
そしてロシアをあとにウクライナに向かうと、先にも書いたドニエプル川。こちらは黒海に流れ込む。
さらにオデッサをあとにモルドバ、ルーマニアの国境にはなんとドナウ川がデルタを形成している。
とにかくこのあたりは水が豊かで、大地が伸び伸びとしていて恐ろしいばかりの農業プロダクティヴィティを抱えている。
真の豊かさは、これだ。
荒地ばかりの中国。カザフ。地平線まで穀物が波打つウクライナ。
またそこに戦火が及ばないことを願う。
そして美しい川が流れ、人々の豊かで緩やかな生活が紡がれていく、
そういう時代を望むばかりだ。
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