試走のスタートを間直に控えて、出発準備を慌しくしているところです。連日のモンゴルからの連絡では、猛暑!らしい。標高1350mのウランバートルでの話ですよ。この時期は町にはポプラの花の綿毛が、雪のように舞ってます。中央アジアのどこの町にも共通の風景なのです。ちょっとロマンティックでしょう?
ところで先のTBI,ビッグタンクマガジンなどで、その論評が掲載され始めましたね。そこで主催者的な見解も発表しなくてはいかんかね? まず200名の参加者の意識の違いを認識する事。そこから始めなければならないんです。HPなどに自由に自身の感想をお書きになってる方は、何人かいらっしやいますが、そのどの1つずつもが真実であり、そう感じた、という事実である訳です。で、私たち主催者は、その複雑で多様な多くの参加者たちひとりひとりに完璧な100%の満足を与える事は、到底不可能だし、またそういうことを目指して主催している訳ではないという事も知って頂きたいのです。だからといって優勝争いをしている人や、ビッグマシンで参加している人のために主催している訳でもありません。
また面白い事実もあります。それは 50ccで参加した人と、 1150ccで参加した人の満足感に同質のものを感じたという事。もちろんこれも私の主観ですから、走った人には「そうかなあ?」という疑問符が着くことでしょう。こうして多用な価値観と言うか、ものの見方感じ方(それを価値観というのだ)の個人差というものは年々拡大してきています。「つまらなかった」「面白かった」その差は僅かかもしれません。かくCPの設定タイムが厳しかったから「良かった」「良くなかった」どちらの意見も聞こえてきます。
でもはっきりと10年前とは変わったといえます。 たとえば、モンゴルとTBIの決定的な差は、どこにあるのか。それは全て自分自身の能力に責任を持ってタイムコントロールを駆け抜けるモンゴルと、一般社会の中に溶け込み交通社会の一員として、社会に責任ある立場を貫いた上で主催者の指定する時間に、指定する場所に来なければいけないというTBI。果たして「どちらが、どうか」ということではなく、おそらくシステムとしては違っても、観念としてそれほど大きく隔たるものがあるとは思っていないんですね。つまり決定的な差はないということです。もちろん風景や気温や、走るコースの話ではないんですよ。
きょうの一枚
芝生の上に張られたパルクフェルメ、疲れたマシンが静かに休む特上の空間。マシンもまた主役であるという事です。TBI2001、フォトCDより。
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