僕がまだ子供の頃。そう、あなたもまだ子供だった頃、書店に行くとバイク雑誌が山積みされてました。いまや書店のそのブースはパソコン雑誌がとって替っています。若い世代の興味の対象は、ほとんどパソコンに行ってしまって、それはまたビジネスにも通用するものだから父親世代としては、そんな子供たちに危惧を抱くどころか、うらやましかったり、頼りに思ったりするんだろうか。日本のモーターサイクルの凋落がささやかれてる。
きょう某メーカーの1300ccのマシンに乗ってみた。「どうでしたか」とタケちゃんが聞く。答えは「アララララ…」まるでこのデザインとテイストはおハナシにならない。コスト意識ムキ出しのコックピットまわり、ピクトグラムやメーターパネルのグラフィックスレイアウト、カーボン風のハンドルブリッジ、プアーに輝くハンドルパイプ、パッと見はスゴクイイケド、「これを所有したい!」という欲求はどこにもわいてこない。乗り味は、「まぁ、こんなものですかね!」なんだけど。これが世界に冠たる日本のメーカーのフラッグシップモデルとはちょっと思えない。一方パソコンのデザインというか家電機器のデザインはかなり進歩してきてる。デザインでセールスを引っぱってきてるし、デザインとその性能(機能)の整合性も申し分ない。その某1300ccは、その性能とデザインのバランス感覚が欠如しているんじゃないだろうか。確かに工業製品としては、その販売数量からみた販売価格設定は高くないと思う。しかしである。このことは様々なモノとコトにも当てはまる。「イイモノを安く!」が20世紀バブル後のキーワードだったろう、がイイモノを安くして、しかもそこに洗練されたテイストを!!というコト、じゃないだろうか? 実はこの部分が難しいのだがたった1度の人生で所有できる、または経験できるコトの量は、思いのほか多くはない。ワインを楽しむためには次のよーなコトワザ?がある「ワインを知るには人生は短すぎる。」われわれのできる、ちっちゃな投資に充分な満足で応えられるモノとコトを創り出さなければならない、とそう思う。