始めて出た時のIDカードが出てきました。その時60歳だったので主催者の山田さんがゼッケン60番を付けてくれました。
私がラリーに出る事を知った社員が、親切心でハンドルの切れ角を少なくしてくれてたのですが、(当時ダカールに出るバイクのハンドルの切れ角を少なくしていました。)
最初のSSではコーナーがきつく、ハンドルが切れないので、横の斜面に落ちてしまいました。
オフィシャルはすぐ横にいるのですが、レギュレーションで手伝ってはいけない事になっていて、乗っていた車はホンダXR250だったので、一人で上げてみたのですが重くてかないません。
チームメイトが来たので、彼に手伝ってもらいコース上に上げたのですが、彼は勝負をしていたのに時間を無駄にしてでも私を助けてくれて、今でも忘れずに感謝しております。
「選手同士は助け合っても良い事になっております。」
それから、良い運動にもなると思いSSERのすべてのイベントに参加しております。当時は日石さんが大会のスポンサーさんで、リエゾンの途中の日石のスタンドに寄るとガソリン代は無料の所もありました。
初夏の四国の山はとてもきれいで、空気もきれいなので、何回も深呼吸をしながら走ってました。
リエゾンは止まらずに走る事にしていたので、SSのスタート地点に開始の3時間前に着いた事もありました。
あれから21年も経ってしまいました。月日の経つのは早いものですね。
著者紹介 菅原義正氏
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菅原 義正